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第二章 04話『決着』

 ──戦闘はすぐに再開された。無頭の女性が固まっていたのは一瞬だったらしいが、そのためエムジはピンチを免れたそうだ。

 先ほどの母親と、回収した別の人の脳を3つエムジに提供する。これでエムジは自身の脳も含めて4つ。ウチも4つだが演算能力は3.2くらい。


 一人一人の力は無頭の女性には敵わないが、二人がかりなら十分勝機はある。



   * * *



 戦闘は苛烈を極めた。左右からウチとエムジで波状攻撃。しかし相手は歴戦の猛者なのか、すべての攻撃をうまく受け流しつつ、絶妙なタイミングで攻撃を仕掛けてくる。

 脳の演算力はウチ等の方が上なのに、戦いはほぼ互角だった。


 魔力と筋力による応酬ではらちが明かない。もし相手の味方のグーバニアンでもやってきたら負けは確実だ。ウチはエムジと思念魔力で通信し、飛行機の残骸の方に移動する。

 先ほどの少女には悪いが後方まで魔力で吹っ飛ばし、強制的に戦線から離脱。怪我しない様に保護しながら吹っ飛ばしたが、ショックで気絶したようだ。幸いだ、この戦いは見ない方が良い。


 ウチが無頭の女性と戦い気を引いている内に、エムジが飛行機に備え付けられてた武器を回収、丁度いいアサルトライフルを発見し、一斉掃射。

 さすがの無頭の女性も弾丸は防御せざるを得なく、攻撃の頻度が減少する。その隙にウチは飛行機の残骸からプロペラの破片を回収し、稼働魔力で研磨。即席の刃物を作り出し、アルビ──杖の先端に装備する。これで薙刀の様な武器の完成だ。以前施設を襲うグーバニアンを撃退した時の武器に似ている。記憶には無いけど。



「エムジ! そのまま打ち続けてろ!」

「おう!」


 エムジに攻撃してもらい、防御に集中する無頭の女性にウチは急接近。相手の空気のバリアをこちらの稼働魔力で無理やりこじ開け、薙刀で腕を切断。筋力と魔力で相手を破壊するより刃物を使った方がよほど効率が良い。


 腕を失っても敵の演算能力には支障がないが、隙は生まれる。ウチの即席義足と同じ様に切断された腕を魔力で吸い寄せ即席の義手にするが……そこにすかさずエムジが突っ込み、魔力で無理やり足をちぎる。二人の攻撃に無頭の女性は対処しきれず、体の部位を失っていった。



 赤い液体をまき散らしながら、どんどんと小さくなっていく無頭の女性。そんな彼女に、ウチはあろうことか憐れみを感じていた。

 馬鹿か。折角生き残った乗客を殺した相手だぞ?

 ズンコを殺したグーバニアンの仲間だぞ?


 ただその感情はあまりに異質で、ウチは攻撃しながら、ただただ混乱していた。




 ──殺してあげたい。




 そう、思った。傷つく彼女を早く楽にしてやろうと思ったわけではない。痛そうだから憐れんだ訳ではない。痛みなんてどうせシャットダウンしてるし。ただただ殺してあげたいという優しい気持ちが自分の中に湧き出てくる。



 ──優しい、気持ち。



 意味が分からない。極悪非道のクリーチャーどもに、なんでウチはこんなに優しい気持ちを抱いているのか。この気持ちと殺す事に何の関係が? ウチは何を知っている? 先ほどの嫌気がさす件もそうだ。ウチは、奴らと情報交換したことがあるのか? 奴らの事情でも知っているというのか。


 手足が完全になくなり、無頭の女性はただの肉塊に近くなっていた。それでも稼働魔力で動きつつこちらを攻撃して来ようとしてるのだから、大したものだ。自身の保身など全く考えて無い、殺意に満ちた動き。

 泥と血で汚れたその肉塊は、何故か、どこか美しく……


 その体を、片っ端から突き刺す。体のどこかにある脳を目指してエムジとウチで4回ほど刺した時点で、彼女の動きは止まった。どうやら体内に隠した脳を破壊出来たらしい。


 終わった。しんどい戦いだったけど、ようやく決着がついた。終わらせて、あげられた。




 彼女の動きが止まった際、その口元が、ほほ笑んだ、気がした。



   * * *



 グサリ


 アルビの脳が付いた杖を、勢いよく地面に突き立てるウチ。もちろん脳へのダメージは入らないようにだが、鈍い音と共に土に刺さった杖はウチが手を放しても倒れる事は無い。



「どうした、シーエ」


 ウチを見たエムジの顔が固まっている。ウチはどんな顔をしていたのだろうか。



「──憐れみを感じた」


 エムジは怪訝な顔でウチのセリフの続きを待っている。



「殺したこのグーバニアンに、ウチは憐れみを感じた」

「……何?」


 エムジの顔が怒りに変わる。ウチはその顔を真剣に見返す。



「お前、コイツが何をしたのかわかってんのか!! 折角助かった乗客を! コイツだけじゃねぇ、グーバニアン共は各地で無実の人々を殺し続けてる! そんな奴らにお前!」

「わかってるよ! だからこそ訳わかんないんだ!! コイツ等はズンコを殺した奴らなのに、何で、ウチは……」


 ウチはエムジに、戦いのさなかで感じた感情を包み隠さず伝えた。嫌気がさす、の件もそのまま。自分でも感情の出所が謎だし消化しきれてないから、うまく伝えられたのか分からないが、エムジは話を聞くと共に怒りを収めて落ち着いていった。



「殺してやりたいっていう優しい気持ち、か」

「そうだ。ウチにも全く意味がわからない」


 エムジは少し考えた後、口を開いた。



「お前が言う、もしかしたら奴らと過去に情報交換したかもしれねぇって推測、俺もそうじゃないのかって思う。これは完全に俺の推測だが、お前は奴らの動機を知ってるんじゃないか?」


「動機?」


「本当に、本当に意味不明なんだよグーバニアン共は。宣戦布告とほぼ同時に、いきなりマキナヴィス各地で同時多発テロをしかけ、そのまま一気に戦争に突入だ。普通何かあるだろ? 攻撃の目的ってやつが。宗教でも資源でも奴らの間違った正義感でも何でもいい、理由があるから戦争するんだ。それが奴らは、全くわかんねぇんだ」


 グーバスクロの軍人は狂兵士と我が国では呼ばれている。動機も不明なら行動パターンも意味不明。こちらの軍事拠点を中心に攻撃をしてる点を見れば戦力を削りたいという目的は推測できるものの、それ以外はただ殺戮を繰り返す狂った連中だ。戦争に何の重要性も無い市街地を無差別に破壊したかと思えば、今回の様に少人数の乗る飛行機を攻撃したりもする。


 しかも狂兵士共は、先ほどの無頭の女性の様に自身の保身は一切考えず、体が動く限り殺しを繰り返す。手足がなくなろうとも、自身が明らかに死ぬ危機に瀕しても、殺意を収めず殺せる限り殺戮を続ける……

 まるで虫だと、どこかのお偉いさんが言ったと日記には書いていた。



「元々、グーバスクロとマキナヴィスは宗教の違いこそあれど、国交はあったんだ。お互いに差別意識みたいなやつはあったろうが、大したいざこざにはならないレベルだ。そもそも大元にある宗教だって、末端の市民には特に浸透してないしな。各種行事の違いくらいだ」

「そんなに仲の悪くなかった両国が、いきなり戦争になったと」

「そうだ。こっちとしてはいきなり攻撃を仕掛けられたって気持ちだが……。それまではマジで普通の国だったんだぜ? 俺はグーバスクロ人と、特にグーバニアンとも会話したことあるが、普通に話せる奴らだった。それが、今では何を考えてるのか全くわからん」


 グーバニアン──グーバスクロ人の中でも肉体改造を積極的に行っている人々の総称だ。マキナヴィスにおけるマキニトの対になるような存在だそうだ。

 皆化け物みたいな見た目はしてるが、中身は普通の人間で意思疎通も普通に出来る存在だったのだそうだ。戦争が始まる5年前までは……



「ん? 戦闘終わったの?」


 アルビが起きた。魔力を使ってなかったからか、それに反応して戻ってきたみたいだ。



「ああ。無事ウチ等で撃退したよ」

「マジでしんどかったけどな」


 ウチ等はアルビに今までの状況を説明し、今話題の中心であるウチの不可思議な感情についても知らせた。



「俺としては、シーエは昔グーバニアンと情報交換して、奴らの動機を知ってるんじゃないかって考えだ」

「なるほどシーエが」

「このポンコツ脳みそは、何も重要な情報を覚えてないけどな」


 自分の頭を叩いてみるが反応なし。壊れた機械とかは叩くことでギアの位置が直ったりするものなんだが。



「とにかく、シーエの記憶には何かしらヒントがあるだろう。目的は今までと変わらず、ソマージュを目指してシーエの記憶をひも解くヒントを得る」

「ウチはその前に少し足の治療をしたいかな。今のは完全応急処置だし、そのうちこの足腐ってくるから……」


 無理やりくっつけた他人の足を指さしながら語る。グーバニアンの襲撃によって何の罪も無いのに命を落とした人の足を……

 彼には、大切な人がいたのかな? 彼の死を悲しむ人がいたのかな? もしいたら、その人はこれからの人生をどう生きていくのだろうか……



「そうだな、まずは近くの街に向かってシーエの治療。……それにあの女の子も施設か何かに入れてやらねぇと」


 エムジは少し悲しそうな顔をしたあと、先ほどの少女の方に向かって歩いていく。

 母親を失った少女。心の中がザワザワする。また取り残された人が生まれてしまった。二度と会えない人を想い続ける、地獄の人生が始まってしまった。

 エムジが少女を抱えて戻ってくる。まだ意識は戻ってないみたいだが、ウチは彼女の顔を一瞬直視できなかった。──彼女の母を解体したのは、ウチだから。


 でもそれはただの逃げだ。逃げるな、受け止めろ、ウチの行った行為の結果を。だからウチは視線を上に上げ、そして、




 ──エムジの首が体から離れ、飛ばされていく様を見ていた。

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