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件名:業務連絡
ランチにパスタ食べに行かない?
東薔薇ハルト
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RE:業務連絡
すみません。同僚とランチミーティングがあるため、今回はご一緒できません。
綾坂花
──
謝恩会以来、彼が出勤する日は必ずランチに誘われるようになった。
けれど私は、一度も応じたことがない。だって気が乗らないんだもの。
主任にはお世話になったけど──ぶっちゃけ、今はどんどん嫌いになってきてる。
それに、新卒女子や有志一同と食堂でワイワイする方がずっと楽しい。
……でも、今回だけは、どうしても行かなくてはならない理由がある。
──
RE:業務連絡
お誘いありがとうございます。ぜひ同席させていただきます。
綾坂花
──
RE:業務連絡
嬉しいよ、花。今日はおごるね!
東薔薇ハルト
──
……は?
なれなれしいな、おい。誰が「花」だ、「今日は」おごるって何様よ。
しかも件名が「業務連絡」って、どこが!?パスタのどこが業務なのか教えていただきたい。
──まあいい。
こっちも覚悟を決めたんだから。あの日のこと、三年前の真実を──問い詰めさせてもらうわよ、主任。
*
「花、この店、来たことあるかい?」
「いえ、ございません。でも人気店のようですね」
見渡すかぎり、ほぼ満席。……とはいえ、ほとんど〝うちの社員〟っぽいけど。
食堂に飽きた同僚たちが、少しでもマシなランチを求めて周辺の店に雪崩れ込んでるのだ。昼の食のサバイバルは、なかなか過酷である。
私も差し出されたパスタをフォークでくるくるしながら──意を決して、彼ののんきな雑談をぶった切ることにした。
「東薔薇主任。三年前のことについて、お話を聞かせてください」
「……ん?どうかした?」
彼は、一瞬キョトンとした顔を浮かべた。ピンときてない様子。
「主任が入社三年目の頃。新卒女子の教育係をされてましたよね?」
その瞬間、彼のフォークがぴたりと止まる。
「な、なんだ、そんな話か……。まあ、覚えてるよ」
「伊集院ララ様。で、間違いないですか?」
「ああ、うん。……で?彼女がどうかしたの?あ、そういえば彼女の弟が、生産管理にいたよな?謝恩会にも来てたし。君と仲良さそうだったけど」
「ええ、ご縁があって。親しくさせていただいてます」
「そっか、それを聞こうと思ってたんだよ。……二人、付き合ってるの?」
は?今その話いる?なんで恋バナモードにシフトしてるんですか主任。
「いえ。友人です」
「そっかー、それは安心……いや、よかった」
安心って何がよ。なんか含みのある言い方しないでほしい。
「話を戻しますが……主任は、ララ様が退職された理由、ご存知ですよね?」
その問いに、彼は一瞬目を泳がせ、次に困ったような笑顔を浮かべた。
──そして、何も言わずにパスタを見つめている。
愛想笑いで誤魔化そうとしても、今日は逃がしませんよ、主任。
「うーん、どうだろうね。でも、なんで急に昔の話を聞くんだ?……まさか、弟くんに頼まれたの?」
「いえ。彼は関係ありません。主任、正直にお答えください。ララ様が〝殺された〟こと、ご存知でしたか?」
その言葉に、彼の顔から一気に色が引いた。口ごもり、しばらく沈黙の後──ようやく重い口を開く。
「……ニュースで見たよ。かなり、ショックだった」
「ショック……というと?」
「ああ……殺されたことももちろんだけど、彼女が風俗で働いてたなんて……正直、驚いたよ」
「まぁ、その点は後回しにしましょう。問題は、ララ様が退職前に悩みを相談された件です。覚えてますか?」
「ま、待って。何が言いたいんだ?」
「セクハラの件です。ララ様が録音した音声データを、主任は受け取った。それ、今もお持ちですか?」
彼の顔が一気に強張る。焦ってるのが見て取れる。助けなかったことへの罪悪感と、私がなぜそこまで知ってるのかという混乱が入り混じっているのだろう。
「さ、探せば……でも、な、何をするつもり?まさか、部長を疑ってるのか?」
「お察しのとおりです。そのデータを私に送っていただけませんか?」
「だ、だから今さら何になる?そんなの──」
「主任、その前に一つ、言わせてください」
「……な、なんだ」
「どうして、彼女から相談を受けたのに、きちんと対応しなかったんですか?」
「それは……つまり……門前さんに……忖度したっていうか……表沙汰にする勇気が、なかった……」
「はぁ~……見損ないました。もし、主任があの時きちんと対応していたら、ララ様の運命は変わっていたかもしれないんですよ?少なくとも、殺されずに済んだかもしれないんです!」
「……後悔はしてるよ」
……だんだんイライラがピークに達してきた。
「だったらさっさとデータ寄越しなさいよ!あなたみたいな気の小さい人が教育係だなんて、ほんっっっとうに残念でしたわ!せめて、ララ様に謝りなさいよ、このクズ野郎!!」
ビシッとテーブルを叩いた私の迫力に、東薔薇主任はビクッと肩を震わせた。口元がわずかに震えている。
「は、はなさぁぁん……こ、怖いよ……。わ、分かった、分かったから!謝るから!……す、すみませんでした、伊集院さん。あなたの訴えを無視して、退職させてしまって……ご、ごめんなさい……」
ふん、当然です。
その日以降、東薔薇主任からのランチの誘いは、二度と来ることはなかった。