目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

007 ちびっこ相撲を侮るなかれ

007 ちびっこ相撲を侮るなかれ



 ――《これは凄い。どうやら加護の発動は、成功のようですね》――



 チエちゃん曰く、ばあちゃんのあんな適当なお願いで、稲荷伸の加護は発動したそうだ。



「ほらぁ! みてん! ちゃんと出来たやん!」


「え? ああ、そうなんだ……うん、ごめん」


《どうやら、この商店街を中心に、周囲の魔物の強さが補正されたようです》


「ん? 補正ちゃ、なんね?」


《周辺の魔物が、かなり弱体化されました》


「弱体化? ちょちょちょ、ばあちゃん! ミルコクロコップ見てみて!」



 ばあちゃんは手で丸を作って――ああ、説明が面倒だな。エルフ……『エルフの眼』でいいや。ばあちゃんはエルフの眼で周囲を索敵した。



「えーとねぇ……あ、おったおった。ん? おお?! なんか、小さくなっとるばい?」


「え?! うそ、俺も見たい! あ、でも無理か」


「見てみるね? ちょっとこっち来てん」



 ばあちゃんは俺の身体を寄せ、肩から腕を回し、左手で輪を作り俺の左目に当てた。ものすごい密着度だ。へ、平常心だ、蓮よ。いろいろ保つのだ……



「見える?」


「お?! おおお!!!」



 このエルフの眼、すごいぞ。見たい場所に自在にズームもできるし、障害物も透過して見える。さすが森の守り人エルフ。


 ウサギの化け物は……いた。本当だ。3メートル近くあった巨体は30~40センチくらいに縮んでいる。



「すごいな。これが加護の力か。チエちゃん、この力の範囲ってどの程度まであるの?」


《正確には把握できませんが、先ほどの光の規模を考えると、相当遠くまで及んでいると思われます》


「まじか。ねえ……この力、ちょっとチート過ぎない?」


《神様ですので。神の加護は半端ではありません》


「そんなすごい力、何か代償がいるんじゃないの?」


「そうやねぇ、大体ファンタジーもんやったら、何かしらの代償を払って、契約したりするもんねぇ。悪魔とかと」


「悪魔って……こわ!」


「ん~。でも私、別になんもなっとらんばい? 身体もどげんもない。むしろ何か調子が良くなった気がするくらいやもん」


《代償……本来ならそうです。ですが、伊織さまはすでに代償以上の行いを済ませております》


「代償以上の行い?」


「なんねそれ」


《献身です》


「「献身?」」


《はい。伊織さまは毎日欠かさず大狸稲荷神社にお祈りを捧げました。その行いが神に認められたのでしょう》


「毎日って、ばあちゃんどのくらいお祈りしてたの?」


「んー、お稲荷様が建立されたのが、商店街が出来た時やけん……80年とちょっとくらい?」


「……え? 80年以上? 毎日?」


「うん」


「……欠かさず?」


「そうやねぇ。旅行に行ったこともないし。うちは書店が実家やけん、祝い事やお悔やみ事は全部家でやっとったもんなぁ……うん。欠かさずやね。朝と晩」


「は? 朝と晩? 2回?」


「うん」


(ちょっと待って。80年以上、朝と夜の2回……毎日っていうと)


《およそ6万回になります》


(ええ?! 6万回休みなく?! 確かにこれは凄いことだ……)


「あ、一日だけやれんやった日があった」


「いつ?」


「死んだ日。へはは」


「当り前だよ!」


《お分かりいただけましたか? これが伊織さまの凄いところです。私はずっと見てきたのでわかります。誰に頼まれるでもなく、誰にみせるでもなく、ただ商店街の皆の為に祈り続ける。その献身が神の加護を授かる理由になったのでしょう》


「いや、そんな大層な事じゃないがぁ。ぐふふ」



 なにはともあれ、稲荷神の加護のお陰で、ウサギの化け物は弱くなった……あの程度の魔物ならどうにかなるかもしれない。



「チエちゃん、あの小さくなった魔物、アルミラージ? の強さってわかる?」


《そうですね……ミルコクロコップが『バズーカーを持った関取3人分』だとすると……『ちびっこ相撲の先鋒』といったところでしょうか》


「ちびっこ相撲?! めっちゃ弱くなってるじゃん! 加護すげえ……ばあちゃんすげえ!」


「え、え? そ、そーお? ばあちゃんそんなに凄いかな?」


「すごいよ! ちびっこ相撲相手なら、何も怖くないぞ! これで森の中で食材探せるよ! 楽勝楽勝! 加護様さまだよ!」


「ふへへ! じゃあ、さっそく食材を探しに行こうか!」


「おう!」



 俺たちは互いに顔を見合わせ、意気揚々と森の奥へと足を進めた。


 そして、木の実やキノコなどいくつか見つけたところで、弱体化したウサギに遭遇した。



 ――ピギーッ!!!



「お、出やがったな、ちびっこ相撲。ふふふ、さっきは散々やってくれたな。今の俺たちには稲荷神の加護が――」



 ――ぼっこぉぉぉ!



 ウサギは、のんきに構えていた俺の腹に体当たりをかましてきた。



「ぐふぅ!!! な?! おま、おまえ、ちびっこ……え?! つ、つよ……チエちゃん?! どゆこと?!」


《ちびっこ相撲といえども、全国大会ともなれば、相当強いですよ。普段特に運動をしていない成人男性なんて、地区予選敗退レベルです》


「ち、地区予選……く、くそ! ばあちゃん! やるぞ!」


「は、はいよう!」



 ――ピギーッ!!! ドコォッ!!!



 弱体化したウサギは思ったより……いや、かなり強かった。何よりその素早さが際立っていた。足元を縦横無尽に駆け回り、俺たちの隙を突いて体当たりをかましてくる。俺とばあちゃんは蹴り飛ばそうとするが全くウサギの速度に追い付かず、ダバダバと不細工なタップダンスを踊っているようだった。



「くそ! この! ちょこまかと!」


 ――ピギー! ぼこぉっ!!!


「ぐはぁ!!!」



 不幸中の幸いだったのが、ウサギの角は短く先端が尖ってなかったので、刺さることがなかったことだ。だが……これが硬くて痛いのだ……!!!



「れ、蓮ちゃ~ん! もう嫌ばい~! い、痛すぎるばい! うわ~ん!!!」


「な、泣くな! ばあちゃん! ばあちゃんが泣いたら……お、俺まで……くう!!!」



 なんと情けない事か……俺とばあちゃんは、半べそをかきながら(ばあちゃんは全泣きだったが)、ただただ森の中で、わーきゃーとステップを踏んでいた。


 しかし俺たちは、ぼこぼこに体当たりをかまされながらも、なんとかウサギをやっつけた! と言いたいところだが、なんとか追い払えた。


 いや……良く言うのはよそう。ウサギは体当たりに飽きて去っていったのだ……



「うぅ……ば、ばあちゃん……俺たち……弱いね!」


「ぐす……そ、そうやね……」



 俺たちは疲労と痛みと空腹で、少し、泣いた。


 巨木の隙間から射す陽の光が涙で滲み、キラキラと輝いていた。


 少し大きめの角の生えたウサギと格闘した際、見つけた木の実やキノコはぐずぐずになっていた。俺とばあちゃんは泣きながらそれを拾い集め、とぼとぼと商店街へと引き返した。




 ◇     ◇     ◇




 俺たちは、稲荷神社に戻り、神水をひたすら飲んでいた。



「うう、お腹がたぷんたぷんだ」


「ばってん、少しでも傷を治さんとね」



 チエちゃんからの診断は軽度の『打撲・擦過傷・脱水症状』。


 まさか、ちびっこ相撲レベルのウサギにボコられるとは。いや、俺的にはいい勝負だったと思いたい。


 俺たちはチエちゃんにアドバイスをもらいながら、ようやく火をおこし、ぐずぐずの木の実やキノコを焼いて食べようとしたが……これが死ぬほど不味くて、まったく食が進まなかった。



「ぐす……ばあちゃん……」


「なんね、蓮ちゃん……」


「異世界……厳しいね」


「そうやね……」



 そりゃそうだ。俺たちは便利な生活に慣れきっている。いきなりサバイバルなんてできるわけがない。弱い。弱すぎる。だが……



「ばあちゃん……修行……するぞ」


「修行……?」


「俺は……くやしい。何にもできない自分が。そして、今までどれだけ甘えて生きてきたのか、どれだけ恵まれた環境で生きていたのか、今わかった」


「蓮ちゃん……」


「今からだ……そうだ。俺はここから生きなおす! この異世界で!」



 この時、俺のテンションはどうにかなっていたのだろうか。


 ウサギにやられた傷が声を出すたびにジンジンと疼き、熱をもっている。そうか……殴られると熱を持つのか。初めての感覚だった。


 喧嘩もしたことない。人を殴ったことも、殴られたこともない。もちろん、命の危険を感じたことなんてない。今思えば、のんきなもんだ。平和な日本で、ウサギに襲われて死ぬ心配なんてなかったのだから……くそ! 異世界め……このまま黙って終われるか!



「修行……蓮ちゃん……待っとったよ……その言葉!」


「え? 待ってた?」


「そうばい! 蓮ちゃん! 私ら異世界に転生しとるんよ! こげな事でめげとったらいかん!」


「お、おお……」


「敵が強けりゃ修行たい! そうやってあん人は強くなったやろうもん!」


「あん人? だれ?」


「この異世界はでっかい宝島やろ! この異世界でイットーユカイな奇跡おこそうや!」


「……ん? どっかで聞いたような……」


「こんねファンタジー! 好いとーとミステリー!」


「それって、ドラゴンボー……」


「やるばい! 修行! そうばい! いまこそアドベンチャーたい! おーーー!」


「お……おおおーーー?!」



 俺の言葉が、ばあちゃんのなんかの琴線に触れた。


 ばあちゃんのテンションにはちょっとついていけなかったが、いずれにせよ、俺たちはこの異世界で生き抜くことを決意したのだ。



「それには……まずは飯を食う! ばあちゃん! このくそ不味い飯を……食うぞ!」


「は、はいよぅ!」


「「お……おえええ!!!」」



 俺とばあちゃんはえずきながらも、ぐずぐずの木の実とキノコを何とか胃に押し込んだ。


 くそう! 待ってろ……ちびっこ相撲レベルのウサギぃ! この借りは必ず返す!!!



 とは言ったものの、体中が痛いので、その日は寝た。






 ――――――――――――――

 氏名:江藤伊織

 年齢:99

 種族:フォクシーエルフ

 職業:江藤書店店主・大狸稲荷神社就き巫女

 スキル:森林探索

 特記:

 ・恩恵:知恵の宝庫

 ・加護:大狸稲荷神

 ――――――――――――――






 ⛩――【ツクシャナの森・ちびミルコくん】――⛩


 ピギィ?(ん? なんか最近、身体が軽い気がするな……)

 ピピ?(オレ様、ちょっと小さくなってねぇか? こりゃ気のせいか……)


 ……プピィ!(……いや! 絶対小さくなってるだろこれ!)


 ピィ~(あの狐の奴と黒い奴、オレ様に呪いをかけたな~)

 ピギギ?(ん? あいつら……また紙を落としてる……なになに……)


 ――【大狸商店街へお越しの皆様へ】――


 ・大狸便り(ブックマーク登録)

 ・大狸基金(♡応援、★★★評価)

 ・目安箱(応援コメント、レビュー)


 ――どうぞよろしくお願い致します!――


 ……ビーーー!!!(……だから俺は文字が読めんのだって!!!)


 ⛩――「この呪い 必ず解くぞ ちびミルコ」――⛩






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?