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第二章 05話『新たな敵』

 運が良かった──


 宙を舞うエムジの首を見ながら、ウチは思う。本当に、運が良かったと──

 もし今この瞬間、少女から目をそらし続けて下を向いていたら、この光景に気づくのに遅れただろう。そうしたら、エムジを守る事が出来なかったはずだ。



「エムジぃぃぃぃぃぃ!!」


 ウチは叫びながら脳をフル稼働し、思念魔力でエムジの脳を保護。敵からのハックを妨害する。これでエムジの自我が壊されることは無いはずだ。この一瞬の時間が、自我の無事を左右する。

 エムジの首は空中で一旦静止、その後ウチの方に飛んでくる。敵に魔力で引き寄せられていない、生きている証拠だ。よし、エムジは生きている。



(確か首だけで生きられる時間は10秒前後!)


 軍人時代の記憶なのか、脳が死ぬまでの時間は知っていた。ウチも急いでエムジの首に向かい合流する──と同時にエムジの脳を傷つけない様に頭蓋骨を破壊し、取り出し、背中の空きポッドに収納する。ここまで10秒かかってないはずだ。



「無事か! エムジ!」

『ああ! 助かった!!』


 エムジから思念で返事がある。良かった。無事だ。エムジは死んでない。生きてる。また一緒にいられる。



 ……だがそれも、目の前の敵を倒せたらの話だ。



「久智子(くちこ)の姉貴を殺ったのはあんたらか」


 フィクションに出てくるハーピィの様な、それでいて昆虫の様な見た目の無頭の女性が、立っていた。



(もう一体の、無頭の女性……)


 胴体や頭の形状はほぼ同じだ。違うのは四肢。昆虫の様な外骨格に包まれており頑丈で、なおかつ軽そうな見た目をしている。両腕には大きな羽が生えており、飛行が可能なのだろう。

 やはり一体ではなかった。仲間がいたんだ。先ほど倒した無頭の女性は陸上を走る速度こそ早かったが、航空機を落とせる程の跳躍は不可能であろう。ならば機体を真っ二つにしたのは別の、目の前にいるグーバニアン。もしくは彼女がもう一人を上空まで運んでの犯行か。

 仲間が目の前にいる一体だけとは限らない。なら早くコイツを始末して、逃げないと。


 しかしそのまま逃げるという選択肢はない。新たな無頭の女性の足元には、気を失った少女がいる。幸い、敵はまだ気が付いてないみたいだ。何とか意識をそらし、少女の救出を──



「姉貴倒すとか、結構な手練れだな。オレは姉貴を尊敬してたんだぜぇ?」


 姉、と言った。目の前のグーバニアンは。こいつ等は姉妹か。そもそも言葉を発するグーバニアンとは初めて出会った。うまく、情報を引き出せないか。



『お前らの目的は何だ』

「ん? さっき首飛ばした野郎か? 上手くハック出来なかったが、生きてたのか。そんな強敵相手に2対1で戦っちまうとか、流石だぜ姉貴」

『答えろよ。何で旅客機を破壊した。何でお前らは無差別に民間人を殺す』


 エムジが敵と会話している隙に、ウチは少しずつ敵との距離を詰める。稼働魔力の範囲内に少女を補足出来たら、一気にこちらに引っ張る予定だ。



(気づくなよ……!)

「理由ねぇ。ひ・み・つ♪」

『野郎……』


「あぁでもな、旅客機襲った理由はオレにもわからねぇ。流石ですぜ姉貴としか言いようが無い。オレらは別の地域を目指して飛んでたんだがよぉ、たまたま飛んでた飛行機を見つけてな? 姉貴が接近しろって言うから近づいたら、いきなり両断だよ。マジすげぇぜ姉貴! んで姉貴は後方、オレは前方の墜落地点の確認に来たって訳だ」


 なるほど。やはり先ほどの想定は正しかったか。地上からは稼働魔力の範囲外だが、接近してれば別だ。とはいえあんな質量を破壊するには背中の脳もほぼ使ってしまったのだろう。だから生き残った乗客から脳を回収した訳だ。

 ……いや違うな。コイツらはそんな理由が無くても、ただひたすらに人を殺す。



『飛んできた?』

「見ろよこの羽。綺麗だろ? 姉貴のデザインなんだぜ。あんたらは鉄の塊で空を飛ぶが、オレらはこの身一つあれば改造して空を飛ぶことも出来るんだ」


 無頭の女性が腕や背に付いた羽を見せびらかす。グーバニアンが突如マキナヴィスの各地に出現してテロを起こすのは、こういう運搬役がいるせいか。飛行機と違い小型な分、発見が困難な訳だ。



「ところで……すまねぇな」

『な!?』

「……!」


 そう言って申し訳なさそうに、第二の無頭の女性は足元にいた少女の首を刎ねた。そのまま脳を取り出し背中にセットする。ついでに転がってる首の無いエムジの背中からもいくつか脳を取り出した。

 切断口から流れる少女の体液が地面に吸い込まれ、彼女の生が終わったことを知らせる……



「気が付いてはいたんだ……アンタらがこの子を助けようとしてるってことは」

『糞野郎が……!』


 エムジが怒りに燃えている。敵はどこまでが本当なのか、申し訳なさそうなトーンで話す。そして、そしてウチは──



 ウチは、ホッとしてしまった。

 少女が死んで、ホッとしてしまった。



 これでもう、少女は地獄の人生を歩まなくて良い。大好きなお母さんと、天国で一緒にいられる。例え天国が無く、死の先が無だったとしても、母と同じ無になれたのだ。今後苦悩することはあり得ない。

 宗教は世界に色々あると聞く。大きくはマキナヴィスの脳神教と、名前は知らないがグーバスクロの宗教。ただ他にも小国の宗教はあるし、各地でマイナーアレンジされた宗派も存在する。

 そのほぼ全てで、自殺は悪と判断されている。一生懸命生きる事こそが正しいと。どんなに死にたくても、死後の世界に会いたい人がいても、死んではいけないと。自殺すると地獄に落ちて、天国には行けないと。


 だが目の前の少女は殺された。これは自殺ではない。正当な死だ。胸を張って天国に行ける。



(よかった……)


 だからウチは、背中でエムジが怒りに燃える中、静かに、安堵を感じていた。

 アルビは先ほどから声を発さない。見ると表情のホログラムも消えていた。いつでも戦闘形態に入れる様、構えているようにも見える。



「あんまり喋ると色々不要な情報を渡しちまうから、喋るなって上や姉貴からは言われてんだが……」


 無頭の女性は、無い頭を掻く様なしぐさをしながら続ける。



「ありがとな。姉貴を殺してくれて」

「『?!』」


 その口元は──笑っていた。ウチとエムジはその姿に、──動揺を隠せないでいた。

 元々姉妹の仲が悪かったのなら分かる。口ではいくら尊敬していると言っていても、お互い殺したいと思う程の肉親。そんなものは戦時中だし、どちらも兵士なら沢山いるだろう。だから殺してくれてありがとうと笑うのも解る。普通、ならば。


 無頭の女性の笑顔は、慈愛に満ち溢れていた。その声は震えていて、心から姉を慕っていて……。大好きな人なのだと、その一言で分かってしまうほどに。


 それなのに、殺してくれてありがとうとは、いったい……



「姉貴はもう十分働きました。後は……このオレに任せて休んで下さい」


 そう言って、先に死んだ狂兵士を無い眼で見つめ、もう一人の無頭の女性は構える。



「アンタ等も、きっちりと殺してやる」


 戦闘が、始まる。



   * * *



 開始と同時にアルビが杖に変形して薙刀に。エムジは今は脳のみの体なので稼働魔力でのサポートに徹し、ウチと無頭の女性の接近戦が繰り広げられた。

 爆発する筋力と魔力の応酬で、周囲の木々が悲鳴をあげる。土が舞い、少女の血を飲んだ大地がめくれる。


 エムジを含めてもウチは背中に3つの脳しか無いので、演算力では1つ不利だ。何とかエムジの肉体の方から余った脳を回収したかったが、それらは敵につぶされてしまった。先ほどの敵と同レベルの相手なら、確実に負ける。


 しかし、意外とこの敵は強くはなかった。もちろん脳3つで苦戦してる訳だから、街中で戦った奴らとは違うのだろうが。先ほどの敵が別格だったのか、尊敬すると言っていた理由も良くわかる。


 そもそもこの敵は運搬に特化しているのか、体のあちこちに羽がついている。そんなものついていたら空気抵抗が多すぎて、小回りは聞かない。接近戦には不利なはずだ。飛んで逃げてしまえばウチらは追いようも無くなるのに──

 しかし敵は一切そんなことをせず、闇雲に突っ込んでくる。他のグーバニアンの例に漏れず、狂兵士っぷりを存分に発揮していた。



「ひゃっはー! 流石だぜ姉貴ぃぃぃぃ!!!」


 攻防の際に一々奇声を上げる。自分でもよく喋ると言っていた。姉は無口だったのにな。



「こんな強ぇ奴らと2対1で戦ってたのか、姉貴! 姉貴姉貴姉貴ぃぃぃぃ!!」


 その奇声の隅々に、姉への愛を感じられて──。多少歪んでるかもしれないが、そこには紛れもない尊敬が混ざっていて──。




 戦闘の結果だけ伝えれば、ウチらの勝ちだった。エムジがウチの意識の届かない所をガードしてくれたのが効いた。ウチは軽症で、相手は四肢が全てなくなり、姉と同じ姿になっていた。

 このまま片っ端から体を破壊すれば、いずれ隠された脳を破壊出来る。そんな折、敵が口を開く。



「なぁ、教えてくれよ。名前。これから殺されるってのに、相手の名前を知らないのは残念じゃね?」

「あ、ああ、それもそうだな。ウチの名前は……」

「ダメ!!」


 アルビが突然会話に割り込む。見ると杖状態をやめて、いつもの4色歩行に戻っていた。



「えと、近くにまだ敵がいるかもしれないでしょ?」

『俺も同感だ。思念魔力で情報共有されたらたまったもんじゃねぇ』

「ちぇー」


 敵は悪びれるでもなく子供みたいに口を尖らせている。



『それに……』


 エムジは続ける。



『こんな奴らに、慈悲をかける必要は無い』


 それは心の底から湧き出る怒りだった。今のエムジには目も首も無いが、おそらく近くに横たわる少女の方を見ているのだろう。



『おいお前、本当によく喋るな。何ならそのまま、お前らの目的まで喋っちまったらどうだ? そうすれば命までは奪わないぞ?』

「よく言うぜ! 嘘ウソ絶対奪う! てか別に、オレ等の命なんてどうでもいいんだよ。何なら拷問してくれても良いぜ? 痛覚遮断をブロックして、むしろ増幅しちゃったりして。どんな苦痛を与えらえても、オレ等は絶対に喋らないからよ! ほらカモンカモン!」



 ──そのくらいの罰で、許される罪とは思って無い。



 突然頭の中に、そんな声が聞こえた。この女性からの思念か? いや、違う。これは記憶だ。どこかで、似た様な経験があって、ウチは聞いたんだ。やはりウチはエムジの言う通り、奴らの動機を知ってるのかもしれない。ならば、あえて──



「そのくらいの罰で、許される罪とは思って……無い?」



 そのままぶつけてみた。目の前の無頭の女性は先ほどまでのマシンガントークが嘘のように、絶句していた。



『シーエ、それはいったい……』


 エムジの言葉の途中で、突如無頭の女性の体がはじけ飛んだ。自身の稼働魔力で脳ごと破壊したみたいだ。これ以上の情報漏洩を恐れたのか、ウチが言ったセリフが何か核心に踏み込んだことだったのか。



 無頭の女性の血と肉片を全身に浴び、しばらくウチ等は茫然とその場に立ち尽くしていた。

 全身に浴びる生暖かい感覚には、勝利の余韻など何も無く──



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