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第二章 03話『無頭の女性』


 鼻から上の無い、裸の女性。四足歩行で疾走するその姿は、さながら獣に見えた。その異様な見た目のグーバニアンからウチ等はひたすら逃走している。森の中、エムジに背負われて。

 逃走劇開始から10分が経過していた。



「くっそ! なんて素早さだ! 全く引き離せねぇ!」

「それどころかすぐ追いついて来る! 残弾も減ってる! どうするエムジ!?」


 元々エムジが持っていたアサルトライフルをウチが使い、異様なグーバニアン──無頭の女性とでも呼ぼうか──に発砲。敵は防御のため周囲の空気を稼働魔力で止め、即席のバリアを張りその都度防御をする。その隙に敵との距離を離すことが出来たが……射程外まで離れると一気に距離を詰められてしまう。

 追いつかれる毎に再度アサルトライフルを掃射して足止めをするが、それも残り少ない弾の許す限りだ。



 ビュン!


「!?」


 ふいに、ウチの左側を高速の物体が通り過ぎる。



「……石?」

「何だ!? どんな攻撃を受けてる!?」


 後方を確認出来ないエムジからの質問。うっそうと茂った森の中だ、全神経を逃走に注がないと足元を持っていかれる。通常時なら稼働魔力のセンサーを使って後方確認も出来るのだが……今はそれすらも惜しいといった様子で全魔力と筋力を逃走に費やす。



「石だ! いや石だけじゃない、周囲のものを適当にこっちに飛ばして来てる!」


 飛んでくるのはただの石なのだが……その速度がまずい。まるで質量の大きな弾丸だ。その弾丸が次から次へと無数に射出される。


 敵は疾走しながら稼働魔力を駆使し、その辺に落ちている石や木々をとてつもない速度で飛ばして来てるみたいだ。ウチはアルビと共にその迎撃に意識を集中しながら、走るエムジを防衛する。



「銃の効果は!? 負傷は与えられなかったか!?」

「全く効かない! 出来て足止めだけだ! 全部空気のバリアで防がれる。演算力が違いすぎる!」

「チッ……とにかく逃げるしかねぇ! シーエ達は防衛に専念してくれ!」


 ウチ等の施設を襲ったヤツらとは明らかに違う戦闘性能。恐らく上級の兵士だ。施設での敵は軽々倒せたと日記には書いてあったのに。あの兵士達は弱いがゆえに爆弾に頼ったのだろうか。



「しかし何者なんだあいつ! 何で脳がねぇのに動いてやがる!」

「脳が無い訳ないだろ! 体のどこかに移植してるんだ! ズンコみたいに!」


 そう。ズンコみたいに。彼女の脳は肋骨を意識してデザインされた胸部に収まっていた。目の前の無頭の女性もそのたぐいだろう。



「なるほどな。脳は弱点だし隠すのは納得だ。だがそんなら何故ダミーの頭部が無い」

「それは……」



 ……嫌気がさしたから。



 ふとそんな考えが頭に浮かんだ。何だ? 嫌気がさすって……何に?

 ウチはよくわからない思考を捨て、目の前の敵に意識を切り替える。



「ウチにもわからん! でもウチはこのタイプのグーバニアン、知ってるみたいだ!」


 嫌気の件は置いておいて、何かしらの感想が出てくるという事は知ってるという事。事実、この無頭の女性の攻略方法は頭に浮かんだ。ウチは知ってる。コイツ等を。



「戦ったことがあるのか?」

「みたいだ! ただ昔の記憶みたいだから詳細はわからん!」

「攻略法は?」

「四肢をもぎつつ背中の脳を破壊する! そうすれば本体の脳でしか活動できなくなるから有利だ。その後は徹底的に色んな個所を破壊して行けばいずれ本体の脳を破壊できる」

「了解! 単純で良いなくそっタレ!」


 その単純が至難の業だ。そもそも応戦出来る戦力がこちらにあれば最初からそうしている。

 敵の脳は本体と回収分を合わせて5つ。こちらはエムジとウチとアルビで3つしかない。しかも1つはほぼ故障してるので演算能力も微々たるものだ。せいぜい合わせて2.3個分くらいの演算力だろう。



「アルビ! ウチ等の背中の脳はまだ使えるか?」

「ダメみたい! さっきの墜落で完全に使用限界を超えてるよ!」

「やっぱりか……」

「とにかく今は逃げるしかねぇ! シーエとアルビは後方の防御と足止めを頼む!」

「ボク魔力うまく使えないから、シーエが使って! その間ボクの思考は一旦停止するけど、その分演算能力上がるから!」

「了解!」


 アルビの4つの足がピンと伸び、杖の様な形になる。ウチはその杖を左手でつかみ、魔力を行使する。


 敵は5つの脳を駆使して豪速で周囲の物体を射出している。ウチとアルビは合わせて1.3個ほどの演算力の脳でそれを撃墜するのだから、どうあがいてもじり貧だ。こんな物量、以前ズンコが言っていた、そして目の前の敵が行ってる周囲の空気を固めてバリアにするやり方では、一瞬で演算力をオーバーしてしまう。


 ──なのでウチは、視力に頼った。


 思念魔力で自分の脳をハッキング。オーバークロックした状態で、視覚のシャッター速度を急激に増加させる。よく人が事故で死に際に世界がスローモーションに見えるという、アレだ。

 飛んでくる障害物を目視し、最適な空間の空気だけ稼働魔力で一瞬固定。射線をそらす。

集中力が必要だが使用する魔力やカロリーはそれほど多くない。デメリットと言えば失明の恐れがあるくらいだが、そんなもの生きていればいくらでも治療できる。

 これを続けていれば当面この攻撃は防げるだろう。問題は、アサルトライフルの残弾がもうほとんど無い事だ。



「エムジ、もっと早く走れないか!?」

「無茶言うな! これでも演算力ギリギリだ!」


 エムジは稼働魔力で自身の筋力を強化し、爆発的な脚力で森の中を疾走している。しかし相手はグーバニアン。筋肉の強化では1枚も2枚も上手だ。純粋な身体能力だけでも負けるのに、魔力演算用の脳の数でも負けてるのだから、追いつかれるのは時間の問題だ。

 追いつかれたら筋力面でも魔力面でも勝ち目は無い。



 ……心苦しい決断を、しなければならない。



「エムジ。提案がある。エムジから見て9時の方向に進んでくれ」

「どうした!? 何かいい作戦があるのか!」

「墜落した飛行機の前半分が落ちてるはずだ。乗客とパイロット合わせて6人。死体が新鮮な内なら脳を回収して使える。脳が無事なら」

「な!?」


 エムジが絶句している。無理もない……被害に合った人の死体をさらに傷つける行為、故人への冒涜に他ならない。



「お前、本気で言ってるのか!?」

「この状況で冗談を言えるか? 生き残るにはウチ等も脳を回収し、演算力を高めないといけない。パイロット側の席には武器もあるかもしれないしな。このまま死んでもいいなら、ウチはエムジの判断に身をゆだねるよ」


 グーバニアンに親しい人を殺されたエムジ。そんなエムジに、先ほどの無頭の女性と同じ様な行為をさせようとしているのだ。拒否されても文句は言えない。



「お前はいいのかよ……それで」

「良い訳ない。あいつらと同じ行為なんてしたくない。あいつらはズンコを殺した。でもやらなきゃ死ぬ。だからウチは提案した。だた、それだけだ」

「そんな、冷酷な……」

「生きるか死ぬか、それが戦場だろ?」


 軍人だった記憶も無いくせに、ウチは偉そうにエムジに語る。



「……ああくそ! わかったよ!! お前の案を飲む!」


 エムジは怒りとも悲しみとも判断出来ない叫び声で応答する。背を向けているので表情は読めない。



「ごめんな……」


 ウチは小さくそう呟く事しか出来なかった。



   * * *



「嘘、だろ……」


 乗客は生きていた。正確には5人が死亡。一人の生存者がいただけだ。

 黒煙立ち込める飛行機の残骸の中から、泣き声が聞こえる。血の匂いと炎の熱に負けないくらい、その声は大きく響いて……

 小さな、小さな女の子だ。母親の死体にしがみつき、泣いていた。母が脳をオーバークロックして娘を守ったのだろう。火事場のバカ魔力ってヤツだ。

 娘も出血がひどく、このままでは命は長くないだろう。しかし自分の傷も顧みず、母親に抱きついていた。「お母さん。お母さん」と。自分の傷も痛いだろうに、必死に起きない母親をゆすっていた。


 彼女の母から脳を奪わないといけないのか。愛する人の体を切り刻まないといけないのか。提案をしていたウチでさえも、この状況には絶句していた。しかし後ろからは無頭の女性。速度を緩めている暇はない。


 後ろを見るとエムジの表情が青ざめていた。あの母親から脳を切り取る覚悟は無いらしい。ならば、ウチがやるしかない。あの少女がもし助かって、一生恨まれ続ける事になっても、ウチがやらねば。その覚悟は、いつだったろうか、当の昔に固めていた気がする。



「エムジ! 前後交代しろ! ウチが脳を回収する。お前は防御を!」

「シーエ!? まさか!」

「そのまさかだ! お前がウチを軽蔑するならこの戦いが終わってから殺してくれても構わない。でもウチはお前に生きていて欲しい」


 今度はちゃんと言えた。ズンコの時には言えなかった。生きていて欲しいという願い。つい口から出た殺されてもいいという発言も、出まかせではない。本心でそう思ってしまった。



「お前、なんでそんな」

「大好きだ。出会ったときからずっと。1カ月しかたってないのにな。どうもウチは一目ぼれする恋愛脳みたいだ」

「お前……」


 最初に出会ったときから好きだった。今では日記の情報でしか知らないが、そう書いていた。でもそれが信じられるくらい、ウチはエムジが大好きになっていた。

 理由はわからない。エムジにウチと何かあったのかは聞いたけどはぐらかされた。でもこの気持ちは愛以外の何ものでもなくて、そのために命をかける覚悟も簡単に出来てしまって。

 出会ってから1ヶ月強しか経ってないないはずなのに、ずっと長い事エムジと一緒にいた気がする。それこそ、1か月なんかじゃ足りないくらい、ずっと前からウチはエムジと一緒にいたような、そんな気がするんだ。



「……すまない。俺には出来ない。任せた」

「ああ。まかされた。防衛よろしくな」


 キモイんだよ、といつもみたく軽口で応酬する余裕もないみたいだ。それほど目の前の光景は、ウチ等にはつらい。だからこそ、ウチがやらねば。



 ウチは稼働魔力を使い一瞬浮遊、一番近くにあった死体の両足を切断し、ウチの無くなった脚にくっつけ、即席の義足にする。こうすれば体を浮かす魔力を使わずとも、足の付け根を固定する魔力と骨を曲げる魔力だけで歩行できる。

 次いでその死体から脳を回収。幸い死後あまりたっておらず、演算能力はまずまず。そのまま次々と死体の脳を回収していく。


 問題の母子の前に来た。今集めた脳は既に4つなので、あの無頭の女性とも戦えなくはない。しかしウチ等が負ければ結局この子も殺されてしまう。ウチは少女に応急処置をして、母親の脳を回収に向かう。

 後方ではエムジが残り少ないアサルトライフルの弾を無頭の女性に撃ち込んでいる音がする。……迷っている時間は無い。



「お母さんを助けてくれるの?」


 少女が縋るようなまなざしで、ウチを見ている。ごめんね。お姉ちゃんは今からキミのお母さんを解体するんだ。目を、つぶってな。


 少女の視界を、稼働魔力で瞼を下すことによって強制的に遮断。背中に4つの脳を装備したウチの魔力には、子供1人の魔力と筋力では何も対抗できない。



「何!? 見えないよ! お母さんどうなるの!!」


 ウチは少女の声を聴きながら、母親の脳を摘出する。



「お母さん! お母さん!!」


 後ろで少女の泣き声が聞こえる。その声を全て聞き逃さない様に、耳を背けない様に自分に言い聞かせ、ウチはエムジの元へ急いだ。


 脳が一つのエムジがあのグーバニアンに対しどれだけ戦えるか、正直数分も持たないだろう。日記を見るにエムジは優秀な軍人の様だが、いかんせん現在の脳の保有量に差がありすぎる。急いで届けなければ……手遅れになる前に……

 しかし──


 最悪な想像が頭を過る中、たどり着いたウチの目に映るのは、想像とは真逆の光景──



 無頭の女性が、泣きじゃくる少女の方を向き、ただ茫然と突っ立っていた。



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