意気揚々と地下四階へと下りてきた峰屋みのりだが、ゴブリンを前にして引きつり笑いを浮かべて矢を放てないでいる。
プルプルと小刻みに震えている。
ゴブリンが人の形をしているからだな。
「ギャッギャッ」
出て来たゴブリンは一匹、ミドリの肌をした小学生ぐらいの背の高さの醜い小鬼だ。
鼻がでかくて腰蓑を着け手には棍棒を持っている。
地下四階は半分が草原、半分が森となる。
出現する魔物は、角兎、カピバラ、ゴブリンが主だ。
スライムは姿を消す。
俺たちは階段を下りてすぐの森の小道でゴブリン一匹と遭遇したのである。
『初心者にとって、ゴブリンは壁だよなあ』
『特に女性は人型の存在に暴力を振るうという発想がまず無いからな』
『まあ、暴力に慣れたら慣れたで、外界に出て粗暴になる女性Dチューバーもいる訳で、色々と難しいよな』
という訳で峰屋みのりはプルプル震えながら固まっている。
泥舟はその前で槍を構えてゴブリンを牽制している。
こっちも少々顔が青い。
『がんばれみのりんっ!!』
『デイシューの動きも悪くなったな』
『槍術でも抜き身の奴を人に突きつけた経験はなかろうからな』
泥舟は一声甲高い気合いを入れると素早い突きをゴブリンの喉元に突き入れた。
「ぎょぶーっ!!」
槍が喉を貫通して後ろにバチャっと血が飛び散った。
ゴブリンは白目を剥いて痙攣して動きを止めた。
泥舟は地面に膝をついてゲロを吐いた。
峰屋みのりも木陰に貰いゲロを吐いた。
『まあ、吐くよな』
『グロ映像だからなあ』
峰屋みのりは青い顔をしてブルブル震え涙目になっていた。
「もうだめもうだめ、タカシくん、わたしゴブリンさん怖い、死んだ死んだ」
泥舟は口を拭ってはあはあと息を吐いている。
「まあ、慣れろ」
「むむむ、無理、ダンジョン怖い。ゴブリン怖い」
ゴブリンが粒子になってほどけて消えた。
後にはなにか盾のような物が魔石と共に落ちている。
『おお、ゴブリンのドロップアイテム、頭装備品、『陣笠』だ」
『よくドロップすんなあ、サービス期間か?』
『ソシャゲじゃないから、そんなのはない』
ゴブリンが消滅したのを見て峰屋みのりはほおっと息を一つ付いた。
泥舟が立ち上がって陣笠を手に取った。
「これ、どうする?」
「俺は使わない」
「僕もいらないな、泥舟くんが似合うんじゃないか? 槍だし」
泥舟が陣笠をかぶった。
うん、凄く似合うが、似合いすぎだ。
『足軽くんだ』
『足軽くんだ』
『戦国テイストだなあ、槍だけに』
『デイシューの槍、すげえ良い奴なんだけどなあ』
「あはは、みんなありがとう」
泥舟は持ち直したようだ。
峰屋みのりの方は、うん、駄目かもしれないな。
別にダンジョンに入らないと死ぬわけじゃないから、このままDチューバー廃業でも良いと思う。
峰屋みのりは普通に勝ち組だからな。
峰屋みのりは思い詰めたようにじっと地面を見ていた。
「そろそろ帰るか?」
「……、う、うん……」
悲しげな顔の峰屋みのりは珍しいな。
いつもニコニコしてるからな。
「ぎゃあああ、助けてーっ!!」
「ぎゃぎゃぎゃっ!!」
子供の悲鳴が聞こえた。
森の奥でゴブリンが剣を振り上げている。
足下には泣き叫ぶ小学生ぐらいの子供が二人。
まずいっ、俺は走り始める。
かーちゃんを呼ぶか!
タタン、と峰屋みのりが立ち上がり流れるように弓に矢をつがえて、ゴブリンに向けて、放った。
一直線に飛んだ矢はゴブリンの喉を貫いた。
綺麗なフォームで次矢をつがえ、峰屋みのりは矢を放つ。
今度はゴブリンの目を射貫き、奴は後ろにひっくり返って動きを止めた。
「大丈夫?!」
子供たち二人は号泣していた。
峰屋みのりは駆けよって二人を抱きしめた。
ゆっくりとゴブリンが粒子になって消えていった。
「撃てたじゃないか」
「え、……、あ、本当だ、必死になってたから無心で撃ってたよ」
峰屋みのりははにかんで笑った。
そうか、こいつは人の為になら体が動く奴なんだ。
彼女がクラスで人気者な訳が解った気がした。
『みのりん、立ち直ったーっ!!』
『あの距離で当てるのはすげえ』
『偉いぞ、みのりんっ!!』
ビロリン、ビロリンと峰屋みのりにスパチャが入った。
「遠距離はとっさの時に良いね」
「魔法は詠唱時間があるから取り回しがなあ」
東海林も魔法を撃つ準備をしていたようだ。
呆れたことに、小学生二人の装備は金属バットとゴルフクラブだけだった。
「打撃武器じゃ、四階は無理だ、無茶をするな」
「で、でも、近所のお兄さんが金属バットで五階まで楽勝だったって」
「高校生ぐらいならな、小学生がバットで殴ってもゴブリンは仕留められない。あと防具を着ろ」
「お、お金が無くて……」
「三階でスライムと兎を倒して貯めろ。普通に死ぬぞ」
「「はーい……」」
野球帽の小学生が俺を見て、アレっという顔をした。
「タカシだ」
「あ、本当だっ!! シンデレラマザコンボーイのタカシだっ!! すげえっ!」
「そのあだ名はやめろ」
「ご、ごめんなさい」
「タカシくんは有名人だからねえ」
峰屋みのりは弓に矢をつがえて樹の枝にいた青い鳥目がけて撃った。
矢は狙い違わず青い鳥を貫いた。
落ちる途中でほどけて、青い鳥は魔石と一枚の青い羽根になった。
「これが
「まさか、そんな簡単に出るものじゃないだろう」
空中でぴっと青い羽をつまんで峰屋みのりは胸に刺した。
「まあ、今日はこの辺にして、子供たちを地上に戻しましょう」
そうしよう、だんだん迷宮の偽物の空も赤くなってきた。