[執行者確認せり、神力微弱、魔道力大、執行階位初段]
音が響き渡る。
また時間が止まっているようだ。
世界が灰色になり、俺と、みのりと、ねえさんだけが動いている。
「『ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおえ にさりへて のますあせゑほれけ』」
みのりがリュートをつま弾きながら謡を始める。
[問う、汝は神降ろしを望むか]
頼む。
「『大神降ろし』!」
「『おおがみおろし』っ!」
俺とねえさんが同時に宣言した。
[『暁』に畏くもアマテラス大御神、『金時』に畏くもアマノタジカラオノミコト、古の約束にのっとり降りたもうねがいまする]
金時の籠手のフツノミタマは天手力男の命が宿っていたのか。
天照大神が天岩戸にお隠れになった時に大岩を開いて外に出した剛力自慢の神様だ。
天から赤い光の珠が、地から黄色い光の珠が現れて、『暁』と『金時の籠手』に宿った。
[大神おろし発現、権能発動す]
ドウンと音と色が戻ってきた。
ねえさんの体がさらに膨らんでいる。
真権能は何だろうか。
「ゴロズ、ゴロズ、ニセモノ、ニゼモノ!!」
「お前こそ、鬼の偽物だ」
「ヂガアアアアアアアアウッ!!」
鬼となった白虎が雷を纏って俺に斬りかかってきた。
「きやあああぁぁうううるっ!!」
電光のようにねえさんが割り込んで来てフリッカージャブのようなパンチを放った。
ガガガドガガガン!!
左右二発にしか見えなかったが、白虎鬼に何十発もの着弾が起こった。
それはまさに銃弾の着弾のような凄まじい速度の打撃だった。
バリバリバリ!
帯電した雷が鏡子ねえさんを襲うが、両手前腕に生えた角のような部分から放電されてまき散らされた。
雷無効か!
放電が弱った所に俺は踏み込んで切り上げる。
浅い!
が、肩をかすった傷は痛みを伴ったようで、白虎は悲鳴を上げながら傷を庇う。
『モッドモッド、チカラチカラ』
「ひやうぇああああるううううっ!!」
水晶のように透明な異言をひしりあげながら、鏡子ねえさんは前に出る。
みのりの謡が場を神聖な空気に変えていく。
『すげえ、すげえよっ、鏡子さん!!』
『キマイラばりのひしりあげだっ!!』
『タカシと一緒に、そういう事になった!!』
白虎鬼はなんとかねえさんの打撃を盾で受けようとする、が、目に見える一発を受ける間に、見えない打撃が十発入る。
両腕の角が放電を繰り返し、腕を切り裂き、腹を貫いた。
ねえさんは両足を開き、ふんばり、体を思い切りねじる。
大技が来る!
真権能か!!
『ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!』
白虎鬼は髪の毛を逆立てバリバリと放電しながらねえさんに近づく。
地面が細かく揺れている。
「きやりああああああるううっ!!」
ズドムッ!!!
捻れた体躯から一直線にパンチが白虎鬼に飛んだ。
手盾で受けようと構えたが、パンチは手盾を粉々に粉砕し、白虎鬼の腹筋に突き刺さった。
陸橋の舗装がめくり上がり集中するように白虎の体を叩いた。
豪風が野次馬をごろごろと転がした。
サッチャンが蜘蛛のように姿勢を低くしてビデオを構え続けていた。
ドカン!!
破裂するような音がして、白虎鬼の腹筋がはじけ飛び、巨体が吹き飛んで高速道路の下側に付きそうになってから落ちてきた。
ドドーン!!
血があたりに飛び交う。
「ねえさん、とどめは俺が」
「ぎゃう? ぎゃぎゃう」
素直にねえさんはどいてくれた。
倒れた白虎は顔をゆがめて俺を見ていた。
「今、楽にしてやるから」
彼は小さくうなずいた。
せめて、俺の手で送ろう。
俺は『暁』を構え、心臓に向けて突きを……。
ガチン。
左手が勝手に動いて、『暁』の突きを『浦波』が弾いた。
どうしたんだろう……。
「助ける事ができる?」
『浦波』が是というように震えた。
『暁』がリーンと澄んだ音を立てて鳴いた。
手が勝手に何かに動かされるように移動する。
白虎の心臓あたりに『暁』が移動し、撫でるように動く。
呪が自然に湧いてくる。
「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
目が痛くなるほどの光が『暁』から発生し、ゆるゆると回り回って大きく小さく明滅するように動く。
コロンと、紫色の透明な大きな石が地面に転がった。
白虎は元の姿に変わっている。
腹がぐちゃぐちゃになって、血がどくどくあふれている。
「いやですねえ、異界の神なのに、魔石化の仕組みをもう解いちゃいますか♡」
サッチャンはそう言うと懐からガラス瓶を出して全裸で腹が破裂した白虎に投げつけた。
ガッシャーン!
白虎の体中にあった傷がみるみる治っていく。
「ハイポーション代がわりに、この魔石貰いますよ」
サッチャンは白虎の体から出た魔石を拾い上げた。
「いいけど、どうするの?」
「オーガロードの魔石と並べて比較します、たぶん一緒の物です」
「オーガって元は人間なのか?」
「さあ? もうずいぶん昔の話ですからねえ♡」
白虎は呆然とした目で空を見上げていた。
「ぼ、僕は……」
俺は収納袋からアタックドックジャンバーとバスタオルを出して白虎に投げつけた。
「他の奴も[浄化]するから、後でな」
「……」
応竜、蝴蝶と[浄化]していった。
こっちは小ぶりな魔石になったな。
麒麟の心臓を[浄化]していたら、奴は泣き出した。
「どうして、殺してくれないんですか」
「……、面倒くさいから」
「私たちはあなたに嫉妬して、嫉妬して、それなのに殺してもくれなくて……」
「白虎くんにとどめを刺そうとしたら『浦波』が動いて止めてくれたんだ。カマドさん、君たちに死んで欲しくないみたいだよ」
「大婆さま……」
魔石がこぼれ落ちると同時に、麒麟はヒーンと泣いた。