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第20話 母の形見


 茜色に染まる空を烏が飛んでいく。沈みゆく太陽がどこか物悲しく、街はゆっくりと夜の帳が下りていった。一つ、また一つと街灯が灯り、ビルの看板がぼんやりと街を照らす。


 ビルとビルの間を駆け抜けて、街の中心部へと着いた幽璃ゆうりは立ち止まった。


 哨戒任務をしていた幽璃が四方から押し寄せる人々を見渡してから振り返れば、はぁと息を整えるみうの姿が目に留まる。



「すまない、早かったわね」


「気にしないでいい。スノードロップが悪いわけじゃないから」


「ウミネコはもう少し体力つけろよ」


「脳筋な紅蓮に言われたくないー」



 真司に体力つけろと言われてみうはむっとしている。これでも一般人よりは体力も持久力もあるのだと言いたいようだ。「二人ほどじゃないけど、あたしだって体力はあるもん」と反論していた。


 確かに異能者アリスとして天津光が丘学園に通って学び、モノノケを狩っているのだから体力や持久力はつく。


 一般人以上であるのは幽璃から見ても頷けるほどだ。ただ、アリスにも個体差があるというだけである。


 幽璃は地面を凍らせてスケートのように滑ることができるので足は速く、真司は体力と持久力が特に高いので持続して走ることができた。


 自分たちが異質なだけであって、それに着いていけるみうはアリスでいうと平均よりも上の位置にはいるだろう。



「私や紅蓮と一緒にしてはいけない」


「それはーそうかも、しれねぇけどよぉ」


「脳筋には分からんのだろうよ」


「うるせぇぞ、琥珀!」



 話を聞いていた琥珀がぽんっとぬいぐるみサイズで姿を現す。狐のぬいぐるみにしか見えない彼は幽璃の腕の中でくすくすと笑っていた。脳筋に脳筋と言って何が悪いと。



「このやろう、洗脳ヴレイのアリスによって式神化してるくせに生意気だろ!」


「われは小僧に仕えている訳ではないからのう」



 お前などのことなど知らぬわと笑う琥珀に真司が無言で指をさしながら見つめてくる。これには幽璃も「琥珀、失礼だ」と注意する。


 それで琥珀が大人しくなるかと問われると、そうではないのだが幽璃に仕えているので仕方なくといったふうに揶揄うのを止めていた。


 その態度はまだ悪いけれど一先ず黙った琥珀に真司は「ったく」と息を吐いてから腕を組む。



「そもそも、なんでこいつはスノードロップに従っているんだ?」


「琥珀は母の形見なんだ」



 母は洗脳ヴレイ異能者アリスだった。成績は優秀でランクBのモノノケを操ることに成功している。その一つが琥珀で、母と共に戦っていたのだと幽璃は話した。



「伊藤司令官が琥珀を回収していてくれていたんだ」



 母が死んだ時に琥珀もその傍にいたが助けることができなかったのだという。


 複数のモノノケの相手をしながら主を守るというのは難しいものでもあり、さらに母は琥珀に「私のことはいいから多くの人を守りなさい」と指示を出していたのだ。


 逃げ遅れた一般人を助けるために亡くなった母の最期の言葉を琥珀は聞いていた。


『私の娘、幽璃を守りなさい。私の代わりにあの子の傍にいて』


 それを命令と受け取った琥珀は他のアリスの指示には従わなかった。伊藤司令官が彼の話を聞いて親の形見として渡してくれたという経緯があって共に行動している。


 幽璃は琥珀の頭を撫でながら「私に残された唯一の存在なんだ」と笑む。たった一言に想いが込められていて、真司もみうもそうかと察しように頷く。



「それはそれとして、口が悪すぎるだろ」


「伊藤司令官が言うには母と一緒にいる時からこうだったみたいだ」


「ただの性格かよ!」



 性格が悪いと真司が突っ込めば、琥珀は笑うだけだ。それは自覚があるように見えて、これにはみうも苦笑してしまう。


 幽璃にはそこまで悪さをしないのだが、からかって遊ぶのが好きなのは確かに性格がよくはないので、叱っておくも効果はないように尻尾を振られてしまった。



「スノードロップはいつもこの時間に……警戒任務をしていたの?」



 そうだといったふうにみうが問う。辺りが暗くなったからかと幽璃は「そうね」と頷く。いつもというわけではないけれど、この時間に街に出ては彷徨っていると答える。


 もう何処か別の地域に行ってしまったかもしれないというのに、それでも諦めきれずに。なんと未練がましいかと幽璃は眉を下げた。


 そんな表情を見てみうに「諦めるなんて言葉は使っちゃだめだよ」とびしりと指をさされる。



「どんなに可能性が低くても、諦めなければ希望はあるんだよ!」


「まー、そうだけどよ。結構、辛いと思うぜ?」



 確証のない希望を頼りに探し続けるというのは終わりが見えない。寂しさや悲しさに耐える辛さというのがずっと胸を締め付けるのだから。


 真司の言葉にみうは言い返そうとするもできないようでむぅとする。でも、諦めるのも酷なことだという考えのようだ。



「紅蓮が真面目なこと言うの似合わないぃ」


「おれだって真面目な時ぐらいあるぞ!」


「二人とも落ち着いて」


「この二人はこれぐらい元気があったほうがいいさね」



 言い合う二人に琥珀が笑う、元気が一番だろうと。それはお前の傍で明るく照らしてくれる存在となると言っているかのようで。


 琥珀の言う通りだなと幽璃はみうと真司を見た。二人がいることで自分は一人ではないことを感じられて、もっと前を進んでいけるような気がしたのだ。


 言い合う二人をそろそろ止めようかと幽璃が間に入ろうとして、ぴっとイヤリング型の通信機が起動する。



『モノノケの出現を確認、特別入隊生の出撃要請が出ました。場所は灰沼区エリアB、至急向かってください』


「スノードロップ、了解」



 通信が切れて幽璃が二人の方を見遣れば、みうが「灰沼区エリアBなら」と何処から行くのが近いかを地図アプリで検索していた。


 真司はメリケンサックを装着し、いつでも戦闘できるように準備をしながらみうの携帯端末の画面から地図を見ている。


 言い合っていても任務となればきっちり切り替えてくれる二人に幽璃はほっと息を吐く。こういうところが信頼できると。



「みうと真司は琥珀に乗ったほうがいい。私は地面を凍らせて滑っていく」


「そのほうが早く行けるな」


「琥珀、お願いね!」


「二人とはちと、重いが三人よりは良いか」



 琥珀はぽんっと軽自動車ほどの大きさへと変化した。人の多い中で変化したものだから、一般人がぎょっとしたふうに見てくる。



「天津光ノ民です! 緊急車両が通りますので離れてください!」



 みうが機転を利かせて大きな声で呼びかければ、慌てて道が空けられていく。


 ひょいっと背中に乗った二人に琥珀が空けられた道を駆け抜けて、幽璃も続くように地面を凍らせて滑って行った。



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