「あのぉ、PCの調子がちょっと悪くて……」
有志一同なる男性陣のシナリオ通り、ビンゴゲームの機材を引き取った私は、予定通り〝PCの不調〟に気づいたふりをして、後輩モブ男子のところへ駆け込んだ。
案の定、絵梨花とお局のニヤついた視線が突き刺さる。BCCで情報共有しておいた上司も、ちらっとこちらを見ていたけど──うん、やっぱり何もしてくれないよね。
「綾坂さん、あとは僕に任せてください」
「は、はい。よろしくお願いします……!」
なんだろう。演技が下手すぎたのか、すごく妙な気分。
『花、本当の意味で〝有志一同〟が味方になったわね』
『そうであれば、どうして彼らの心変わりが起きたのでしょう?』
『うーん……花が変わったからじゃない?自信、持ったでしょ』
自信、か……。
たしかに全部を見せたわけじゃないけど、今の私はスタイルも目元も、見た目からして変わった。髪も染めたし、ちゃんとケアしてる。爪も綺麗。
それが自信に直結してるかはわからないけど、少なくとも〝反撃しよう〟と思えるくらいには、心が強くなったのかもしれない。
でも、それだけではないと推測する。
彼らが絵梨花の傲慢さにうんざりしたのは確かだろう。でも、それだけで動くほど人って単純じゃない。私の知らないところで、何か別の要因が働いたのだと思う。
もしかすると──〝絶対王者〟にとって不利な状況が生まれつつあるのかもしれない。この空気の変化、偶然じゃない気がする。
その答えを、私は有休明けの日に思いがけない人物から聞くことになる。
出勤してすぐ、自分のPCを立ち上げる。シリアルナンバーは元通り。何の問題もなく起動し、データもすべて無事だった。
まるで何事もなかったかのよう。でも、これは有志一同が絵梨花に逆らい、私を守ってくれた結果だ。……感謝のメールを送らなきゃ。それから──そろそろ彼のことを〝モブ〟呼ばわりするのもやめよう。
ふと、受信ボックスを眺めていると、有休中に飛び交った様々なメールが目に入る。
主任と絵梨花が一緒に景品を買いに行った話。その詳細も、彼が私をBCCに入れてくれたおかげで全部把握できた。
さらに、有志一同からの「業務完了」メールまで届いていた。
まずは、お礼のメールを返信しよう。もちろん、BCCには上司をそっと添えて。
その時、不意に一通の新着メールが届いた。
ん?これは……?
──
件名:謝恩会の相談
綾坂さん、急ぎお話があります。会議ブースまでお越しいただけますか?
東薔薇ハルト
──
ひぃっ……!?こわっ!
なんですかこれ!直接話したことなんて一度もないのに、いきなりこんなメール!?
ていうか、BCCでしか関わったことないのに!どうすればいいの!?
『ララ様、緊急事態です。恥ずかしいです。BCCだけでつながった奇妙な関係から、どう距離を詰めればいいのでしょう……。……ララ様?』
……反応がない。最近のララ様、たまに寝てる。今このタイミングで不在とか、神様ってば不親切。
でも、ぐずぐずしてる暇はない。行くしかないのだ。
幸い、今日は絵梨花とお局が在宅勤務で社内にはいない。気配りゼロで行動できるチャンス。
よし。堂々と行こう。根拠はないけど、胸を張って、背筋を伸ばして!
──そして会議ブースに入った私は、なぜか全力で戦闘モードになっていた。
胸はぶるんぶるん、鼻息はふんふん、もはや誰と戦っているのか分からないけど、自分を奮い立たせるにはこれしかなかった。
「綾坂です。ご用件を伺いにまいりました!」
「あ、ああ……」
東薔薇さん、ちょっと引いてる。うん、完全に引いてる。そりゃそうか、謎の圧で突撃してきたんだもんね。
でもね、あんまり胸元ばっかり見ないでくれませんか?視線、けっこうバレてますからね?
「ま、まぁ、座って」
「失礼します」
彼がテーブルに一枚の資料を置く。──それは、私が作成した謝恩会の席次表だった。
「謝恩会で、ちょっとしたサプライズを計画してるんだ」
「サプライズ……ですか?」
「祝いの花束を、あと二つ追加で発注してもらえる?グレードは高めで頼む」
「承知しました。……で、この件については?」
「まだ池園さんには話してない」
「えっ、どうしてですか?今までの指示は全部、彼女経由でしたよね?」
「理由は話せば分かる。ただ、内密に頼むよ」
「承知しました」
彼は少し表情を引き締め、続けた。
「それに先立って、もう一つ、お願いがある」
「はい?」
な、何よ……!この焦らし演出は!
「……さんの席を、ホテルの一番上座に用意してほしい。ここ、この位置に」
──えっ、その名前って……!?
(※続く)