週末。本来なら、安息の地から一歩も出ずに自由気ままにくつろいでいるはずだった。

でも今回は違う。私は人生で初めて、ヘアサロンで髪を染めた。控えめなトーンだけど、ほんのりブラウン。

そのあとネイルサロンでジェルネイルなるものを施してもらい、お花のアートまでのせた〝押し花ネイル〟にしてしまった。

『見違えるくらい女子力アップしたわね、花』

『ララ様、おかげでお財布がスースーします……』

『でも、これから翔に会いに行くのでしょう？キレイになった花を見たら、きっとびっくりするわよ～』

う、うん。そうだと……いいな。

翔様から連絡があったときは、本当にうれしかった。こんなに早く戻ってくるなんて思ってもいなかったから。

──会いたいよ。

私は、いつの間にか彼を心の拠りどころにしていたみたいだ。

『謝恩会に着ていくドレス、ちょうどいいから持ち帰りましょうよ。タイミングばっちり～』

……そんな厚かましいこと……でも、確かに着ていく服がないのは事実。

彼は、ララ様のマンションを手放さず、そこに引っ越すことになっていた。

私はそのお手伝いと、遺品整理を頼まれている。少しでも彼の力になりたい。──心から、そう思っていた。

「綾坂さーん！」

マンションの前で翔様から声をかけられた。……相変わらず、ハンサムが過ぎる。

「あれ、ちょっと雰囲気変わりました？」

「そ、そうですか？ あ、メイクしてるからかもです」

今日はララ様から、メイク講座をみっちり受けていた。マスクはしてるけど、伊達メガネはナシ。だから印象が違うのかも。

でもよく考えたら、あれ以来、〝ララ化〟が進行してるんだった。

「綾坂さん、なんとなく……姉に似てますね」

い、いかん。それは触れられてはならぬ領域！

似てきた、じゃなくて、ほぼ外見はララ様なんですけど！？

このままじゃ怪しまれる。……いや、それどころじゃない。

そもそも私、ララ様の弟にときめくって──それ、禁断の恋では！？

「綾坂さん？」

「あ、ええ、昔からよく言われてました。あはは……」

とりあえず笑ってごまかす。いつもの処世術。

「あ、でもいいかも。サイズも合いそうだし、姉の服、自由に使ってくださいね」

『さすが我が弟ね～！花、遠慮せずにいっぱい持って帰りましょ』

い、いやでも……！？（良心がグラつく）

その後、翔様と一緒に部屋に入り、引っ越し業者が家具を運ぶ間に、〝断捨離〟を決行。もちろんララ様の指示付き。

翔様の荷物を入れるには、ある程度スペースが必要──ということで、思い切った整理が始まった。

まぁ実際は、ほとんどフリマ行きか、お持ち帰りだけどね。

作業の途中、ララ様に言われていた通帳や印鑑、現金などの貴重品を〝偶然見つけたフリ〟をして、翔様に手渡す。

「ところで翔様──あっ、伊集院さん！」

しまった！心の中での呼び方が口に出ちゃった！

「ああ、翔でいいですよ。じゃあ僕も……花さん、で」

「で、では……翔さん」

ひぇっ、恥ずかしっ！顔、真っ赤かもしれない。

「はい。何かありましたか、花さん？」

ええ、あります。大事な確認が──。

「あの、お仕事の話で恐縮ですが、うちの部署主催の謝恩会……ご出席されますか？」

「ああ、そうだ。来週末だったよね。急に、課長の代理で出るように言われたんだ」

「やっぱり……。私、今回その席表を担当していて、翔さんのお名前を見つけまして」

「花さんが担当してるんだ？」

「はい。今回は特例で、会計まで任されてます」

「それは大変だ。準備も忙しいでしょう？何かあったら手伝うよ」

「い、いえ、ゲストにそんな……」

「いいんだ。お礼がしたい。困ったことがあったら、いつでも連絡して。花さん」

翔さんの真っ直ぐな瞳に見つめられ、胸が熱くなる。

男性にこんなふうに優しくされた記憶なんて……ない。

ああ、だめだ。好きになっちゃいそう。いや、もう好きです。

たとえそれが、〝禁断の恋〟だったとしても──。