真糸市は都市圏から電車で一時間ほどの場所にあるように、私も用事があれば大都会と呼べる場所まで簡単に移動ができた。
そして本日はそんなコンクリートジャングルで用事…監督官との面談を済ませ、帰ろうとしたときのことだった。
(帰り道の途中、物流倉庫の跡地に反応があったから来てみた…んだけど)
そこには確かにモンスターが出没していて、ゴブリンを中心に人型の敵が多数いたのだけど。
「みんなー、今日はあたしのために集まってくれてありがとー! でもねぇ、おっと…うーん、マナーの悪いファンばっかりだから、ちょっとお仕置きが必要かなー?」
再開発予定地となったそこには広大な敷地があって、その中心にはモンスターに囲まれるヒーロー…もとい、『魔法少女』がいたのだ。いや、一応魔法少女もヒーローに分類されてはいるのだけど。なかなか貴重な存在であるため、実物を見るの初めてかもしれない。
その子は長いクリムゾンレッドの髪をトライテールにセットした美少女で、衣装についてはハートカット風の赤いビスチェに白のフリルブラウス、チュチュ風のふわっと広がるスカートを履いていて、スカーレットとホワイトの配色が実に鮮やかだった。
それは魔法少女というよりもアイドルに近く、ぱっと見は私以上に戦闘能力の有無が疑わしい。けれど、モンスター相手にも両手をぶんぶんと振ってファンサービスをし、しかもそんなのは知ったこっちゃないとばかりに攻撃をしてきたゴブリンの一撃をひょいっと躱していたのだから、やはり彼女もヒーローなのだろう。
「それじゃあ…あたしの単独ライブ、始まるよ☆ そこの可愛いお客さんも、しっかり応援してね!」
さすがにそろそろ加勢に入らないとまずいか…と思って踏み出そうとしたら、彼女は敵の攻撃を避けつつも私のほうへ視線を向けてウインクし、そして背中にリボンで結びつけられていた二振りの剣…いや、剣にしてはギザギザに覆われた…え、あれってまさか片手剣風のチェーンソー…なのか?
「『マジカル☆サイリウム』、アクティベート! そしてこれがあたしの必殺技で持ち歌、【
少女は両手に持ったそれをサイリウムと呼んだように、刃の部分がギャリギャリと回転を始めたかと思ったら、まばゆいマゼンタ色の光を放ち…彼女が歌い始めた瞬間、二つの赤い軌跡を残しながら敵中を駆け巡りだした。
ていうかあれ、やっぱりチェーンソーじゃ…。
「ねぇねぇ そこのモンスターさん♪」
「あたしのリズムについてこられるかな?」
「ステージは赤く染まる夜空」
「今から魅せるのは“本気のワタシ”!」
おそらく普通の人からすると、『赤い光が動くとそのそばにいた敵が切り裂かれていた』というふうにしか見えないだろう。
けれどヒーローの動体視力をもってすると、あの魔法少女がダンスしつつ歌いながら敵に接近し、すれ違いざまに一刀両断していることがわかる。
そのよく通る声のおかげで歌詞もしっかりと届くけれど、こういう歌をあまり聞かない私はそれが上手いかどうかの基準に乏しかった。
「サイリウムを握りしめ」
「光るビート、切り裂いて」
「踊るように戦うよ」
「魔法より熱いリズムで!」
けれど、わかることもある。
それは彼女がとても強いこと、そして歌とダンスが上手いこと。
そして…これまで見てきたどんなアイドルよりも、今が戦闘中であるのを忘れるほどまぶしい気がした。そんなにたくさんのアイドルを見てきたわけじゃないけど。
「Red! Red! Red Symphonia!」
「キミの鼓動ごと奪ってく♪」
「赤い軌跡の
「ラストノート、刻むよ!」
サビに突入すると背中のリボンが羽根のように広がり、それも新たなる刃として触れた敵を切り刻む。
サイリウムだけでなく彼女の全身から赤光が放たれ、まるで線香花火が最期の瞬間を迎えるように大きく輝いた。
いや、実際に限界が近かったのかもしれない。その整った顔立ちに玉のような汗が浮かんでいて、多少頭のよさそうなゴブリンが離れた場所からチャンスを窺っていることに気づいた私は、ようやくライブ会場へと足を踏み入れられた。
「…アイドルとかは興味ないけど。でも、ライブの邪魔はさせないよ」
そいつは小賢しくも木でできた原始的な弓矢を持っていて、あの魔法少女が力を使い切った瞬間を狙っていたのだろう。
なるほど、おとなしく切られている奴らと異なり、たしかにこいつはマナーが悪い…なんて思い、飛びつくようにキックを放つ。
敵がこちらに気づいたときには私の足はそいつの首を跳ね飛ばしていて、奇しくも彼女もフィナーレを迎えたのか、回転しながら最後の二体を切り飛ばしていた。
着地と同時にサイリウムは発光を停止し、それを再び背中に背負って大きく息を吐く。そして彼女はにぱーっと人懐こい笑みを浮かべ、私のほうに駆け寄ったかと思ったら両手を握り、アイドルにあるまじき距離感で顔をつきあわせてきた。
「キミ、やるね! あたしの名前は魔法少女『マジカル☆シザーズ』、ヒーローとしてもアイドルとしてもトップに立つ美少女だよ☆」
「あ、私は…ブレッド・ノヴァ、だけど」
「そっか、ノヴァちゃんね! んふふ、あたしの代わりに悪いファンを懲らしめてくれてありがとっ」
「いや、一体だけだから…あなたのほうがすごいよ、あんな戦い方初めて見た」
「…そっか、ノヴァちゃんもあたしを知らなかったんだ…うん、そうだよね…そうに決まってるよね」
「え?」
この子…シザーズの名乗りに対応するように私も自己紹介をしたけれど、それまでの明るさは急に暮れなずみ、もしかしてどこかで会ったことがあるのかと自分の記憶を探ってみたけれど、それらしい情報はなかった。
というか、こんな子なら絶対に忘れないし…。
「…んーん、なんでもない! んふふ、ノヴァちゃんもすっごく可愛いし、あたしとアイドルユニットを組んでみない? 美少女ヒーローコンビの誕生だよっ」
「え、それはちょっと…ごめん…」
「急にマジトーンで嫌がるのやめて!? 地雷踏んだみたいじゃん!」
けれどもシザーズはあっさりと笑顔を取り戻し、その表情に相応しい天真爛漫な様子で私に明後日の要求をしてくる。
…アイドルになれば、少しは収益も改善するのだろうか。でもこの子みたいなことをしないといけないと思ったら、普通にいやだな…。
そんな気持ちは冷め切った返事として漏れ出てしまい、シザーズはプリプリと怒っていた。これが私とアイドル魔法少女の出会い、そして彼女のことを知る重要なきっかけだと気づくのは、もう少しだけ先の話──。