目が覚めたとき、あなたの全身が沸騰していた。
尋常ではない高温で表面に焦げ目がつく。
おいしそうな香りも漂い始めた。
あなたはグラタンだった。
竈の蓋が開き取り出される。
「美味しそうにできたねぇ」
おだやかな表情の老婆が嬉しそうに微笑むと、食卓へ運んでいく。
あなたは戸惑っていた。
グラタンは大好きだったが、自分がグラタンになりたかったわけではないからだ。
コトン。
「はい、おあがり」
「わーい」
あなたに目耳肌のようなものはなかったが、不思議と五感に似たものはあった。
それで光や音を感じ、周囲の景色も認知できる。
ここは丸太で作られた山小屋のような家屋だった。
どこかの山中だろうかとあなたは思う。
老婆にも大きな疑問はない。
優しそうな人だと思うだけだ。
「おいしー」
引っかかったのは、スプーンを差込んであなたを食べている少女の姿だった。
頭部に動物の耳が生えていた。
テーブルの上からの角度では分かりにくいが、背後に大きな尾も見える。
顔や手は人間だが、全体的な動物の要素はまるでリスのようだった。
「アツアツでめっちゃおいしー」
「うふふ」
リスっ娘がパクパクと食べ、老婆が柔らかく笑う。
美味しく召し上がられることについては、問題なかった。
むしろ嬉しく感じた。
痛みはない。
ただ喜ばれているという感動と感謝があるだけだった。
もっと、笑顔を与えたいとすら思う。
痛みはないが触覚はあるので、自分が減っていくのは分かった。
こうなった理由に心当たりはない。
転生の一種なのかもしれないが、前世の記憶も殆どなかった。
好きなものがグラタンだったことだけは覚えている。
あなたは困惑していた。
ただ目の前の誰かに現在進行形で喜ばれているのは事実だった。
あんまり状況を理解できなかったが、このまま終わっても満足のいくグラタン生だったと自信をもっていえる。
「おいしかったー」
「うふふ、よかったわ~」
「これ本当においしかった~。ねぇねぇ、おばあちゃん」
「なんだい」
食べ終わったらしく、食後の会話が流れる。
あなたはもはや器に残る僅かだけだった。
「おかわりってある?」
満足感に浸っていたあなたはヒンヤリとした汗のようなものを感じた。
冷めてきた器に熱を奪われたのかもしれなかったが。
あなたは、この少女を満足させることができなかったのだという現実に戦慄した。
だってあなたは「もうない」から。
「ごめんねぇ。材料が切れてて、それが最後なの」
「そっか……ごめんね」
あんなに楽しそうだった食卓を謝罪の言葉が交差する。
あなたは悲しかった。どうしてこんなことに。
みんなの笑顔を取り戻したいと強く強く望んだ。
すると、あなたが輝き始める。
「わ」
「なんだい、これは……」
リス少女と老婆が驚きの声をあげる。
あなたもまた眩しさに視界が眩んだ。
「わあ、グラタンだー」
「あらあら、不思議ねぇ」
あなたは耐熱皿いっぱいに再びグラタンとして満ちていた。
混乱と歓びがあなたの内に広がった。
「いっただっきまーす」
「うふふ、召上れ~」
この奇異な状況で美味しく食べ続けられるのって凄いな、とあなたはチラッと思ったが、それより何が起きたのか気になった。
あなたが知るのはもっと先だが、この世界には魔法がある。
魔法のなかには回復魔法もあり、擦り傷や大怪我を治すこともできる。
最上位の回復魔法だと、肉体の欠損すら癒す。
先ほどあなたが使えるようになったのが、この最上位の回復魔法だった。
つまり、生存していたあなたが、自身の欠損部位を癒したのだ。
それで器いっぱいのグラタンと食卓に笑顔が戻ってきた。
「おいしー」
リス少女が笑い、老婆とあなたもホクホクと笑った。
スプーンが踊り、あなたが捕食されていく。
アツアツのホワイトソースとマカロニが咀嚼され飲みこまれていく。
減るたびにあなたは輝き器を満たした。
そして。
「おばあちゃん、もうお腹いっぱいだよ……」
「あらあら。まぁ、でも、そうよねぇ……」
ふたりはあなたを見下ろし困惑の声をあげた。
耐熱皿はいっぱいのグラタンで満ちている。
アツアツだった。
あなたはリス少女を満足させられたのだと自信をもって言えた。
「おばあちゃんに任せなさい。良いことを思いついたわ」
「よかった。村全体が食料不足だもんね。世界もあぶないってきくし」
あなたは自分が何の為に生まれてきたのかハッキリと自覚する。
世界を平和にする為だった!
翌日、お祭りが開催される。
昨日はあれから村長に話をもっていった。
老婆が目の前で食べても量が戻るあなたの姿を披露し、たいそう喜ばれた。
すぐに村全体へ声が掛かる。
明日はグラタン祭りをするから、広場に集まれと。
そして今日、祭壇が設けられ、あなたはそこに安置された。
村人が行列を作り、各家庭の代表者が持ち寄った器をグラタンで満たしていく。
「いっぱいあるからねぇ」
「並んで並んでー」
老婆がよそい、リス少女が列の整理をする。
「あぁ、ありがたや……」
「おいしいにゃ。このグラタンおいしいにゃ!」
人々が笑顔になっていく。
アツアツのあなたが村のあちこちで食べられている。
人間獣人を問わず老若男女に受け入れられ、あなたは世界一のグラタンだと誰もが声を合わせた。
器に僅かに残ったあなたはすぐ近くで声を聞いている。
例外なく誰もが喜んでいた。
あなたは心の底からの歓喜を噛み締める。
グラタンでみんなを幸せにできる。
これ以上の命の使い方があるだろうか。
あなたは自分のこれからを想う。
未来永劫、再生し続け、グラタンを世界に広めるのだ。
これから世界の食糧難を救うことになる村は、こうして第一歩を始めたのだった。