真っ白い世界にいた。
しずかだ。
太陽が世界の隅々までを照らす明るくて白い世界だ。
ベンチに権田権八が座っている。
「なんだよ、権八、ずいぶん縮んだなあ」
「あ、タカシくん、これが僕の本当の大きさなんですよ。筋肉ムキムキだったのはドーピングとプロテインで膨らませていたんです」
権田権八はなんだかしゅっとしたスマートな姿だった。
赤ん坊みたいな顔も普通の顔に戻っていた。
なかなかのイケメンだったんだな。
「そっちの方がいいな」
「そうですか、ありがとうございます」
俺は権田権八の隣に座り込んだ。
夏の風景だ。
ここはどこだろう。
バス停みたいな感じだ。
太陽が照り返しているけど不快なほど暑くは無い。
あたりは一面のひまわり畑、遠くに森、さらに遠くに青い山が見える。
舗装されていない道がまっすぐ地平線まで延びていた。
「行ってしまうのか?」
「はい、その前にタカシくんに謝ろうと思ったんですよ」
「いいよ別に、なりゆきだから、謝る事は無い」
権田権八は柔らかく笑った。
「タカシくんは優しいですね。みんながタカシくんを好きになるのがわかります」
「そんな事は無いよ、俺を嫌っている奴も沢山いるし」
「僕はね、タカシくん。タカシくんが憎かったんですよ」
「ほら、そうだろ」
「とてもやさしそうなお母さんと仲がよさそうで、本当にうらやましかった」
「権八のかーちゃんは良く無かったのか?」
権八は苦笑した。
「僕のママは本当は女の子が欲しかったんですよ。だから小さい頃から僕を女の子として育てましてね。綺麗なリボン、素敵なドレス、大きなグランドピアノ、女の子だったら夢見るような環境で僕は育てられました」
「それは大変だな」
「はい、ちょっとでもママの理想の女の子らしくない事をすると凄く打たれたんです。泣きながら謝っても一度怒ったママは止められなくて、何度も骨折させられました」
「ああ、酷い目にあってきたんだな」
「だんだん体が育ってくると、ママの思った通りの美少女じゃ無くなって行くんです、そうすると癇癪を起こして、おちんちんを切るって、こんな物があるから私の思い通りにならないんだって、凄く怒って、ハサミを持ちだしてくるんです」
それは酷いな。
権八には何も出来ないじゃないか。
「なんども泣きながらやめてくださいやめてください、おねがいですと言うんですけど、ママは聞いてくれないんです。でもおちんちんがそんなに憎いのにママは僕のおちんちんから目が離せないんです。そして、むさぼるんです」
「それは……」
「女なんて醜い、女は話なんか出来ない、女は怖い、そんな事をすり込まれて思春期まで来て、僕は筋肉を鍛えて男らしくなるように努力をしました」
「そうか」
「ママは嫌がりました、僕に折檻を加えて思い通りにしようとしました。僕は必死で筋肉を鍛えて、ママをバーベルで殴り殺しました」
「悲しいな」
権八はポロリと涙を流した。
「パパは家に帰ってこなかったんですが、ママが死んで一度帰ってきて、僕を冷たい目で見て捨てました。お金だけはありましたが、食事も面倒も全部メイドさんに任せて、また、帰ってこなくなりました」
権八は意外に良い所の子供だったんだな。
「お金があって、ママが死んで、なんでも出来るようになった僕は筋肉を鍛える事と、男の子を買う事を覚えました。そして迷宮に出会って、ここなら本当の僕を見てくれる人が居る、僕を無条件に愛してくれるママが出来るって、そう思ったんです」
「そうか、上手くいかなかったのか」
「はい、暴力で上から押さえつけて愛するように強要するのはママのやってる事と一緒だったんです。ここに来て初めて解りました」
親のやっている事を憎んでいるけど、それしか知らないから同じ事をしてしまう事があるんだよな。
「激しい愛を交わしても、だれも僕を愛してくれませんでした、恐れながらおべんちゃらを言うだけだったんです。そんな時にタカシ君の公式まとめ動画を見ました」
権八はさみしそうに笑った。
「ああ、なんだよ、こいつ、やさしそうで強いかーちゃんに凄く愛されていて、こいつもかーちゃんを凄く愛していて、なんだよなんだよ、ずるいよと思ってしまいました」
「ありがとう」
「だから、本当に僕はタカシくんが欲しかったんです、ごめんなさい、僕はママと同じ事をタカシくんにしようと思ってました」
論で間違っていると言うのは簡単だ、だけどちがうな、共感して解ってやる事、それが大事なんだって、俺はかーちゃんの背中に教わった。
「解るよ、大変だったな権八」
「タカシくん……」
権八はポロポロと大粒の涙を出して泣いた。
俺は彼の肩に手を置いてうなずいた。
大変だったな、権八。
権八は涙を拭うとベンチから立ち上がった。
「ああ、すっきりしました、これで逝けます。ありがとうタカシくん」
「逝くのか」
「はい、たぶんこれが[浄化]の権能なのでしょう。月のように冷たく[消滅]させるのではなく、暖かく受け止めて浄化する、そういう権能でしょう」
ああ、権八もここが架空の世界だって気が付いていたのか。
たぶん、外の空間だと一秒の何万分の一ぐらいの時間しか経過していないだろう。
『暁』の浄化の世界だ。
「権八!」
俺は権八の背中に声をかけた。
「はい」
「どこか別の時空で、また会おう」
「はいっ」
「その時は、友達になろうぜ」
「は、はいっ、タカシくん!! 絶対にっ!」
権八はひまわり畑の間の道を歩いていく。
俺はそれをずっと見つめていた。
またな、権八。