しばらく沈黙が続くのでは、と思われた重苦しい雰囲気の中、私とシルヴィさんに向かって、後ろの方から声を掛けられた。
「お話し中申し訳ありません、シルヴェンノイネン様」
シルヴィさんと私が同時に声がした方向を見ると、そこには申し訳無さそうな顔をしたヤースコさんがいた。
「そちらのケイコは私が<隠者の森>で保護したのですが、じいさ……エドヴァルド様とは初対面の様子でした。それに、報告書には記載しませんでしたが……その、彼女は<稀人>なのです」
ヤースコさんはシルヴィさんに反論できず、困っている私に助け舟を出してくれたのだろう。そんなヤースコさんの優しさが有り難い。
「……<稀人>?! まさか……っ?!」
私が<稀人>だとは思いもしなかったのだろう、ヤースコさんから告げられた事実に、シルヴィさんは驚きの表情を浮かべている。
「エドヴァルド様のためにも、どうかご内密にお願い致します」
本当は私が<稀人>だという事は隠しておいた方が良い、と言ってくれていたヤースコさんが、シルヴィさんにその事を話したのは、エドヴァルド様絡みだとお願いを聞いてくれるから、という思惑があったからかもしれない。
「ううむ……それは仕方ありませんが……しかし、貴女はいつこちらの世界へ来たんですか?」
ヤースコさんの狙い通り、<稀人>の件は黙っていてくれるようで安心した。確かにエドヴァルド様なら、私が王宮に連れて行かれるのは良しとしないだろうし。
私はシルヴィさんの質問に答えるべく、ここで過ごした日数を思い出す。
「えっと、一ヶ月ほど前です」
「……なっ!? 一ヶ月……!? そんな短期間で<稀人>がどうしてそんな流暢にレフテラ語を話しているんですか!?」
私が日数を告げると、シルヴィさんがものすごく驚いていた。レフテラ語とはきっと、この国の言葉なのだろうけれど。
「あ、あの、普通<稀人>は、この世界の言葉を話せないのですか……?」
私はシルヴィさんの様子を見て、もしかして<稀人>の中には言語チートが貰えなかった人がいたのかもしれない、と思い至る。
言語チートは異世界転移の特典的なもので、転移者にはもれなく貰えるものだとばかり思っていたけれど、どうやら個人差があるらしい。
……そんな予想をしていた私は、その考えが間違っていたのだと言うことを、次のシルヴィさんの言葉で知る事になる。
「今までこの世界に招かれた<稀人>は例外なく異世界の言葉で話していたと記憶しています。ですので、<稀人>はまず、この世界の言語を取得するために、勉学に励んでいたかと」
(えっ……! じゃあ、言語チートを貰えたのは私だけ!?)
「それは、数年前に亡くなられた<稀人>もですか?」
ヤースコさんがシルヴィさんに質問する。そう言えば学者だったという人が転移して来たと言っていたっけ。
「はい。タナーカ殿ですね。彼も初めは言語を会得するべく頑張っていましたよ。元々知識は豊富でしたし、かなりの速さで会得していましたが、それでも半年はかかっていましたね」
タナーカ殿……ってもしかして田中さん?!
私と同じ世界から来たのかな、と思うと亡くなられる前に一度お会いしてみたかった……。
(でも学者さんでも半年もかかったんだ……もし私が言語チートを貰っていなかったら、喋れるようになるまで2年以上はかかっていたかも。英語苦手だったし)
……じゃあ、言語チートを持っていない人は、他に何かチートを持っていたのだろうか?
「あの、その田中さんという方は魔力が多いとか、何か特別な力と言うか、特徴があったんですか?」
私が知らない、聞いた事がない様なチートがあるのかな、と思うとワクワクする。でもそんな私の期待に満ちた様子に、シルヴィさんは怪訝な顔をする。
「……そもそも、<稀人>は魔力を持っていませんよ?」
「えっ……?」
予想外の答えに、私は思わず言葉が詰まってしまう。
ヤースコさんも同じように驚いたみたいだけれど、絶句している私の代わりにシルヴィさんに質問してくれた。
「でもシルヴェンノイネン様、ケイコはじい……エドヴァルド様に魔力を持っていると言われていました。現に魔法の修行も行っています」
ヤースコさんの言葉通り、私は微力ながらにレベル1の魔法を使うことが出来たのだ。それって一体……?
私が分からないことをシルヴィさんに分かる筈がなく、シルヴィさんは「うーん」と言いながら顎に手を当てて考える仕草をする。
「だから私は彼女が<稀人>だと聞いて驚いたのですよ。基本、<稀人>は魔力を持たないというのが通説でしたので。私にとって<稀人>は、ただ高度な文明の知識を持っている存在、という認識です。彼らの話は大変興味深いと思いますが、魔法がない世界の人間に、私はそれほど興味がありませんしね」
シルヴィさんは魔術師なのだから、<稀人>に興味が無いのは当たり前だよね。でもそれ以外の技術的な知識なんかはすごく役立つらしく、そちらの方面では重宝されているようだ。
「<稀人>に魔力がないなんて初めてお聞きしました。では、なぜケイコには魔力があるのでしょう?」
そこは私もすごく気になるところだ。魔力チートだとばかり思い込んでいたけれど、何か別の理由があるのかもしれない。
「そもそも別世界の人間と、この世界の人間の魂が全く同じ性質を持っている確率の方が低いと思います。それはタナーカ殿も言っていましたね。タナーカ殿がいた世界では<魂の核>という概念がないそうですし。創作された物語の中で魔法は有ったそうですが、実際使える人間は存在しなかったと聞いています」
……確かに。
私はタナーカさんが言っていたという推測に納得する。日本では<魂>の概念があったけれど、それも宗教によって違っていたし。
(……だったら私は? 世界を渡った時に身体を作り変えられた……とか? でもわざわざそんな事をする必要があるのかな? 一体誰が何の目的で?)
「あの、本当は私16歳だったんです。でもこの世界に来たらこんな子どもに戻っていて……! 理由とかわかりますか?」
もしかすると、他の<稀人>も同じように若返っているかもしれない。
「えっ?! 貴女本当は成人していらっしゃるんですか?! どうりで大人びた言動だなぁと思いましたよ。でもそうですね……。<稀人>が若返ってこちらに来たという話は聞いたことがありませんね」
やっぱり私が小さくなった理由はわからないんだ……としょんぼりしていたら、「でも……」とシルヴィさんが言葉を続けた。
「幾重にも重なる世界を渡る場合、膨大なエネルギーが必要だと言われています。もしかして貴女がこちらに来るための代償として、身体の一部を失ったのではないでしょうか?」
「そんなことが……?」
(もしかして身体の一部って腕だったり足だったかもしれなかったってこと? うわ……それよりは若返りの方がずっと良いや)
「私の仮説ですが、貴女は魔力と肉体の一部を対価に、こちらの世界に来たのでしょう」
「……あっ」
私はこの世界に来る前のことを思い出した。
確かにあの時、心身ともに限界だった私は、”どこか”に帰りたいって心から願っていた。
だけどまさかそのどこかが異世界だったなんて……!
自分のことなのに、自分のことが全くわからない。
……エドヴァルド様なら、この疑問を晴らしてくれるのだろうか……?
エドヴァルド様はもう眠ってしまったので、また明日にでも色々聞いてみようかな、と思っていた私に、シルヴィさんが呆れたようにため息をついた。
「何もそう難しく考える必要ありませんよ。要は私が尊敬するエドヴァルド様が初めから仰っていたように、貴女は間違いなくキャスリーン様だ、という事なのですから」
(……? 一体どういうことだってばよ!?)
何を言っているんだと、思わずジト目になってしまった私に構う事無く、シルヴィさんが言葉を続けた。
「だから、貴女はキャスリーン様御本人で、何かイレギュラーな事があって異世界に転生されていたのが、再びこの世界に戻られた、という事なのではないのでしょうか?」
「……………………はっ?」
──シルヴィさんが出した結論に、私の頭の中はまっ白になってしまった。