程なくして、ボルトアクションライフル銃を担いで楓がやってきた。妹でバディを組んでいる真理奈も傍にいる。
楓は拘束されているバッファローに特殊な器具を腕に嵌めて起き上がらせた。
それは異能の発動を防ぐ拘束具で、身体を起こしたバッファローが目を覚ましても力を発動させていない。
「さて、詳しい事情は本部で聞くが……」
「話すと思ってんのか、餓鬼が」
ぺっと唾を唾すバッファローに楓は眉を寄せる。相手の態度に苛立ちを見せたが言葉にはしなかった。
バッファローの様子にこれは情報を吐き出させるのには時間がかかるだろうなと、幽璃が思った時だ。
楓がバッファローを立ち上がらせて、連行しようとして――ぱんっと爆発した。
何が、それはバッファローが耳につけていたイヤリングだ。勢いよく爆発したかと思うと、バッファローの頭が割れる。
ぱんっと中身が飛び散った、目の前で。地面に倒れる彼の耳は無く、血液が肉片とともにどろりと流れた。
何が起こっているのか、すぐには理解できなくて固まっていた幽璃だったが、徐々に現状を脳が受け止める。
「口封じかっ」
周囲を見渡す楓に釣られるように幽璃も確認してみるも、怪しい人物は見当たらない。もう既に姿を消していたのか、爆弾を起動させておいたのかを知るすべはなかった。
楓はくそっと舌打ちをしてから誰か通信を繋いだ。伊藤司令官への報告か、それとも部下への指示かは声が小さくて聞こえない。
惨い死に方に幽璃は荒禍の容赦なさを感じた。ぴくりとも動かない様子は息絶えている現実を突き付けてくる。
「おい、ウミネコ! 大丈夫か!」
真司の大きな声にはっと幽璃が振り返れば、目を見開いて口元を抑えながら固まっているみうの姿があった。
バッファローの亡骸から目が離せないように、動けないでいるみうに幽璃が駆け寄って肩を抱く。
「ウミネコ、見ては駄目」
「し、死んだの……」
「……あぁ」
震える声で問うみうに幽璃はためらいながらも頷く。彼女はひゅっと息を飲んでから口元を覆っていた手を放して胸元でぎゅっと握った。
直視していた視線を地面に向けて黙るその眼には涙が溜まっている。恐怖を彼女は感じているのだ。それは真司も同じようで、亡骸から目を逸らしていた。
幽璃も荒禍の容赦のなさに恐怖心を抱く。けれど、自分が恐れては二人にも影響が出てしまうと表情には出さない。
楓によって呼ばれた複数人の隊員がバッファローを担架に乗せて運んで行った。それを見送ってから幽璃は彼へと視線を向ける。
「そんな目で見なくても話はする」
「こういったことはよくあることなのか?」
「一般的に口封じの為に殺すというのはよくある行動だ。ただ、荒禍との戦いでは初めてとなる」
相手もそうだが、こちらも殺人行為をしていないと楓は今までの戦闘での荒禍の行動を押してくれた。
怪我人が出ることはあるが、死者は出ていない。話を聞いて幽璃は疑問を抱いた。
天津光ノ民側は基本的に異能者の殺傷行為は許されないのだから、相手側に死者が出ないのは分かるのだが、相手も同じというのはどういうことだろうかと。
「今回、こういった手段を取ったのは、相手も情報を多く持っているだろうネームドをこちら側に引き渡したくなかったのだろう」
「それにしたって、仲間を殺すって……」
「ウミネコさん。こういうこともあるのよ」
みうの言葉に返事をしたのは真理奈だった。彼女は悲しげに目を伏せながらも、「荒禍だけではないの」と話す。
テロリストや犯罪グループというのは裏切り者や、足手纏いは容赦なく切り捨てる。自分たちの情報を渡すわけにはいかないからだ。
情報が渡れば、捕まるリスクが高まる。目的を完遂させるためならば、仲間だといった感情論など持たない。理解はできないかもしれないけれど、これが現実なのだと真理奈は教えてくれた。
「予測していたはずだというのに……油断していましたわね」
「これは僕のミスでもある。君たちのせいではないので、自分を責めるようなことはしないように」
「でも……」
「これは僕のミスだ」
幽璃の言葉を遮るように楓はもう一度、言った。リーダーである自分の責任でもあるのだと言いたいのだ、彼は。
だから、幽璃はそれ以上を言うことはしなかった。
「君たちは彼以外にネームドと交戦したか?」
楓はそう問うことで話を変えた。そうだったと幽璃は近くにフェルメールがいたことを報告した。みうへの通信内容も一緒に。
通信の内容を聞いて楓はふむと顎に手を当てる。暫し考えてから、彼はみうに「他には何か話しかけてきたのか」と問う。
「えっと、心配ぐらいしかされなくて……。あたしに対しては攻撃らしい攻撃はしてこなかったぐらいですね」
「フェルメールの行動は理解できないな。敵の心配をするとは……」
「それはあたしも思いました。あ、確か」
思い出したとみうはフェルメールの言葉を話す。
『アナタを相手にすると彼女を思い出すのですよね……』
ぽそりと小さく呟かれた台詞であったけれど、みうの耳には届いていた。これに意味があるのではないかと。
誰かとみうを重ねている。だから、手を出すに出せず、逃げろと言ったのか。ますます分からなくなってしまって、幽璃はうーんと眉を寄せた。
楓たちも同じようで難しい顔をしている。けれど、何かしら事情があるのではないか、それぐらいしか答えはでなかった。
「とりあえず、こちらでも捜査するが、何か相手からコンタクトを取ってきたら報告してくれ」
「分かりました」
「周辺の調査と後始末はこちらでやるから君たちは司令部に戻っていい」
楓の指示に幽璃は了解と頷いて、みうの手を引く。彼女はまだ気持ちが落ち着いていないようではあったけれど、身体の震えは止まっていた。
(これからこういうことがあるかもしれない)
一度、起これば二度目の可能性もなくはない。みうの姿に無理に付き合わせてしまうのは良くないかもしれないと幽璃が口を開こうとして、彼女の声に遮られる。
「あたしはやめないよ」
「……でも、またこういったことが起こるかもしれない」
「それでも、あたしは二人のサポーターなの」
人が死ぬ姿をまた見てしまうかもしれない。恐怖心もあって、受け入れたくない感情もある。でも、自分はスノードロップと紅蓮のサポーターなのだ。
みうは「あたしだけが逃げるなんて、あたしが許さない」と力強い眼を向けてきた。
怖いのも、受け入れたくない感情も捨てることはできない。けれど、それ以上に仲間を放っておくことなんてできない。みうの言葉に幽璃は目を細めた、彼女の覚悟を感じて。
「だから、大丈夫! 心配かけてごめんね、二人とも!」
「無理はすんなよ。怖かったらおれやスノードロップの後ろに隠れてろ」
「その時はそうするよ。幽璃もいいよね?」
「ウミネコが決めたことなら、私は止めないよ」
でも、無理はしない約束はしてほしい。幽璃の頼みにみうは少し目を開きながら瞬きをして、笑った。
「それはこっちの台詞なんだけど? みんな、無茶はしないでよね! 特に特攻しがちな紅蓮」
「はぁ? 無茶なんてしてねぇし」
じとりと見遣るみうに反論する真司だが、彼女はどうだかといったふうな態度をしてみせる。
いつもの二人の掛け合いに幽璃はなんだか安堵できて、ふっと息を吐いた。