午後のチャイムが鳴り、授業が終わる。
おしゃべりしながら下校する人、掃除当番や部活に向かう人。
私はと言うと、特に部活に入ったりしているわけではないので家に帰って兄の動画の続きをアップし、その後新たなダンジョンを作ろうと計画を立てていた。
えーっと、今日は名古屋のほうに新しく作ってるダンジョンを公開しようかな。
最近は富士山麓大ダンジョンにかかりきりだったから、今度はもう少しコンパクトなのでもいいかも。
私がそんなことを考えていると、萌々花ちゃんが走ってきた。
「杏紗ちゃーーん。一緒に帰ろう!」
「うん、いいよ」
私は静かにうなずいた。
本当は一人でダンジョン作成の計画を立てながら帰りたかったんだけど、女子中学生としては友達付き合いをおろそかにすることは許されない。
何せ私はクラスで萌々花ちゃん以外の友達がいない。
つまり、萌々花ちゃんと疎遠になってしまうと私はボッチになってしまうのだ。
それだけは花の女子中学生として絶対に避けたい。
ってなわけで萌々花ちゃんとは途中まで帰り道が一緒なのでそこまでは一緒に帰ることにする。
「ねえねえ、悠里お兄ちゃんは最近どう? 元気?」
途中まで当たり障りのない会話をした後、萌々花ちゃんがだしぬけにこう尋ねてくる。
「えっ? まあ……あのバカ兄貴なら元気だけどなんで?」
私はドキリとしながらも懸命に表情を崩さないようにしながら答えた。
すると萌々花ちゃんは顔を真っ赤にしながら答える。
「あっ、ううん。何でって言うか……最近あんまり見ないから。ほら、小学生のことはよく一緒に遊んでくれたりしたでしょ?」
「うん、まあ、そうだっけ?」
私は小学生のころを思い出す。
そういえば、小学生のころにたまに萌々花ちゃんがうちに遊びに来てその時に何回か兄も家にいた日があった気もする。
「それで……今日は悠里お兄ちゃんの誕生日でしょ? 私、カップケーキ焼いたからあげたいなって」
もじもじしながら言う萌々花ちゃん。
なるほど。それで突然今日は一緒に帰りたいだなんて言ったんだ。
というか、今日ってバカ兄貴の誕生日だっけ。やばい。すっかり忘れてた。
「そういうことなら、この後うちに来る? お兄ちゃん、何時に帰って来るか分からないけど」
私が提案すると、萌々花ちゃんはぱあっと顔を輝かせた。
「えっ、いいの? それならおじゃましちゃおっかな……」
その顔を見て私はふと思う。
ひょっとして、萌々花ちゃんはバカ兄貴のことが好きなのか?
いやむしろ、今日の萌々花ちゃんの行動を見ている限りそうとしか考えられない。
私からしてみたら、兄はダサくてオタク丸出しのさえないやつだけど、一応ロシア人とのクオーターだから背もそこそこ高いし素材はそんなに悪くないのかもしれない。
なんてことを考えながら道を歩いていると、曲がり角の向こうにある家の方から何やら話し声が聞こえてきた。
(この声は、兄?)
「あっ、お兄ちゃん帰ってるかも」
――と、曲がり道を曲がりかけた私は、ギクリとして元の道に戻った。
(……あれっ、見間違いかな。今バカ兄貴が、女の子といたような?)
恐る恐る曲がり角に身を隠し、再度確認してみる。
見間違いじゃない。バカ兄貴が、金髪ショートで制服姿の美少女と楽しそうに談笑している。
「あっ、俺の家ここだから。成瀬さん、今日はありがとう」
兄が金髪の美少女に笑いかける。
成瀬さん。どこかで聞いた名前だ。
あ、そっか。兄が発声練習の本を借りたって言う女子だ。
演劇部だって言うからてっきりオタクっぽい子かと思ったけど、足が長くてスタイルも良いし、目もパッチリしてて凄い美人じゃん!
「ううん、いいの。あとこれ、今日播磨くん誕生日でしょ? 私、クッキー焼いたの。食べる?」
恥ずかしそうに兄に水色の包み紙を渡す成瀬さん。
兄は何も考えてなさそうなアホ面でそれを受け取った。
「えっ、いいの? ありがとう。俺のためにわざわざ作ってくれたの?」
兄が笑顔で問い返すと、成瀬さんは顔を真っ赤にして横を向いた。
「バ、バカッ。か、勘違いしないでよねっ。たまたま家族に焼いたのを作りすぎちゃったから余ってたのを持ってきただけなんだからっ!」
「そうなんだ。でも、俺クッキー好きだしすげーうれしいよ」
「べっ、別にこんなの大したことじゃないしっ。それじゃあ、またね!」
「うん、また明日」
へらへらした笑顔で成瀬さんに手を振るバカ兄貴。
私はと言うと、その場で石みたいに固まってしまった。
あの子、明らかにバカ兄貴に気があるよね?
っていうか、彼女だったりする? あんな美少女が? ありえない!
っていうか、どうしよう。萌々花ちゃんもお兄ちゃんのことが好きなのに。
そう思い横を見ると、萌々花ちゃんは目に大粒の涙をためていた。
「も……萌々花ちゃん」
「ごめん、杏紗ちゃん。私、やっぱり帰るね」
私は慌てて何か言わなきゃと思ったんだけど、萌々花ちゃんはその前に涙を拭きながら遠くへと走り去ってしまった。