あのストーカー女、 さすがに今日は来ていないよな……?
『勇者様! あなたは運命の人です。私の婿になって国を救ってくださいませ』
ストーカー女の声が脳内をリフレインする。
勇者とか、運命とか……現実の話じゃないよなあ。
最近の俺の悩み。
ここ1週間ほど毎日、なぜか俺(
ボロボロのマントを身に纏い、フードをすっぽりと被っている怪しげなヤツ。
俺の存在に気づくと、なぜかフードを脱いで睨みつけてくるわけで……。
流ちょうな日本語をしゃべるが、肌は異常に白いし、髪は透き通るような金髪だし、目は鮮やかなエメラルドグリーンだし、たぶん外国人だろうな。北欧系? よくわかんねぇ。
まあでもはっきり言って、俺がストーカー女に付きまとわれる理由なんてまったく思い当たらないんだけどな。
自慢じゃないが顔は中の中でフツメンの地味顔を自覚しているし、女子から告白された回数は17年間生きてきて……なんと通算0回だ! 幼稚園、小学校、中学校時代、そして高校と、まだ一度もモテ期というやつは来ていない。
つまりだ……俺は人生で3回訪れるというモテ期を、まだ3回も残している。
この意味がわかるか……?
今が1回目だって?
ハハハ、これはさすがに違うだろ。
顔はそこそこ……まあまあ……けっこう……いやかなり整っていそうだけど、ストーカーはないわー。
ストーカー女と付き合うくらいなら、一生独身で、悪魔のような姉貴の奴隷生活を送るほうが遥かにマシ……いや、それはホントにマシか? 正直どっちも死ぬほど嫌だな……。あー、早く実家を出て一人暮らししてぇ。姉貴の支配下から抜け出して自由な人生を送りてぇよ……。
あー、いたわ。
今日もストーカー女さんがいらっしゃいましたよ……。
しかしなあ、昨日は生活指導担当の
遠巻きにぼんやりと見つめていると、ストーカー女の頭が動いた。
頭にかぶったフードを勢いよく脱ぐと、ダッシュで俺のほうへとやってきたのだ。
やべっ、見つかっちまった!
逃げろっ!
「勇者様! お待ちしていました。あなたは運命の人なのです。さあさあ、私の婿になって国を救ってくださいませ」
めっちゃ良い笑顔!
すっげぇ美人なのが、逆に怖すぎるっ!
「詐欺なら間に合っています! お金は持っていません。ごめんなさい。さようなら!」
全力で走りながらの捨てゼリフ。
本気で走れば何とか撒ける。なんせストーカー女は、体をすっぽり隠すほど長い長いマントを羽織っているから、そんなに速くは走れない。あの状態で走ろうとしたら、下手すれば転んでケガ――。
「あっ!」
言わんこっちゃない。
あーあ、派手に顔からいったなあ。
……倒れたまま動かないな? おい……ぜんぜん起き上がってこないぞ……。まさかヤバいのか⁉ 俺のせいでケガをされると、さすがに夢見が悪い……。一応、重症かどうかくらいは様子を見ておくか……。
恐る恐る近づいて様子を窺ってみる。
「おーい、生きてるかー? 生きてたら返事してくれー?」
地面に突っ伏したまま、ストーカー女の頭が小刻みに震えていた。
まさか大量出血によるケイレンとか⁉
きゅ、救急車呼ばなきゃ!
「勇者さまぁ……ぐすん……」
あ、生きてたわ。
無事なら俺は失礼して――。
「私……そんなに魅力ないかしら……」
「あのな……。魅力があるとかないとか、お前はそれ以前の問題なんだよ……」
ストーカー女がポロリと零したつぶやきに、つい反射的に応えてしてしまった。
「それ以前の問題……?」
ストーカー女が顔だけ持ち上げる。
涙と砂で顔がぐちゃぐちゃだった。
まあ、ぱっと見、地面を擦ったのかおでこは少し赤くなっているが、大きなケガはなさそう。とりあえずヨシとしよう。
「ああ。お前のそのマント姿な、お前の国とやらでは普通のファッションなのかもしれないが、ここ日本ではナシだわ。不審者過ぎるし、それを差し引いたとしても、そもそもダサすぎる。ダサいヤツの隣にいると、自分の心までダサくなるんだよ。だから俺は、TPOを弁えないヤツの言うことは信じない。つまりはそういうことだ」
ま、これは全部、姉貴の受け売りだけどな。
でも言い得て妙だ。
誰か他人に好かれようと思ったら、内面も外見もちゃんと磨かないとな。ありのままの自分で好かれようなんてのは傲慢な考えだ。……ってこれも姉貴の受け売りだったわ。俺、姉貴に洗脳されたりして……ないよな……?
「私……ダサかったのですか……」
「おう。自覚できたのは良かったな。周りを見てみろ。ここは日本だ。郷に入っては郷に従えってな。要はこの国の流儀に合わせろよってこと。そういうわけで、ご縁がなかったということで。じゃあな、ダサマントのストーカー女さん」
地面に腹ばいになったまま、キョロキョロと周りを歩く女子たちの姿を観察するストーカー女。
良い感じに気味悪がられているな……。
まあ俺には関係ないけど。
あー、今日は良いことをしたなあ。
これで明日からはストーカー女に付きまとわれる心配もないだろうし、今日は気持ちよく寝られそうだなあ。
* * *
なんて思ったこともありました。
翌朝、登校時間の校門前。
変わらず、あのストーカー女が立っていたわけだが。
「いや……なんで今日もいるんだよ⁉」
しかも昨日までのボロいマント姿ではない。
近所のファストファッションの店に並んでいそうな服を身に纏って。