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第1話「私は悪の女幹部! よってモンスターどもをぶっ飛ばすわ!」レディ・ナイチンゲール推参!

「うーん、少しだけ数が多い…」

 逢魔が時、この時間帯は昔から不吉な出来事が起こると言われていたけれど、それはモンスターが出没するようになった日本でも同じらしい。

 この日の『モンスター予報』では擱座したニュータウンの建設予定地に出現するとされていたけれど、その数は想定よりも少しばかり多かった。

「ギャギャギャ!…ギィ!?」

 危険度自体はさほど高くないように、出てくるのはゴブリン…緑色の亜人ばかりだ。頭髪はなし、耳は尖っていて身長は1mくらい、服は腰蓑だけという、モンスター出現以前から日本の創作物で見かけるそれとほぼ同じだった。

 その見た目からもイメージできるように、ぶっちゃけ弱い。たまに棍棒を持っている奴もいるけれど、今みたいに殴りかかってくるときの動きは単調、振り下ろされた武器を最小限の動きで躱して蹴りを入れるとあっさり吹っ飛んで消滅した。

 現在は建築も停止しているとはいえ、街っぽいところに人型のモンスターが出てくるというのは妙にマッチしている気がする。中には屋根さえどうにかすれば雨風がしのげそうな建物があるため、ヒーローが放置すればここはこいつらの集落になるのかもしれなかった。

「あと10…16? 見栄えもそんなによくないし、面倒だなぁ…」

「ギャー!?」

 まっすぐ飛びかかってくるゴブリンの腹に正拳突きを打ち込むと大げさなまでの勢いで吹っ飛び、一階しか作られていないビルの壁に激突して消えた。

 私のヒーロータイプはファイター近接型、燃費はいいけど目立った『スキル』がないため、多数の敵を始末するときは時間がかかる。

 なのでチームを組む場合はトリックスター特殊型との相性がいいらしいけど、新米でなおかつ地味な私と組んでくれる人なんて…。


「苦戦しているようね、ブレッド・ノヴァ!」


「あ、あなたは…!」

 この際、その辺の石を拾って投げつけてみるか…なんて思っていたら、コンビニのテナントになり損ねた空き店舗の上に人影があった。

 …ちなみに、なんとなく勢いで驚いてみせたけど、その正体は顔見知りだ。なんとなくだけど、こういうリアクションがヒーローとしてはらしい気がしただけである。


「悪の秘密結社【ホスピリティア】の幹部、『レディ・ナイチンゲール』推参! いでよ、ケルベロス! オルトロス!」

あるじの仰せのままに」

「ちぃっす! ブレッドさん、今日も美人っすね!」


 人影は黒いマントで体を覆っていたけれど、ばさぁっと翻すとその下は…どこかで見たようなカッターシャツにネクタイ、ついでにスカートという出で立ちだった。なんというか、制服のジャケットを脱いでパーカーだけ着て「これがヒーローの衣装です」と名乗る私と似てる。

 ちなみに目元には真っ黒なドミノマスクを着用していて、私のものに比べると茨の意匠が施されているのがちょっと高そうに見えた。ちなみに私のは雑貨屋で購入したパーティーグッズだ。

「…えっと、こんばんは?」

「あっ、挨拶がまだだったわね…って、そんなことはどうでもいいのよ! 私は悪の組織の幹部、やるべきことは決まっている…」

 ぱしん、手に持っている鞭をしならせて地面を打つ。ライトブロンドの髪は左側にサイドテールとしてまとめられていて、それもまた鞭みたいに風が揺らしていた。

 そう、この子は悪の幹部でこの辺を中心に活動している。そして私はヒーロー、通常であれば一悶着ありそうなのだけど。

「悪として、この場にいるモンスターは私がぶっ飛ばすわ! ケルベロス、オルトロス、やってしまいなさい! 怪我はしないように!」

「必ずやご期待に添います」

「レディ様に褒められるため、頑張るっすよ!」

 彼女は自らの使い魔に命令を下し、私ではなくゴブリンたちを攻撃し始めた。

 レディに従う二頭の犬──といってもその全長は2.5mはある──、そのうち古風な話し方で鉄灰色の体毛、重厚でやや鎧じみた毛並みを持つほうはケルベロスと呼ばれていた。

「ギャッ!?」

「ふん、数ばかり揃っていてもな…鎧袖一触とはこのことか」

 ケルベロスは太い前足で重い一撃を食らわせ、ゴブリンをあっさりと弾き飛ばす。その様子にひるんでいたもう一匹には首元を狙うようにして噛みつき、勢いよく首を振って放り投げる。

 そして建物から降りてきたレディを狙う敵を突進で跳ね飛ばし、彼女の前に立ち塞がる様子はまさしく番犬だった。

「うはっ、兄者ったら堅すぎ! 戦いはもっと見栄えを重視しないと!」

「ギャギャー!?」

 それに対し、ハニーブラウンのふわふわとした毛並みの犬…オルトロスは跳躍と回転を繰り返し、ゴブリンの集団をかき乱しながら鋭い爪で切り裂いていく。

 まもなく沈む夕日を反射する黄金の体毛は、キラキラと舞う綿毛のようにきれいだった。

「…って、見とれてる場合じゃないか…ほいっと」

「ンギャッ!?」

 それを眺めて楽をしていたけれど、そのままだと動画コンテンツ的に問題があると思った私は飛びかかってきたゴブリンの一撃をバク転で回避、逆立ち状態のまま回転しつつキックを放って二匹同時に蹴っ飛ばした。

 もちろんスカートの下には体育で使う短パンを履いているので、『見えてはいけないもの』はきちんとガードしている。使い魔に混ざるようにして鞭を振るうレディも同じなのか、たまにめくれたスカートの下には短パンが顔を覗かせていた。

 サービス精神? エッチなのはいけないと思います、ヒーローだし。

「ブレッド、あんたはおとなしくしてなさい! 私たちは悪として、すべてのヒーローから仕事を奪ってあげるんだから!」

「そうしたいのはやまやまだけど、こっちには生活があるから…おこぼれはもらっておくね」

「…ふん! 怪我はしないでよ、あんたの手当てなんていやだから!」

 その口ぶりだと、怪我をしても治してくれる気満々に聞こえるんだけど…なんて突っ込むと罵倒が三倍になって返ってくるから、それ以上はなにも言わず、ワンコ駆け抜ける戦場にて敵を倒し続けた。

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