『まず、わたくしが風俗嬢になった理由だけど──』
『は、はい。……ゴクン』
これは覚悟を決めて聞かねば!あえて今まで聞かなかったララ様のヒストリー。だって殺人とか身近にあり得ないし普通に怖いからね。
『簡単に言えば、お金を稼ぐためよ。海外で暮らす夢があったからね』
『お金……ですか』
話を要約するとこうだ。才能に恵まれたララ様は、大学を卒業後、実家に戻り茶道の道を歩む──というレールが敷かれていた。でも彼女は家を継ぐつもりがなく、ご両親の反対を押し切って就職。結果、親からの援助は断たれ、都会でギリギリの生活を送ることに。
『生活は苦しかったけど、子どもの頃から毎年行っていた海外旅行に素敵な思い出があってね。いつか移住したいって、本気で思うようになったの』
なるほど。で、手っ取り早く稼ぐ方法として風俗嬢……なのか?うーむ、私には到底理解し難い思考回路だ。
『ヘルスだから、本番ないし』
いやいや、そういう問題じゃないよ。
しかし、ここから想像を超えた展開が待っていた。偶然にしては出来過ぎなのだ。
『わたくし、実は購買部──部品購買課にいたの』
『……はい?』
『まぁ、一年で辞めちゃったけどね。花の、先輩ってわけ』
えっ、同じ会社!?
しかも購買部ですって……つまり、ララ様もこのフロアにいたってこと!?
『そのときの課長が、門前だったのよ』
『ええええぇぇぇぇーーー!?』
あまりに衝撃的すぎて、私の脳みそはパンク寸前だった。
な、なんで今まで黙ってたんですか!?
『言うタイミングがなかったのよ。でもね、当時は彼にすごく良くしてもらってたの。最初は』
ララ様は、OLとして働きながら夜は風俗でも働いていた。
でも、まさかの偶然で、門前部長が客として来店してしまい、そこで副業がバレてしまったという。
『そこから、あの人の様子が変わったのよ。勤務中、人のいないところで……セクハラばかり』
信じられないよ。あの部長が?
どんなに話を聞いても、現実味がなさすぎて頭が追いつかない。
『結局、もう耐えられなくて。会社を辞めたわ』
そこまでは、まだ逃げ切れると思っていた。
『でもね……次に働いた別の店にまで、彼は現れたのよ』
『……!』
鳥肌が立つ。明らかに、調べて追いかけてきてる。
『それからはもう、毎回のように指名されて……交際を迫られて……。断ると、ますます執着してきて。とうとう、家のことまで調べてきたの』
彼はもはやストーカーだった。
『それでね。ある日、会社でセクハラされていたときの録音が入った携帯の存在をチラつかせて、「もう来ないで」って言ったのよ。そしたら──』
ララ様の言葉に逆上した部長は、その店の控室にあった果物ナイフをこっそり盗み、仕事終わりのララ様を店舗の近くで待ち伏せ。
そして、背後から──無理やり刺したのだ。
『酷いです。自分勝手にもほどがあります』
『たぶん、会社に訴えられるのを恐れて──だから、わたくしを刺して、携帯を奪って逃げたんだと思うの』
『ララ様……その、ボイスレコーダーって、本当にあったんですか?それとも……ただの脅しだったんですか?』
『本物よ。わたくしも、花みたいなことしてたのよ。録音の証拠集め……』
そうだったんだ。気丈で、いつも堂々としていたララ様にも、そんな過去があったなんて。
部長の変貌ぶりも含めて、正直まだ信じられない。
でも──問題はそこじゃない。
いくら真実でも、証拠がなければどうにもならない。
どうやって、彼を問い詰めろっていうの?
『一つだけ、可能性があるわ』
『……えっ?』
『その音声データ──当時の教育係にメールで送ってあるの。相談してたのよ。でも、結局彼は動いてくれなかった。だから今も保存してるかは分からないけど……』
『誰ですか?その、頼りない教育係って』
『部品購買課で、わたくしと年が近い人。だいたい分かるでしょ?』
……ん?えっと……ってことは──あっ!
頭に、ひとりの男性が浮かんでしまった。
『まさか……東薔薇主任ですかっ!?』