翔様……
デスクのPC画面をぼんやり眺めながら、私は昨日の出来事を思い出していた。
片付けもひと段落ついて、ダンボールに詰め込んだララ様の衣装を、安息の地まで車で運んでくださった翔様。その帰りに、食事をご馳走になったのだ。
──マスク、外さなきゃ食べられないよね。
予想はしてた。けど、いざとなると、どう思われるか怖かった。でも、どうしようもない。私は意を決して、素顔をさらした。
「……花さん、本当に姉にそっくりですね」
「えーっと、まるで贋作みたいでしょ。あはは……」
やっぱり、実のお姉様の〝なんちゃってコピー〟じゃ、恋愛対象にはならないよね。気持ち悪いよね。だからこそ、禁断の恋なんだってば。
──なんて悲観していたけれど、彼の反応は少し違っていた。
「あー、でも全部が同じってわけじゃないですね。髪型も違うし、ちゃんと〝花さんらしさ〟を感じます。むしろ、派手な姉より素敵ですよ」
ま、まぁ……!お世辞でも嬉しいわ!
そこからの記憶はあいまいで、頭の中がふわふわしてしまった。そして──今に至る。
バーーンッ!
甘い世界にひたっていたそのとき、突然の大きな物音にビクッとなって現実に引き戻された。
目の前のデスクには、乱雑に積まれた大量のギフト券が……なにこの現実。
「綾坂さん?わたくしが、わざわざ休日に買ってきた景品よ。景品!」
私はまたしても、敵に包囲されていた。
今日も出勤しているのは、絵梨花にお局、そして新卒女子。あれ?在宅勤務でもない男子が誰もいないわ。まぁ、いてもいなくても変わらない金魚のフンみたいな存在だし。平常運転。
『花、ここは演技しなさい』
『え?なんの演技ですか?』
『か弱い女性を演じるのよ』
『私、演じなくても
よくわからないけど、とにかく大げさにしおらしく振る舞えってことね。了解しました、ララ様。
「お礼のひとつも言えないの?まったく、残念なお人だこと~!」
絵梨花の声は、わざとらしく職場中に響き渡るようなボリューム。
「誰の代わりにやってあげてるのかわかってんの!?ほんっと鈍い娘ね、アンタ~!」
お局も負けじとヒステリックに叫ぶ。いつもよりピリついてる。たぶん、あの書道騒動が相当ご不満だったご様子。……でも、そこまで怒られる筋合い、私にはない。
そもそも三十万よこせって言ったのは誰ですか?どうせ主任とのデートの口実にしたんでしょう?言いがかりにも程があるわ。
──あっ、ダメダメ。今は「か弱い花さん」を演じなければ。
「ご迷惑ばかりおかけして……本当に、すみません。ギフト券、購入していただき……ありがとうございました」
しおらしく頭を下げると、騒ぎを聞きつけた男性陣が、どこからともなく現れた。敵だったはずの同期男子と、影の薄い後輩モブ男子が仲裁に入ってくる。
「まぁまぁ、池園さん。ここは穏便にいきましょうよ」
「そうそう。ほら、彼女も反省してるみたいですし」
「はぁ!?」
絵梨花とお局は、まるで「信じられない!」とでも言いたげな顔をしている。
──何であんたたちが邪魔するの?って思ってるんだろうけど、こっちも不可解なんですけど。
でも、今日はなんだか周囲の空気が違っていた。見て見ぬふりなのは相変わらずだけど、誰ひとりとして追従笑いをしていないのだ。
……どうやら、彼女たちはその微妙な変化に気づいていないらしい。
「もういいわ。後でメール送るから、その通りにやって頂戴。まったく、何で会計でもないわたくしが、ここまでやらないといけないのかしらねぇ~」
絵梨花は、あくまで私が悪者であるかのように、周囲へのアピールに余念がない。
「ふん!使えないわね。呆れて物も言えないわ~」
お局もキレ気味に、まるで未熟な後輩を〝教育〟している体を演じている。
はいはい、そうですか。呆れて物も言えない?そのセリフ、まるっとお返ししますわ。
「池園さん、コーヒーでも飲みに行きましょう」
怒り心頭の二人をなだめつつ、自販機方面へと誘導する男性陣。そのうちの一人が、チラッとこちらを振り返って──謎の笑みを浮かべた。
ん?何その笑顔?正直ちょっと気持ち悪いんですけど?
……でもまあ、助け舟を出してくれたことには、感謝すべきなのかしらね。