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件名:池園絵梨花さんの異動に関するご報告
池園専務取締役 御中
はじめまして。購買部外注課の綾坂花と申します。
突然のご連絡、失礼いたします。ご多忙のところ恐縮ではございますが、本件についてご一読いただけますと幸いです。
現在、私は池園絵梨花さんより日常的にモラルハラスメントを受けております。詳細につきましては、下記フォルダーに記録をまとめておりますので、ご確認をお願い申し上げます。
【証拠資料フォルダ】(※リンクをここに記載)
本件につきましては、現時点で人事労政課および労働組合への正式な申し立ては行っておりませんが、当該社員には一定の責任を取っていただく必要があると判断し、配置転換の措置が取られる運びとなりましたことをご報告申し上げます。
何卒、適切なご対応を賜りますようお願い申し上げます。
敬具
購買部 外注課
綾坂 花
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……はい、送信っと。膨大なギガバイト、丸ごとお届けです。
『花、勝負に出たわねぇ』
『もし専務が火消しに走るなら……徹底的に戦うまでです』
『ふふっ、ずいぶん頼もしくなったじゃない』
──自分でもそう思う。
ほんの少し前まで、こんな日が来るなんて想像すらできなかった。でも、今の私にはララ様がいる。そう、すべては彼女のおかげだ。
課の業務だって、押しつけられたおかげで全部把握してるし、正直、誰よりも仕事できるって自信ある。
見た目も──きっと今は、ララ様の面影を受け継いだ美しさがある(……はず)。
まあ、まだ人見知りなところは残ってるけど、それでも、最近は周りがちゃんと優しく接してくれるようになった。
つまり──
私は、自信を手に入れたのだ。
「先輩、お昼一緒にどうですか?」
「……あ、そうね。えーと……」
「綾坂さーん、みんなで食堂行きましょー!」
「なるほど、食堂ね」
──うん、これが普通なんだよね。
いつも屋上でひとり寂しくサンドウィッチを頬張ってた私が異常だったんだ。今日からは、ちゃんと〝仲間〟と一緒にランチ。たったそれだけのことなのに、じわっと感動してしまう。
にぎやかなテーブルで笑い声に混じりながら、昼食を終え、満たされた気持ちでデスクに戻る。さっそくメールチェック……。
──専務からの返信、なし。
ふむ。メールの開封状況は見られないけど、予定表を見る限り、手が空いてる時間もあるっぽいし……内容には目を通してる、と思いたい。いや、きっと読んだはず。悩んでるのかもしれない。……うん、そういうことにしておこう。
──と、そんな時だった。
「うああああっ!!」
突然、フロアに響き渡る大きな叫び声!
な、なに!?火事!?事故!?
……いや違う。慌てて課長が廊下側の扉へ走っていった。
「こ、これはっ……い、いかがなさいましたか!?専務!?」
……え?
えええええっっ!?
そこには、血相を変えて仁王立ちしている──
まさかの、池園専務ご本人!!直々の神降臨!!!
の、乗り込んできた!?マジで!?メールの返信どころじゃなかった!?
「うむ……綾坂さんって、誰だ?」
や、やばい……完全に〝ピンポイント爆撃〟じゃないですか……!
どうしよう、どうすればいいの!?今なら逃げられ……いや、だめ。逃げちゃだめだ……!
全力で勇気を振り絞りながら、おそるおそる手を挙げた。
「は、はい……綾坂花は私です」
フロアが、時間ごとフリーズする。
そこへ、場違いなくらいハイテンションな声が割って入った。
「御父様ーんっ!」
「絵梨花!こっちへ来なさい」
「はーい!うふふっ」
専務にべったり甘える絵梨花。その横顔は〝可愛い娘〟モード全開なのに、私に向ける視線だけ、完全に鬼。地獄の業火レベルでギラッギラ。
……ま、負ける気はしないけどね。
この顔、録画して共有フォルダに保存したいレベルだわ。
「御父様~~!この娘が、わたくしを脅すのですぅ~~!」
「……うむ。綾坂さんとやら」
「はい」
「メール、確認したぞ」
ふふん。と、絵梨花は勝ち誇った顔で鼻が天に刺さりそう。ちなみにお局さまは神妙な面持ちでガチ固まり。いやもう、課内全員が息を呑んで静止画化してた。完全に公開処刑モード突入。
万事休す。絶体絶命。孤立無援。八方塞がり。刀折れ、矢尽き、BGMに*「涙のダウンロード」が流れそうなレベル。
──と思った、その時だった。
「……愚女がやったことは、間違いない」
「えっ……お、御父様?」
「申し訳なかった!!」
……え?
謝罪!?逆転!?ドラマの最終回!?
なんと専務、自ら娘の非を認め、深々と頭を下げたのだ。
「おい、お前もしっかり謝らんかっ!この大馬鹿者がぁぁ!!」
バッチィィィン!!!
「ひぃぃっっ!!」
……まさかのビンタ炸裂!しかも人前で!いや今の時代それやったらコンプラ案件ですよ!?いくら実の娘にだからって、容赦なさすぎませんか専務!?
「ほら!綾坂さんに謝れ、絵梨花っ!」
「あぁぁ、ご、ごめんな……うっう、うえぇぇ~ん!」
「泣くな!ちゃんと謝れ!」
「だってぇぇぇぇ、ひっく……」
「お前が悪いんだろうがっ!許してほしかったら謝れっ!」
「ご、ごめんなしゃいぃぃ~~……あやさかさぁぁん……わたくしが……わるうございましたぁぁ……ひっく……ゆるしてくださぁぁいぃぃ~~!!」
鼻水ズルズル、涙でファンデ溶解、アイライン流れてホラー仕様──
まさかの床に突っ伏しての大号泣土下座モード。ていうか、子供か!
「綾坂さん。本当に申し訳なかった。娘は私が責任を持って引き取る。もう二度とこの部署には近づけさせん。それで……許してもらえないか?」
「は、はい。元よりそのつもりでございました。専務、しっかりケジメをつけてくださり……ありがとうございました」
ふと横を見ると──
後輩男子、手持ちのビデオカメラをばっちり構えて録画中。
……いつの間に!?
まさか泣き顔狙い!?
ナイスです、IT担当。
その映像、絶対一生モノの宝になる。
*
『涙のダウンロード』
作詞・作曲:綾坂花
サーバーの奥に 忍ばせた
恋と恨みの ZIPファイル
「証拠を添えて」 そっと送信
返事も来ぬまま 昼休み
ひとり食べたの 塩むすび
……涙の味よ LANケーブルにしみてゆく
(サビ)
嗚呼(ああ) 涙のダウンロード
容量超えても 止まらない
嗚呼(ああ) 涙のダウンロード
電波(でんぱ)の彼方へ 流れてく
既読がついても 返信(へんじ)なし
クラウド越しの 無言(しじま)がつらい