「ちょっと、何勝手なことやってるのよ!」
家に帰るなり、私はバカ兄貴をしかりつけた。
「勝手なことって?」
目をぱちくりさせる兄。どうやら事の重大さがさっぱりわかっていないらしい。
「決まってるじゃん、レッドドラゴンを倒したことだよ」
私が腰に手を当て語気を強めて言うと、兄は首をかしげる。
「なんで? ダンジョンなんだからモンスターを倒すのは当たり前だろ」
「そうだけど、あんなみるからに高レベルのモンスターに一人で向かって行くだなんて無謀すぎるよ!」
下手したら死んでたかもしれないんだよ!?
まあ、ダンジョン内では死んでも戦利品がすべて没収されて入り口に戻されるだけなんだけどさ……。
でも、それでも痛いことには変わりないし!
「いいだろ、結果的に倒せたんだからさ」
そう言うと、兄は私を無視し、スマホに夢中になってしまった。
「そうだけど――」
私はギリリと唇を噛んだ。
それより問題なのは、兄の姿がLUNAの配信にバッチリ映ってしまったことだ。
注目されずにひっそりと配信を終えるつもりだったのに、まさかあんなに目立つ真似をされるだなんて。
私がギリリと奥歯を食いしばっていると、何も知らない兄はキラキラした瞳で私を見つめてきた。
「それより早く、動画編集してアップしてくれよな! ほら、SNSでもレッドドラゴンを倒したのは誰だって話題になってる」
私は兄が差し出してきたスマホ画面を見つめた。
――誰だよあの赤アロハ!
――あの赤アロハも配信者なのかな?
――カメラを構えた人影みたいなのがぼんやり写ってたし、そうじゃないか? LUNAは自動追尾式カメラだし
――こうなったら赤アロハ側のカメラの配信でもどういうことなのか見たいんだけど!
――誰か早く赤アロハのアカウントを特定しろ!
そこにはLUNAも苦戦したレッドドラゴンを一撃で倒した「赤アロハ」の動画を見たがっている人の書きこみが映し出されていた。
「うわあ……」
やばい。完全にSNSで話題になってるじゃん。
完全に血の気の引いている私とは逆に、バカ兄貴は必死で私に頭を下げる。
「これは有名になるチャンスだよ! だから頼む、早く動画をアップしてくれ!」
私は苦笑いをしながら返事をした。
「うん、頑張ってみるね……」
全く、人の気も知らないで!
「はあ」
自室に戻った私は、頭を抱えながらパソコンを立ち上げ、さっそくカメラで撮った映像を編集し始めた。
「全く……何で私がこんなこと……!」
ブツブツ言いながら動画編集アプリで長い動画を四分割し、テロップや効果音を入れていく。
「ここは『弱っ!』のほうがいいかな。それとも『あまりにも弱い』にするべき……?」
私は動画にテロップを入れながらブツブツと独り言をつぶやき、ハッと気づいた。
……なにやってるんだろ。バズらせるつもりなんてないし、こんなの丁寧に編集しなくても適当に上げときゃいいじゃん。
と、私は編集途中の動画をアップしようとした……が出来なかった。
私はダンジョン動画が好きだ。
こんないい加減なクオリティの動画を世に出すなんて耐えられない。ダンジョン配信への冒涜だ。
「はああ……」
私は髪をぐしゃぐしゃと乱してため息をついた。
自分の完璧主義な性格に嫌気がさす。
でも仕方ない。半端なものを出すのは許せないし、どうせなら気が済むまでやってやろう。
どうせ私は動画編集の素人。
一生懸命やったところでクオリティなんてたかが知れてるんだから。
結局、私は徹夜をして納得いくまで動画を編集し、次の日にはDTubeに動画を一本アップすることができた。
*
「ふああああ……」
翌朝。
私が欠伸をしながら中学校の教室に入ると、長い黒髪を三つ編み萌にし、分厚い眼鏡をかけた女の子が駆けてきた。
「おはようっ、杏紗ちゃん!」
「あ、おはよう
私が挨拶を返し、自分の席に向かうと、萌々花ちゃんが大慌てで席までやって来た。
「ねえねえ、昨日のLUNAの配信見た!?」
私はブッと吹き出しそうになった。
そう言えば萌々花ちゃんもダンジョン配信が好きでLUNAのファンなんだっけ。
「えっと……昨日は生配信してたのに気づかなくて、後から録画で見たよ」
私はしどろもどろになりながら答えた。
本当はLUNAが生配信してるところに実際に遭遇してたんだけどね。
でもそんなこと、言えるわけないから適当に言葉を濁す。
すると萌々花ちゃんはずい、と私に詰め寄ってきた。
「そっかあ。いつもと違って早い時間に生配信してたもんね。でもさ、びっくりしたよねー。LUNAより先に百回に到達してる人がいてさー、ボスを一発で倒したんだから!」
頬を染めうっとりとしながら言う萌々花ちゃん。
「あはは……そ、そうだね」
私はと言うと、苦笑いをするしかなかった。
「すごい話題になってるよね、あの赤アロハさん。いったいどんな人なんだろう。配信とかしてないのかな?」
「さ、さあ」
私は冷汗をダラダラながしながら、萌々花ちゃんのキラキラした瞳から目をそらした。
言えやしないよ。
あのバカが私の兄貴だなんて!