「綾坂さん。これは課長──つまり幹部社員どまりのレベルで止まってる話なんだけど、あ、俺は幹事だから特別に情報をもらえたんだ」
そう言いながら、彼はチラッと胸元に視線を落とす。いやらしいったらありゃしない。だからバレてますよ、その目線!
……まぁ、それはさておき。
そんな極秘ネタを、私なんかに話しちゃって大丈夫?と思わなくもないけど、ここまで聞いたらもう引き返せないよね?
「花束の一つは、門前部長宛てだ。実は海外出向が内定してて、謝恩会は送別会も兼ねてる」
「ええっ!? 部長が……!」
えっ、えっ、待って!
あの、入社して以来、唯一まともに私に優しくしてくれた部長が──転勤!?まさかの海外!?
「そ、それはあまりにも急すぎて……」
「ん?意外と動揺してるな」
「はい……個人的に、本当にお世話になっていたので、ちょっとびっくりしてしまって」
「へぇ。噂じゃ、自ら希望して手を挙げたらしいよ。出世狙うなら海外経験は大事だからな」
なるほど……たしかに部長はまだ四十代。これからどんどん上を目指していける人だもの。寂しいけど、応援すべきよね。
「でしたら、花束は一万円のグレードで手配します」
「ああ、任せるよ。それと──もう一人なんだけど……」
彼は周囲を気にしながら、声をひそめて話し始めた。小声すぎて聞き取れず、私もつい身を乗り出してしまう。結果、胸の谷間が強調されるという、なんとも気まずい姿勢に。
そしてその状態のまま、主任は堂々と私の胸元を凝視しながら話している。
いや、目を合わせづらいのはわかるけど、だからって露骨すぎませんか!?視線、バレバレです!
思わず腕で胸元を隠し、キッと睨みつける。すると、ようやく気づいたらしく、何事もなかったかのように今度はまっすぐ私の目を見て口を開いた。
いや、それはそれで照れるんですけど!!
「上座に招く〝池園専務〟だけど、子会社へ出向が決まったそうだ。我が部出身で初の社長になるかと思われてたけどね」
「えっ……池園さんのお父様が!?」
「派閥争いに敗れたらしい。子会社の社長ポストとはいえ、本社に戻ってくる可能性はかなり低いだろうな」
──ってことは……それってつまり、絵梨花にとっては大打撃じゃ?
「専務は、俺たちにとっては〝神〟みたいな存在だったんだよ。主任クラスの人事にまで口出してたし、嫌われたら終わりって空気だった。……まぁ、正直ホッとしてる人も多いだろうな」
なるほど……つまり、絵梨花はその〝神の後ろ盾〟を失うってわけ。
「池園さん、ご本人はご存知ないんですか?」
「多分、知らないと思う。謝恩会で専務に挨拶してもらう予定だけど、その場で発表するから、花束は池園さんから渡してもらおうと思ってる」
──ははーん。これか?最近、絵梨花に従う空気が微妙~に変わってきた理由って。内部で何か漏れたな、絶対。
「この件も、幹部社員止まりの話ですよね?」
「ああ、君の課長も知ってる。……もしかして、何か変化を感じた?」
「さ、さぁ……どうでしょう
「君と俺って、
「……は?」
「ほら、池園さんたちからモラハラされてた件。もし潮目が変わったなら、君の課長が何か動いたとか?」
ニヤッと笑ってるけど、どこまで知ってて言ってます?
それにやっぱり〝BCC〟の話題になったか。そこは触れられたくない。恥ずかしいから。
「特に……何もありません」
ほんとは〝有志一同〟とかいう謎の反乱軍がこっそり立ち上がってますけど。主任に報告する筋合いでもないしね。
「何か困ったことがあれば、いつでも俺に相談してくれ。謝恩会をきっかけに、池園さんの評価もがらっと変わるだろうし」
「あの……東薔薇主任って、絵梨花さんと仲がいいのかと思ってましたけど?」
「まぁね。正確に言えば、〝専務のご令嬢〟だから気を遣ってただけ、かな」
……うわー、絵梨花の気持ちを知ってて、そんな対応されてたんですね。そうですか。やっぱりあなたのこと、好きにはなれません。
「当日は俺も早めに会場入りするから、現地で合流しよう。よろしく頼むよ、綾坂さん」
「かしこまりました」
──さぁ、いよいよ謝恩会。
派手なパーティーとか正直めちゃくちゃ苦手だけど、一生に一度の舞台だと思って、腹を括るしかない。
私は、もう〝昔の私〟じゃないんだから──