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第7話「戦うよりも時間がかかってる…」ヒーローと書類の一騎打ち

「グガァアァ!」

「単調な動き…パターンは読めた」

 居住区からそこそこ離れた森林エリアにて、私は本日のモンスターと対峙していた。

 この日の敵は少数のゴブリンに一体のオーガ、さほど脅威度の高くない構成だ。よって私一人で対応しており、すでにゴブリンは全滅させている。

 そして今はオーガと一対一で戦っており、ゴブリンに比べて相対する機会は少ないことから、今後のためにも回避に専念しつつその動きを観察していた。

 皮膚の色は緑で身長は概ね200cm以上、筋骨隆々であることから体重も200kgはありそうだ。その見た目から筋力は人間の倍、あるいはもっとあるかもしれない。

 ただし知能についてはゴブリンと大差ないのか、攻撃の荒さもさほど違いを感じられない。牙が口元から飛び出しているものの噛みつきを行う様子はなく、拳での荒っぽいパンチ、そして意表を突くこともないキックがメインみたいだ。

 脅威度は高くないとはいったものの、新人ヒーローからすれば『直撃を一発もらうと命に関わることもある』とのことで、仮にオーガがゴブリン並に群れて出てくると私では厳しいと判断されるかもしれない。

「…いや、知能はゴブリンよりちょっと上かな?」

「ゴアァァァ!」

 そろそろ見るべき点はなくなったかな…なんて思っていたら、私の回避に追いつけず殴り倒した木を掴み、それをぶんぶんと振り回して打撃を試みてくる。

 ゴブリンも武器は使うけれど、こうした現地調達をしている姿は見たことがないので、少なくとも判断力は上かもしれない。

 とはいえ、それは行動の単調さを補うほどの危険さではなかった。リーチが伸びたとしても振り回し方は単純、投げつけてくる様子も今は見せない。当たれば危険なのはわかるけれど、少なくとも私のスピードに追いつくことはなかった。

「…そろそろ決めさせてもらう。はっ!」

「ガァァァ!?」

 森林地帯では木々があることから、それらを足場にした三角跳びもしやすい。障害物があることで回避運動が制限されてしまうのは普通の人間に限った話で、私たちヒーローなら木々を踏み台にしてピンボールのような跳躍を続け、私も念のためにオーガの後ろへと回り込み、そして飛び込むようにいつものキックを放った。

 そのダメージにオーガは倒木を手放したものの、まだ完全に生命力を失ったわけではないのか、前のめりになりつつも消滅はしない。

「これで…とどめだ!」

「ギャァァァァ!?」

 しかしその容姿から耐久力も織り込み済だった私はキックの反動そのままに空中へと飛び上がり、オーガの真上から頭めがけてドロップキックを放つ。

 これによりオーガの首は変な方向へと曲がり、程なくして消滅していく。仮に回避が不要であればしっかり溜めた一撃で仕留めることもできそうだけど、相手の攻撃力も踏まえるとヒットアンドウェイがいいかもしれない…なんて分析しつつ、私は敵の全滅を確認して一息ついた。


 *


「やるわね、ノヴァ。あの数と内容を20分そこらで仕留めるなんて、新米としては突出しているわ」

「ありがとうございます、監督官…今日は居住区からは遠いですし、安心して戦えたのでそのおかげかと」

「そして慢心しないその態度も好ましいわ…ほんと、私の担当エリアのほかの新人ヒーローもそれくらい素直ならいいのだけどね…おびえて逃げ出すならまだしも、撮影を優先しすぎて敵を逃したり、攻撃を回避し損ねたりする奴もいるし…はぁ、協会はあくまでも『我々は過度の介入を行ってヒーローの自主性を損なうことはしない』という名目だけど、新人研修は充実させたほうがいいんじゃないかしら…」

「…大変なんですね…」

 敵を全滅させてから程なく、久留木監督官が現場に訪れる。本日は住宅地などから遠いこともあって多少の被害なら問題ないのか、携帯端末で数枚の写真を撮影してから私に向き直った。

 この人もかなり美人だとは思うけれど、担当している区域が意外と広いのか、疲労の蓄積を匂わせる表情でため息をついていて、その様子は憔悴気味だ。私は模範生というほどじゃないけれど、地味な戦い方と相まって被害の拡大をすることはほとんどないから、そういう意味だと監督官の負担は減らせているのかもしれない。

 この人に対しては結構な恩義もあるから、偶然とはいえそれに報いているのなら嬉しかった。

「…それはそうと、『ヒーロー自己評価シート』への記入は終わった? 次の休日にはヒーロー安全推進協会へ来てもらうことになっているけど、その日が提出期限なのは覚えているわよね?」

「…あー…その、覚えてはいるんですが…」

「…まさかと思うけど、まだ白紙状態じゃないわよね? 前も伝えたけど、本当ならもっと早く協会に顔を出さないといけなかったのに、特例として私が先延ばしにしていることを忘れてはいないわよね?」

 …なんて、似合わない充実感に思いを馳せていたら。

 思わずぎくりという音が聞こえそうな質問をされて、私はつい監督官から目を逸らしてしまった。こんな態度を取れば自供しているようなものなのに、こういう場合に気の利いた嘘をつけないのは美徳なのか、それとも世渡りが下手なだけなのか。

 予想通り監督官はじとりと私を睨んできて、さすがのヒーローも自分の担当監督官には逆らえないのだと早々に白状した。

「…いや、完全な白紙じゃなくて…名前欄は埋めていて、ほかの項目についても真剣に内容を検討していて…」

「それは空欄とほぼ変わらないのよ! ちょっとあなた、その書類を渡したの二週間以上前のことよね!? あれは一日もあれば普通に書き終えられる量だと思うのだけど!?」

「…ごめんなさい。私、こういう自己評価というか、『自分のいいところ』みたいなのを書くのに抵抗感があるというか…」

 そして私の素直な告白に監督官はプリプリと怒り始め、ずいっと顔を寄せながらお説教を開始してきた。私に比べてわずかに背が高いらしい──ちなみに私は158cmだ──けれど、こうして叱られているとすごく大きく見えるのが不思議だ…それこそ、さっきのオーガよりも巨大に見える。ちょっと言いすぎた。

 私たちヒーローはその力に目覚めたら早い段階で協会に顔を出し、認可ヒーローとして登録しないといけない。けれども私の場合は『実家の手伝いと戦いを両立しないといけない』という事情もあって、監督官が最低限の申請書類を代行してくれた結果、未だに協会には顔を出していなかったのだ。

 なお、こうした書類代行の裁量は担当する監督官によって決まるらしいけれど、この生真面目で面倒見がいい人は「家族を大事にする姿勢に免じて今だけは見逃してあげるわ」なんて言ってくれたのだ…その『今だけ』がまるで怪しい海外通販サイトのセール期間みたいに長引いているのだけど。

「……はぁぁぁ……あなたは手がかからないと思っていたのに、こういう面では問題児だったなんて。ともかく、『最近成長した点』や『今後改善したいこと』とかは当たり障りない内容でいいから埋めておきなさいよ。で、力を入れておきたいのは…『自分はどんなヒーローなのか?』という自己分析ね」

「…あの、普段の動画の提出じゃダメなんでしょうか。ほら、百聞は一見にしかずとも言いますし」

「ダメね。動画だと見る人間によって評価が変わるし、自己分析の機会を奪うことになるから…あくまでも協会はヒーローの情報を管理する団体であって、ヒーローの値付けをする立場じゃないもの…建前は、だけど」

「…そうですかぁ」

 先ほど上昇したはずの私への評価は、盛大なため息と同時に地面へと落ちていった気がした。この人は優秀で冷静なのだけど、感情表現については割とストレートというか、結構コロコロと変わる気がする。だからなのか、実際の年齢の開きよりも同年代に近い気がしていた。

 それはともかくとして、これ以上顔出しを先延ばしにはできなさそうだし、そうなると書類の提出期限も延長はできないわけで。

「ほらほら、今日はもう帰って休みなさい。今すぐ仕上げてほしいのはやまやまだけど、期日までにはまだ時間もあるから…戦いがあった日くらいは体をいたわるのよ。あなたは自己評価が低い分、他人のために無理をしそうに見えるから」

「…はは、ありがとうございます。そうですね、私のことを知っている人にも相談して、自分がどんなヒーローなのかを見つけておきます」

「期待してるわよ。私はこんなところで終わりたくないし、担当ヒーローの活躍も査定に響くんだから…」

 協会の建前と現実、監督官の苦悩、気になることはちょっとだけあるけれど。

 それでもこの人にそこまで評価してもらえるブレッド・ノヴァというヒーローになら、もうちょっと前向きに向き合ってもいいかもしれない。

 ヒーローに興味を持っていない私としては珍しいことを考えて、ヒーローらしい脚力でもってその場を後にした。


 *


「…みたいなことがあって。この自己分析シート、どんなふうに書けばいいと思う?」

「それ、悪の組織の幹部に聞くことかしら…」

「…この世界の人間はかように面倒なことをしているのか。度しがたいな」

「そーは言うけど兄者、レディ様もたまに書類仕事をしてるっすよ? こういう面倒なことも仕事として割り振っておかないと、人手が余っちゃうんじゃないっすか?」

 監督官に書類の督促をされた翌日、この日も小規模ながらモンスターが出現し、私は住宅地に近い休耕地帯へと向かっていた。人が手入れをしなくなった田畑というのは雑草などの自然に飲まれていき、モンスターも出やすくなるのだろうか?

 そして私が到着する頃にはすでにレディ・ナイチンゲールが戦闘をしていたので、一声かけてから殲滅を手伝う。もちろん「ヒーローはおとなしく家に帰りなさい!」なんて言われたけれど、こちらに攻撃することなんてあるはずもなく。

 すぐに戦闘が終わって解散する前に、私はレディ…とその使い魔二匹に相談していた。レディはともかく、ワンコたちにも相談する様子って結構シュールかもしれない。

「ふむ、ようは自分自身をよく見せ、そして評価を高めるのが目的なのだろう? ならば『我こそが最強のヒーロー、余人を持って代えがたい唯一無二の存在、我を評価せぬは愚鈍の証』とでも書いておけ。主以外の人間は大抵が愚かだからな、率直に伝えねば見下げられるのが関の山よ」

「それ、新人ヒーローの自己評価としては傲慢すぎない…?」

 そうしたシュールな光景をよそに、堅苦しい話し方のわんわん…ケルベロスはどこか馬鹿にしたように鼻を鳴らしつつも、きちんと必要なことを理解して真面目に回答してくれた。

 けれどもその内容は明らかに書類をチェックする人を小馬鹿にしていて、自己評価と相手側の評価が正反対になりそうな気がする…というか、明らかに私のキャラじゃないような…。

「いやいや、それじゃあノヴァさんがご乱心って思われるのがオチっすよ! なので俺は『飾り気がなくもそれを必要としない完成されたルックス、無駄がなくも女性らしい主張を備えたスタイル、制服のまま戦う姿は現代の戦乙女』っていうのがおすすめっす!」

「えぇ…それだと見た目のことしか書いてないし…ヒーローとしてはどうなの?」

 ふんす、と兄に続くようにチャラいワンちゃん…オルトロスが提案してくれる。けれども彼は妙に私の容姿を褒めてくれるだけあって、自己評価の内容もルックスにほぼ全振りされていた。

 しかもこれまた自己評価が高すぎるせいで、謙虚さの項目があったら落第じゃ済まないと思う…もっと言うなら、素顔の私は言われるほど美人じゃないし。妹や鈴とかはなぜか褒めてくれるけど。

「二人とも、あんまりノヴァをからかっちゃダメよ」

「えっ。もしかして私、遊ばれていたの…?」

「なにを言うか、小童。拙者はいつも真面目であるぞ、こう見えて自分で書類を記入することもできる…並の人間ごときに後れは取らぬ」

「とか言いながら兄者、この前はレディ様の真似をして箸でご飯を食べようとして、ポロポロこぼしまくって怒られたじゃないっすか〜」

「なっ、弟よ! それは我らだけの秘密ではないか! あれは主に恥じぬ使い魔になるための作法、その練習だ! 馬鹿にされる謂れなどないぞ!」

「ああもう、あんたらはちょっと静かにしてなさい! おすわり!」

「「クゥン…」」

 ワンコたちのアイディアに本気で頭を悩ませていたら、飼い主…もとい、主のレディが割って入ってくる。ヒーローとは敵対していると言いつつも、私とはいつもこんなふうに会話してくれているように、どうやら彼女も真面目に相談に乗ってくれるみたいだった。

 …しかし、使い魔の二匹って普段はどんな生活をしているのだろうか? そこらのモンスターと比べるのは失礼なほど頭がよさそうだけど、かといって体のつくりは人間とも大きく異なるし、なぜ箸を使おうとしたんだろう…。

 戦闘中の頼り甲斐とは裏腹にどこか無邪気な言い争いを始めた結果、レディの命令によってお手本のようなお座りをして押し黙った。私は動物の中だとウサギが好きだけど、こういう様子を見ていると…犬もいいな…。

 ちなみに以前犬扱いしてケルベロスを撫でようとしたら、「親しくもないのに無礼であるぞ!」と怒られた。オルトロスは「俺は顎と脇腹が好きっすよ〜」とすぐに撫でさせてくれた。

「ったく、なんで私がヒーローにアドバイスをしないといけないのよ…」

「あの、いやなら無理に力を貸してくれなくてもいいけど」

「いやとは言ってないでしょ、その…あ、あんたは、ほかのヒーローとは違うし…」

「ほかとは違う…あの、どんなところが? できれば詳しく教えて」

「なんで食い気味なのよ…って、まあ書類のためでしょうけど。とにかく、一度しか言わないからよく聞きなさい」

 レディの黒いドミノマスクに覆われた、チェリーレッドの瞳がわずかに揺れる。それは私を見つめたり、逸らしたり、どことなくせわしない。

 多分、照れているんだろう。マスクのせいで若干表情が読み取りにくいけれど、頬の赤みやサイドテールをいじる様子に私は中学からの付き合いの友人を思い出し、その子も照れているときは似たような仕草を見せていたので、なんとなくダブって見えたのだろう。

 彼女…鈴もまたいじっぱりで照れ屋だけど、すごく面倒見がよかった。私の質問には真面目に答えてくれて、怪我をすれば怒りながらも保健室へと引っ張っていき、昼食にパンばかり食べている私を見かねてしばしばお弁当のおかずを分けてくれる。

 そんな彼女に似ているように見えたからこそ、レディもちゃんとした答えを教えてくれると信じられたのだ。

「あんたは、その…ほかのヒーローと違って派手なことはしないし、迷惑かけないし…模範的な、ええと、いい奴…だと思う…」

「派手じゃなくて、模範的…ああ、そっか…うん、なんとなくわかった。ありがとう、レディ」

「…別に、お礼を言わなくてもいいわよ。だけど、念のために忠告しておくわ。もしもあんたがほかのヒーローみたいに、誰かを泣かせてでも目立とうとしたら…そのときは、ぶん殴ってでも止めるわよ。あんたたちの協会は『ヒーロー同士の戦いは御法度』なんでしょうけど、私たちは悪の組織だから知ったこっちゃないわ」

「大丈夫、わかってる。私、決めてるから…家族や身近な人たちは裏切らないって。もっと稼ぎたいけれど、そういう人たちに顔向けできなくなるようなことはしないから」

「…ふん。わかってるならいいわよ」

 レディの評価というのは、監督官から聞いたものと少なからず重複していた。

 それでも私の中にストンと収まりよく落ちてきて、ようやく記入欄が埋まることを確信する。それは多分、一緒に戦うことも増えてきたこの子の言葉だからこそ、胸に染みる部分があったのだろう。

 最後の忠告も含めて、私は素直にお礼を伝える。それはヒーローと悪の関係としては間違っていたとしても、私とレディとなら許されるような気がした。

 夕風に揺れるライトブロンドのサイドテールは金糸のようにキラキラしていて、夜をすっ飛ばして朝焼けを迎えたような輝きを秘めている。それはきっと、『悪を名乗ってでも無駄な被害を防ぎたい』という、彼女の人間性が生み出したきらめきなのだろう。

「私、自己評価シートにはこう書いておくよ…『私は地味で無害なヒーローです』って」

「…はぁ!? ちょっと、なんでそうなるのよ!?」

「え、だって…派手な技を使わないし、その分迷惑もかけにくいし…それならこうやって書いておくとアピールになるかなって」

「そうかもだけど! もうちょっと気の利いた言い回しは思いつかなかったわけ!?」

「えぇ…提出期限も近いし、もうこれでいいでしょ…?」

「よくないわよ! ああもう、今日はスーパーでたまごが安いのに…さっさとそれらしい記述を決めるわよ!」

「…人間とはやはり度しがたいな」

「なはは、だからおもしれーんすよ!」

 私なりに決意を持って記入内容を教えてみたら、なぜかレディは怒り出して私の肩を掴み、悪のパワーでもってガクガクと揺さぶってきた。これ、ヒーローでも結構きつい…。

 結局この日は言い回しが決まるまであれよこれよと討論し、それが終わると同時にレディは「覚えてなさいよ!」とケルベロスに乗って帰って行った。

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