中心街から外れた位置、灰沼区エリアBは少し寂れた場所だ。街灯の少ない中でソレは暴れていた。
真っ白な肉塊に四つ脚が生えた顔の無いモノノケが電柱を蹴り飛ばしている。
ワゴン車ほどの大きさのモノノケは何処から出しているか分からない声で鳴く。
駆け付けた天津光ノ民が包囲しているのを見て
はっと距離を取るように後ろに飛べば、ラジコンは爆発し、閃光を放つ。目晦ましにモノノケを相手にしていた天津光ノ民の隊員たちが目を抑える。
『モノノケ=のっぺらぼうから
楓から通信が入る、どうやら荒禍が邪魔をしているようだ。遠くの方へと目を向ければ、ほかの隊員たちが荒禍のメンバーたちを相手している姿が見えた。
「みうは援護を頼む、紅蓮と私がメインで立つ」
「了解!」
「ワシは?」
「琥珀はみうを頼む」
幽璃の指示に琥珀は不服そうにしながらも、崩れた建物を遮蔽物にして隠れたみうの傍へと立った。
真司がぱんっとこぶしを鳴らせば、火花が散る。いつでも動けるという姿勢に幽璃も刀に力を込めた。ぱきりと音を鳴らしながら氷の刃を生み出していく。
姿勢を低くして幽璃が地面を凍らせて滑るのを合図に紅蓮も駆け出す。戦う隊員たちを飛び越えて幽璃は荒禍のメンバーの一人を蹴った。
勢いよく転がっていくのをちらり見遣ってから近くにいる相手へと照準を変える。氷の刀を振り上げて、相手のナイフを叩き落としながら地面に身体を叩きつけた。
二人を戦闘不能にした幽璃が苦戦していそうな隊員たちの元へ加勢しに行こうとして、後ろへと回避する。
「うんだよ、気づかれちまったか」
「……バッファロー」
水の鎧に身を包む筋肉隆々のスキンヘッドの男、バッファロー。コードネームを持つ荒禍の幹部だろう人物はポージングを決めて立っていた。
「また会ったな、嬢ちゃん。さぁ、楽しもうぜぇ」
「楽しむ?」
楽しむとは何か。まさかと幽璃が顔を顰めれば、バッファローは「そんな顔をすんなよ」と首の骨を鳴らしてポージングを変える。
「戦いは楽しんでこそ、だろ?」
「これを楽しむという神経を私は疑う」
「戦える力があるっていうのに頭が硬いとはなぁ」
戦いは楽しんでこそだ。肉体がぶつかり合い、生死をかけた緊張感、その快感を楽しむは当然のことだろう。さも、それが普通だと言うようにバッファローは笑った。
幽璃は理解ができなかった。
人の害となるモノノケを倒すことができる唯一の存在であるというのに、どうして助け合わないのか。
人間の数だけ考え方があるというのを頭の中では理解していても、幽璃はバッファローの楽しむという感情に納得ができない。
「さぁ、楽しもうぜ!」
バッファローはそう言って突進してきた。水の鎧から雫が散って針へと変化して降り注ぐ。氷の刀を大きく振って針を凍らせると幽璃は切り砕いた。
バッファローの身体がぶつかる寸前、避ける力を利用して氷の刀を叩きつける。
その勢いのまま幽璃は蹴るも、再び纏った水の鎧によって受け止められてしまう。ふんっと力を込めてバッファローが筋肉を見せつけた。
「やはり、お前は強い。流石はイフェイオン様と張り合えるだけはあるな」
「イフェイオンは来ていないのか」
「あのお方は別の任務があるからな。まぁ、お前の相手は俺様で十分ってことよ」
バッファローが拳を握れば、水が纏い籠手へと変貌した。構えを取る姿に幽璃も氷の刀を向ける。
少しの間だ。周囲の音すらも入らなくなった時、二人はぶつかった。振りかざされた拳を刀で受け止めて、氷の刃を生み出し放つも、身に纏っていた水の鎧によって弾かれる。
殴りの連発を氷の刀でさばきながら攻撃を仕掛ける二人は一歩も引かない。少しでも隙を見せれば、お互いに重い一撃が加わるだろう。
バッファローが力を込めて振り上げた拳が炎球によって阻止される。なんだと睨む彼の視線には真司がいた。
「小僧、邪魔すんじゃねぇ」
「うるせぇよ!」
紅蓮は拳に炎を纏わせてバッファローに殴りかかった。水の鎧で受けきったバッファローが一歩、下がる。
紅蓮の援護は助かると幽璃が刀を構えなおすと空を戦闘機型のラジコンが飛ぶ。しまったと幽璃が避けようとすれば、ラジコンが撃ち抜かれた。
『あれの相手はあたしがするわ!』
みうから通信が入る。あれとはと問おうとして、弾丸が放たれる。建物の屋上に誰かがいるのが見えた。
(あれは……フェルメールか)
遠目ではあるが喪服姿であるのが見えたので、フェルメールである可能性が高い。彼の相手までしている余裕は幽璃になかった。
みうに任せよう。幽璃は彼女を信じて、目の前の敵であるバッファローへと集中する。真司と連携すれば、勝てない相手ではないはずだ。
バッファローは舌打ちをしながらポージングを決めていた。そうすると水の鎧がぶくぶくと泡立つ。まるで沸騰しているかのように。
じゅわっと湯気が出ているのが見えて、水の鎧が熱を持っているのに幽璃は気づいた。熱を持った水がバッファローの周囲で渦を巻き、無数の球体へと姿を変えて浮く。
何をするのか。考える隙もなく、水の球体がバッファローの拳によって打たれた。駆け抜けてくる剛速球を幽璃が避け、真司が炎の拳で受け止めて蒸発させる。
湯気が視界を多い――筋肉が勢いよく現れた。突撃してきたバッファローを寸前でバク転をしながら後退することで幽璃は凌ぐ。
炎を纏った真司の拳がバッファローの顔面に入った。僅かにできた隙を幽璃は見逃さず、姿勢を低くして相手の懐に滑り込み、顎を蹴り上げる。
深く入った蹴りにバッファローがよろけ、幽璃は氷の刀の柄の部分で首を思いっきり殴った。どすんと地面に転がって筋肉を守っていた水がすっと消えていく。
気絶させることに成功した幽璃ははぁっと息を大きく吸ってから、楓に通信を入れた。
「ネームド幹部の拘束に成功しました」
『よくやった。こちらもモノノケの処理が間もなく終わる。すぐに向かうから逃げないように拘束を強めていてくれ』
モノノケのいた方角からピカッと閃光が放たれたのが見えた。それは討伐完了を伝えるもので、荒禍のメンバーたちが後退していくのが視界の端に移る。
空を飛ぶ無数の戦闘機型のラジコンが煙を巻いた。幽璃はバッファローを氷で拘束し、逃がさないように体の上にのしかかる。それに続くように真司も乗って周囲を警戒した。
天津光ノ民の風使いの隊員たちによって煙が消えた頃には倒れた荒禍のメンバー以外は姿が見えない。逃げられたというのはそれだけで分かることだ。
「あのラジコンってフェルメールとかいうやつか?」
「おそらく、指示を出していたのは彼だと思う」
ネームドである彼ならば部下たちに指示を出して煙を焚くこともできるはずだ。撤退する準備もできていてもおかしくはない。
仲間を助けることなく撤退する姿に真司は「逃げ足だけは速いよな」と愚痴る。
逃げ足が速いというのには同感だなと幽璃が思っていれば、「あいつー!」と通信が入った。
「ウミネコ、どうした?」
『さっき相手にしていたやつよ! フェルメールだったかな、あたしの通信機を傍受して話しかけてきたの!』
どうやら、フェルメールがみうにコンタクトを取ってきたようだ。それに驚いていれば、真司が「なんて言ってきたんだ!」と声を上げた。
確かに内容が気になるなと幽璃も聞けば、みうは「それがさぁ」と声のトーンが低くなる。
『危ないからおやめなさいって言われたんだよね』
「はぁ? 敵の心配してきたのかよ、あいつ!」
フェルメールはみうに危険だからやめろと忠告をした。それがどういった意図があるのか、幽璃は分からず首を傾げてしまう。
みうは子供扱いされたように感じたらしく、「これでも優秀なのよ」と天津光ノ民に入隊していることを言い返してやったようだ。
と、いうのにフェルメールは「アナタは
『そりゃあ、
これでも成績は優秀で戦場をいくつもくぐり抜けてはいるのだけれど。みうの少しばかりへこんだ声音に幽璃が「ウミネコは弱くないわ」と返す。
みうは弱くはない。
物を強化し、自在に操ることができる異能が
「一先ず、合流しよう。もうすぐイーグルが来るわ」
『わかった。そっちに向かうね!』
通信を切って幽璃は下に敷いている倒れたバッファローに目を向ける。彼はまだ気絶しているようで、ぴくりとも動かなかった。
(フェルメールは何を考えているのだろうか……)
イフェイオンもフェルメールも何か思惑があるかのような行動をする。それは荒禍の目的とは違っているように感じて幽璃は疑問を抱いていた。
(バッファローから話を聞くことができるかもしれないな)
二人の、荒禍の事をこの男から聞き出そう。幽璃はそう決めて、楓がやってくるのを待った。