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闇鍋ヒーローズ!〜ヒーローガールはパン屋を支えるために戦う〜
闇鍋ヒーローズ!〜ヒーローガールはパン屋を支えるために戦う〜
花田一郎
現代ファンタジースーパーヒーロー
2025年04月14日
公開日
1.2万字
連載中
【毎週火・木の17時頃に更新予定】 とある世界の日本では異世界と限定的につながった結果、未知なる場所へと旅行できるようになった…なんてことはなく。 空間の歪みからモンスターが生じるようになり、人々はその対応に追われるようになったのだ。当初は警察や軍隊が対処していたものの、モンスターは日本全国に広く出没するようになり、その中には日本の武力では対応が難しい存在もあったため、生存圏の大幅な縮小も覚悟していた。 しかし、そんな状況に生まれたのが『ヒーロー』であった。 彼らはこれまでの人類では考えられなかった、それこそアニメや特撮でしか見ないような力を発揮、モンスター対抗の手段として日本に希望をもたらしたのだ。 圧倒的な身体能力で格闘戦を行うもの、まるで魔法のような不思議な力を使うもの、ヒーローはいずれも強力なモンスターに対抗できる唯一の存在となり、やがて日本は平和を取り戻していった。 そして時は過ぎ、ヒーローはモンスターを撃退するだけでなく、その様子を撮影して動画を投稿、それ以外の方法でも収益を得られるようになり、職業としても認知されていた。 さらにそうしたヒーローたちをサポートする名目で様々な団体や企業も生まれ、中でも『ヒーロー安全推進協会』は中心的存在となっていた。 当初はヒーローたちが活動しやすいようにと生まれたものの、現在は多くの利権が集中して腐敗が進み、それはやがてヒーローたちにも伝播していく。 利益優先の思想が広がった結果、派手な魅せ技を使って被害を拡大したり、知名度を悪用してステマやネットワークビジネスに加担したり、本来の意味でのヒーローはいなくなったと嘆く人々もいたのだ。 それでもヒーローは日本にとって欠かすことのできない存在であり、また、憧れる人間も多いことから今も増え続けていた。 そんな世界に新たに生まれたヒーロー、その名は『ブレッド・ノヴァ』。 彼女の目的はとてもシンプル、それは『父親が女を作って出ていったので、実家のパン屋を支えるために自分が稼ぐこと』だ。 ヒーローに対して愛着もなければ憧れもなく、さらには特殊な能力もない彼女は今日も(強めの)パンチとキックで敵を叩きのめす。 そんな彼女を取り巻く存在は悪の女幹部、女サイボーグ、魔法少女!? みんな違ってみんなヒーロー、痛快だけどちょっと世知辛いガールズヒーローアクション小説、始まります!

プロローグ「武器? 手足があるでしょ?」ブレッド・ノヴァ誕生!

 私たちの暮らす真糸まいと市、中でも住宅地が集まる花糸かし地区は山や川が点在していて、少し移動すれば自然に恵まれた解放空間が存在していた。

 それは住環境としては理想的に見えて、実際は人々を脅かす深刻な問題と隣り合わせだった。

「…出てきたか。『ストーンゴーレム』、動きは鈍いけどまあまあ固い敵…最初は回避重視、隙を見てとどめを刺す」

 林の合間を縫うような空白地帯にて土煙が舞い、低い振動と共に『それ』は姿を現した。 私はドミノマスクに覆われた目を細めつつ、『ヒーロー』らしく敵の分析をする。

 背丈はビルの二階分ほど。岩をそのまま人型に固めたような、無骨なモンスター。頭部らしき部位は形状がいびつで、表情らしきものもない。

 ただ、ゆっくりと、そして確実に。両腕の岩塊を振り上げてこちらを狙っていた。足は腕よりも細くて小さいから、こちらへと歩み寄る速度はあまりに鈍重だ。

 だから私は手に持っていた自動追尾型ドローンカメラ『O-DRIVE』を余裕たっぷりに起動させ、早速録画を開始する。鞄にも入れられる折りたたみ可能なドローンが起動直後には私の背面へと周り、今はちょうど『巨大な敵に立ち向かうヒーローの背中』の様子を撮影していることだろう。

 ゴーレムがこちらを射程距離内に収める直前、私は左手を突き出すようにして半身の構えを取り、すうはあと呼吸を整えて口を開く。


「『ブレッド・ノヴァ』、参上。これより…えっと…正義を執行するため、その…なんだっけ…打ち砕く!」


 妹が考えてくれた正義のヒーローっぽい前口上をど忘れした──そもそも覚えるためのモチベーションがなかった──私はいろいろとはしょって、とりあえず名乗っておく。

 それを終えると同時にゴーレムは右腕を振り上げ、鉄球を投げつけるかのような勢いで振り下ろす。その動きは動物園のナマケモノと同じくらい遅く見えて、私は左側に軽くステップするだけで回避できた。

(…避けるのは簡単だけど、当たったらしばらくは入院かなぁ…お母さんや妹に迷惑をかけるし、油断はできないや)

 大地を揺らす一撃は砂埃をもうもうと立ち上げ、それが並の人間であれば即死、軍が使う戦車であっても大破は確実な威力を持つことを物語っていた。

 なるほど、これなら警察や軍が対処しなくなったのも納得で、そのために私たちヒーローが生まれたというのはなかなかのご都合主義に思えた。

『異世界』と部分的につながってしまった結果、モンスターが現れるようになった日本。そんな日本を救うために現れるのが勇者ではなく私たち『ヒーロー』というのは、事実は小説よりも奇なりと表現するほかなかった。

「…うわ、ちょっとギリギリすぎたか…パーカーとスカートが汚れた…」

 それからも私は攻撃はせず、ゴーレムの両腕を使った振り下ろし、あるいはなぎ払いをステップやバク転で回避し続ける。こいつは射程が短いので大幅に距離を取ればそもそも攻撃すらされないけれど、そんなことをしたら居住区に向けて侵攻するだろうし、何より…安全圏で様子見なんてしていたら、『動画』としての価値が落ちてしまう。

 だから私はわざと相手の射程距離内にとどまり、その攻撃をひょいひょいと回避する。ヒーローらしい身体能力があればこれはエクササイズのようなもので、どうしても緊張の糸が切れやすい私は「明日はどんなパンを作ろうかな」と考えていた結果、回避運動がギリギリすぎて服に土塊が付着してしまった。

 パーカーは、まあいい。これはヒーローとして戦うときにしか着ないから、洗濯する余裕もある。けれど、スカートについては学校の制服だから汚れると面倒で、まだまだ自分が未熟だと痛感した。

 …でも、ずっとヒーローで食っていくつもりもないし、いまいち努力する気になれないんだよな…。

「…そろそろいいかな」

 ゴーレムの左腕によるなぎ払いをジャンプで回避し、そのまま腕に着地。私を振り落とすべく腕を持ち上げたらその反動も活かして大ジャンプ、空中でわざとらしいムーンサルトを決めてからゴーレムめがけて突き刺すような飛び蹴りを放った。

 …あ、キックのときに技名を口にするの忘れた…妹に怒られる…。

 そんな心配をよそにキックは命中、私はその手応えを感じつつ後ろへと飛び下がり、ゴーレムは派手によろけて背中側からダウンした。すでに体にはひびが入っており、そのまま上空からもう一発蹴りを入れてもよかったけど、今日はパンチでとどめを刺すように言われていたのだ。

 そんなわけで少しだけ距離を取って着地した私は再び構えを取り、右腕に力を込めてとどめの一撃を放つべく、最後の踏み込みを行い。

 ちょうどいい必殺技名を考えていなかったことに、今さら気づいた。


「…ええと、ええと…『強めのパンチ』!!」


 ドガァッ!!

 立ち上がろうとしたゴーレムの体に拳が直撃、亀裂が生じて真っ二つに割れる。それと同時に岩の体は黒い粒子となって夜の闇に溶けていき、その体に収まりきらなかったパンチの衝撃が軽く地面をえぐっていた。

 敵の攻撃はどれも軽々と回避し、こちらの打撃は一撃必殺を体現するかのように敵を屠っている。となれば、この勝利は世界の平和を守る意味でも、動画の見栄えとしても、決して悪くないはずなのに。

「…あの技名だと、また妹に怒られるかな…」

 これから動画の編集をしてくれるであろう愛しの妹のリアクションを思い浮かべると、私はため息をつくしかなかった。


 これはそんなヒーロー…ブレッド・ノヴァである私が、モンスターを倒し、それを撮影して投稿、収益を得ることで実家のパン屋を支える…そんなお話。

 …そんなお話に、なるはずだった。

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