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022 味の悪魔と緊急事態

 ――「うわ~! これは上質な鹿肉ですね! ありがとうございます!」――



 カリブロスの解体を終え、俺たちはヴィヴィ食堂にその肉を持ち込んだ。


 カリブロスの肉はとても上質だったので、ヴェレドからはかなり高値で買い取り、ヴィヴィもヴェレドも喜んでいた。しばらくしたら、食堂のメニューにシカ肉料理が並ぶことだろう。楽しみだ。まあ、冷蔵庫が複製するには、俺が狩らないとだめだが。



「今日も訓練お疲れさまでした~。はい! お待たせしました」



 ヴィクトリアがウサギ肉の串焼きを作ってくれた。なんとも空腹を刺激するヴィジュアルと香りが漂っている!



「こちらのウサギ肉の串焼きですが、そのまま焼いたのではなく、下味でいくつかのハーブとニンニクでマリネしてあります。これにより淡白なウサギ肉に味の深みが増します。ウサギ肉は火が通りやすいので、強火で外側はカリっと焼きを入れ、そして少し寝かせて、じっくり中に火を通します。これで肉のうまみが閉じ込められ、噛んだ瞬間……凝縮された肉汁が口の中いっぱいに溢れますよ~!」


「う、うん。ゴクリ……」



 ヴィヴィ、説明は嬉しいが長い! 早く食べさせてくれ!



「お好みでこちらの甘辛ソースをつけてお召し上がりください!」


「頂きます!」



 ※(以下、蓮くんのいつもの激烈レビューが続きます。覚悟の上、お楽しみください)



 ――ガブ……カリッ……じゅわぁ~……!



 香ばしく焼き上げられた表面は、カリッと歯に心地よい刺激を与え、閉じ込められた濃厚な肉汁が口の中に溢れ出す! 肉本来の旨味にハーブとニンニクの香味が掛け合わせられ、爆発的な化学反応が起きている。口の中に広がる液体が、もはや肉汁か唾液か分からない! そのくらい唾液の分泌が誘発される美味さだ!


 まて……待て待て待て! なんだこの肉は……!


 カリっとした表面とは対照的に、桜色に火入れされた中の肉は、程よい弾力を残し「もっと噛め!」と生き物の本能を掻き立てる! しかし、弾力はあるのに肉の繊維が感じられない……マリネ! マリネか! 絶妙なマリネが肉の繊維を分解して、この歯ごたえとうま味を作っているのか!


 ん? そうだ……ソース。甘辛ソースがあったな。なんだ? この鼻の奥、いや、もっと奥だ。脳……脳のある部分を刺激するこの香りは。つ、つけてみるか? いや……つ、つけなくちゃ……


 俺は甘辛ソースを肉にかけ頬張った――ごくん……


 おい……おいおいおい!!! 何だこれ! ただの甘辛ソースじゃないだろう! 色からして辛味は唐辛子だけかと思っていたが、何か別のスパイスも混ぜてあるぞ! 刺激的な唐辛子の陰に、香りのヴェールが幾重にも重なってやがる!


 俺は別に美食家じゃない。だからこの香りの正体が分からない! 俺が海原〇山先生だったら、この香りの魅力を余すことなく伝えられるのに!!! しかし! 海〇雄山先生でなくても、この美味さは分かる!! 長いか?! 俺の話、長いか?! 分かってる! だが伝えさせてくれ! このウサギ肉の美味さを! 俺の話を聞いてくれ!!!


 この脳を刺激する香りが心地よい! この辛味と香りのヴェールが、肉のまた違った別の表情を出している! 例えるなら、つけない時は『上品なお嬢様ウサギ』だったが、ソースをつけたこの味は、お色気満点の『エキゾチックなお姉さまウサギ』! どこか艶やかな瞳でこちらを翻弄し、背徳的な魅力を醸し出してくる! くそう! この甘辛ソース……繊細なマリネと比べて、なんて強引なやり方だ!


 ヴィヴィのやつ、お好みでつけろと言っていたな。嘘つけ! こんなものお好みどころの話じゃないぞ。絶対につけるべき、いや! つけてこそ完成される味じゃないか!!! ヴィヴィのやつ!!! 悪魔め!!! 味の悪魔だ!!! 止まらない……噛みたい衝動が止まらない! 俺は今、完全に肉食獣になっている!!! 笑ってやがる。ヴィヴィのやつ、抗いようのなく肉をむさぼる俺を笑ってやがる!!!


 か、完食だ。一瞬で完食してしまった。誘惑のウサギ肉……ヴィヴィよ、なんてものを作るんだ。



「ヴィヴィ……これ、最高だよ。なんでこんなことが出来るんだ!!! くそう!!!」



(※ご清聴ありがとうございました。時折、蓮くんはこのように激烈レビューしますが、温かく見守ってあげてください。食べることが大好きなのです)



「ほ、ほんなこつ、ヴィヴィちゃんは料理が上手やねぇ~! 私、涙がでたばい」



「これは本当にうまい!!!」とヴェレドが離れたテーブル席から声をかける。



「ありがとうございます! バルトさんたちにも好評なんですよ~。みなさん身体を使ってらっしゃいますから、なるべくボリュームのある料理をと思いまして」


「……ん? そういえば今日はお店、静かやねぇ。バルちゃんたち来とらんと?」



 いつもならこの時間はドワーフたちが店に押しかけ、犬カフェ状態になっているのだが、今日は俺とばあちゃんとヴェレドしかいない。



「そうなんですよねぇ。今日はいらっしゃらないんですかね。ウサギ肉、沢山仕込んでたんですが……」


「まあ、そげん日もあるんやない? もしかしたらクマロク王国に戻っとるかもしれんばい――」



 ――ガタン! ドサッ……



 入口の方で何かが倒れるような音が響いた。扉の向こうで、何かうめき声のようなものが聞こえた。嫌な予感がする……



「……なんだ?」



 急いで駆けつけると、そこには傷だらけで息も絶え絶えのバルトが、血を滲ませ横たわっていた。



「おい! バルトさん! どうしたんだ?!」



 ヴィヴィが驚きでトレイを落とし、カランと甲高い音が鳴り響く。空気が凍りついたかのように、店全体が急に静まり返った。



「れ、蓮さん……大変だよぅ。洞窟の中に、魔物が溢れてみんなが閉じ込められちゃったよぅ」


「なんだって?!」


「洞窟の奥で掘っていたら、突然フレイムリザードの群れが現れたんだよぅ……あっという間に巣穴から這い出てきて……うぅ」


「みんなは?! 無事なのか?!」


「まだ大丈夫だとは思うよぅ。僕たちは土の属性魔法が使えるから、土の壁を作ってなんとか耐えてるはずさぁ。助けを呼ぶために僕だけ出てきたんだぁ……はぁはぁ……」



 ひどい傷だ……仲間の為に必死でここまで来たんだろう。



「ヴィヴィ! 傷の手当てを! 薬草と神水をありったけ頼む!」


「は、はい!」


「蓮さん……クマロク王国に、救難要請をお願いできるかなぁ……洞窟の場所は、この地図に書いてあるよぅ……それとこの紋章を……これを渡せば王様とすぐに会えるよぅ」



 そういって、バルトは地図とクマロク王国の紋章が入った首飾りを俺に渡した。



「チエちゃん、クマロクまでどのくらいかかる?」


《通常なら片道1週間……休みなく急いで行っても、4日はかかると思われます》


「片道4日か……」


「それじゃあ間に合わんばい!」


「ああ、俺たちで助けよう。いいかな? ばあちゃん」


「もちろん!」


「待て! フレイムリザードは単体でも相当手ごわいぞ。やつらの炎は並みの魔物なら一瞬で消し炭にする。それほどの威力だ。群れとなれば、お前らだけじゃ無理だ」



 ヴェレドがこれほど警戒するんだ。本当に手ごわいんだろう。でも……



「そうだよぅ……これ以上、蓮さんたちに迷惑はかけられないよぅ。仲間たちならクマロクからの救援が来るまで、なんとか持ちこたえ……う!……」


「バルトさん! 気を失ったか……ヴィヴィ、バルトさんのこと頼んでいいかな?」


「はい! お任せください!」


「洞窟までの距離は……」



 バルトからもらった地図に洞窟のしるしがある。ここからそう遠くない。



「ヴィヴィ、もし俺たちが夜明けまでに戻らなかったら、クマロク王国に救援要請を頼む。ヴェレド、その際のヴィヴィの護衛を頼めるか? もちろん金は前払い、ヴェレドの言い値で払う。どうだ?」


「私の話を聞いてなかったのか? お前たち二人じゃ死にに行くようなものだ」


「ヴェレド……」


「一つ聞く。なぜそこまでする? 採掘現場の事故などよくあることだ。こいつらもそれを分かってやっている。覚悟の上だ。こいつらドワーフはそうやって生きている。関係ないお前らが首を突っ込むことじゃ――」


「ばかやろう!!! 目の前に困っている人がいるんだ! 助けるのが当たり前だろ!!!」


「蓮ちゃん……」「蓮さま……」



 ヴェレドはじっと俺を見つめ、眉間に皺を寄せた。だがその瞳の奥に、いつもと違った表情が見えた気がした。



「……当たり前か。蓮、お前……凄いな。弱いのに強い」


「な、なんだよそれ。褒めてんのか? けなしてんのか?」


「どっちかな……分からない。どうしても行くのか?」


「行くよ。それにバルトさんたちは大狸商店街の大切なお客……いや、仲間だ。絶対に見捨てられない」


「そうばい! バルちゃんたちがおらんごとなったら、誰が私の倒した木を運んでくれるんね!」


「ばあちゃ~ん。シリアスな感じに水差すのやめてよ」


「ごめんばい、ばあちゃんくちチャック、ん!」


「それに、ここで動かなかったら、大狸商店街、商工会青年部の名が廃るってな! ばあちゃん!」


「ん!!!」


「ヴェレド……ヴィヴィの護衛、頼めないか?」


「悪いが、その依頼は受けられない」


「ヴェレド!」「ん~!」


「ただし……お前らの護衛なら引き受けよう」



「え?!」「ん?!」



「私は今、お前らに戦い方を教える立場だ。生き抜く術を教える相手を、みすみす死なせるわけにはいかない。私も一緒に行こう」


「ヴェレド……ありがとう! 助かる!」


「だが私が無理と判断したら、すぐに引き返す。そしてクマロクへ救難要請をだす。それが条件だ」


「わかった!」「ん!!!」



 こうして俺とばあちゃんとヴェレドは、ドワーフたちが取り残されている洞窟へ救助に向かうことになった。


 これから訪れる格上の魔物との戦闘が、俺たちに変革をもたらす――






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