『お疲れさん。シーエ、アルビ』
そう言いながらウチに飲み物を持ってきてくれるエムジ。あれか、今のウチには口無いのに嫌がらせか。食道に直接流し込めってか。キンキンに冷えた缶ジュースが逆に腹立たしい。
季節は夏に近い。直前まで戦闘があったからか、強い日差しが体を責め立てる。水分補給はしたいからって缶を開けようとしたら……砂糖ガン積みの炭酸飲料じゃねぇか。せめてスポーツドリンクにしろ。
『口を捨てたお前が悪い。俺は悪く無い』
「いや知ってて飲み物差し入れるとか、手の込んだ嫌がらせ以外の何物でもないだろう」
砂糖だらけだし。
あれから6年経った。
エムジに傭兵に誘われ、近くの海岸で大規模戦闘が行われてから、6年経った。
その戦闘には辛くも勝利し、その後傭兵になったウチは、エムジとアルビと共にマキナヴィス内の戦場を渡り歩いている。ついさっきも戦闘が終わったばっかりだ。だからエムジは差し入れという名の嫌がらせをウチに披露している。クソが!
ま、気軽に嫌がらせが出来る位の間柄になれたのは良いか。戦闘も負傷はあれど、仲間は誰も死んでいない。
6年間の傭兵生活でウチは体の大部分を失っている。6年前の時点で四肢は右腕しか残っていなかったがそれも無くなり、3年前の戦闘では下顎を欠損。それらすべてを機械に換装したウチの姿は中々素敵な事になっている。「虫じゃん」とエムジに良く言われるが、お前だって人には見えない獣みたいな恰好だろうに。
せっかく体を機械に換装しているのだからと、ウチは自身の性能アップにいそしみ、体を改造しまくっている。在りし日のズンコの様な……いや、彼女は武器の加工に特化した姿だったが、ウチは戦闘に特化した姿か。腕を6本生やしたズンコに対し、ウチは脚を4本生やしている。着想は以前戦闘したと日記に書いているグーバニアンだ。
4本の脚の先端には車輪がついており、高速での移動が可能。後ろ足2本は取り外しも可能で、エムジとは違い人間が使う事を想定した交通機関などにも乗車できる。
右手は刃物を装備出来るように改造し、脚の機動性と合わせて素早く敵の首を飛ばせる様なカスタマイズ。色々戦って分かったが、ウチは近距離戦闘の方が得意らしい。
「口の再生はしないの?」
以前アルビに聞かれた。今は下アゴは外れたまま、特に気にせず生活してる。アゴ無いと見た目がアンバランスだったので、軽い作業用アームをつけてるが。
口の再生も考えたが、時間がかかるので今はしていない。肉を生成するには時間とカロリーが必要なので、常に戦場に出ているウチらには中々向かないのだ。上アゴから生やしているアームも、丁度良く首を守る位置にいるので戦闘時に刃物で首を切られる心配が減り、ソコソコ役立っている。
なお食事は喉元に開いた食道に流動食を直接流し込んでいる。食道には普段は弁をしてるので不純物が入ることも無いから安心だ。食べ物の味が恋しいが、それは戦争が終わって、じっくり口を治療してからのお楽しみにしよう。そもそもアゴ無くなったのが3年前で、1か月しか記憶を保持出来ないウチには味という概念があまり思い出せないのだ。エムジだってアルビだって全身機械だから長い事食事の楽しみには味わって無いはずだしね。
とか思ったら
『え? 俺等培養液通して味を楽しんでるぜ? 味覚部分を刺激する物質が入ってるヤツ売ってるぞ』
「はあ!? え、何? アルビもそうなの!!?」
「う、うん。むしろ何でシーエがそうしないのか結構疑問」
「知らなかったからですやん!!」
ウチだけかよ食事の楽しみ無くなってたの! ひどいや!!
でもま、培養液よりは流動食の方がコストもかからないし、とりあえずはこのままで良いか。
傭兵はエムジが言っていた通りかなり実入りが良く、三人の活動には困らない。培養液のストックも沢山あるので、仮にウチが脳だけになって培養液で生活しても問題は無いが……。意味も無く無駄を作るのはあまり好きではないので、内臓が残ってる内は出来る限り胃腸での消化を利用していく。
と、そんな話をしながら歩く事数十分。今夜泊まる宿に到着した。
傭兵用の宿ではなく、観光客用の宿。豪勢に飾られた玄関には「ようこそ」と書かれた歓迎の看板が、少し汚れていた。しばらくメンテナンスしていないのだろう。
(客は……少ないな)
戦争がはじまり、通常の生活はどんどんと衰退していってる。この宿も戦争なんかなければ家族連れでにぎわっていた事だろう。
既にチェックインしている面々を見ると、傭兵がちらほら。近くで戦闘もあったし、こうなる事は必然か。歓迎の看板の状態を見るに、宿利用客も傭兵か宿泊施設に困った軍隊ばかりなのだろう。おもてなしの空気感が、傭兵たちの持つ武骨な武器や付着した血液で損なわれている。
(早く、元の世界に戻るといいな)
覚えてないけどさ。
「疲れたし、汚れたし、ウチ先風呂入ってくるわー」
ウチは思考を切り替える目的で話題を変える。チェックインも済ませ、部屋に武器や取り外しパーツ等を置いて、浴場に向かおう。
『行ってら』
「エムジも来ていいのよ?」
『お、この両手で背中を全力で洗ってやろうか』
「確実に肉が削げ落ちますやんそれ……」
二人は完全に機械の体だから風呂はあんま必要無い。軽く水洗いすれば汚れも落ちる。
あ、風呂行くときはもちろん2本の後ろ脚と右腕の巨大なブレードは外していく。他のお客さんの邪魔になるだろうしね。……今は傭兵しかいないから理解される気もするが。
あぁ、下アゴも戦闘時以外は目立たない様に思念魔力で通常の見た目に偽装している。アルビと同じ原理だ。まあつまり、トータルで普通の人間に近い見た目になる。それでも、この戦闘用義肢はレジャーな雰囲気を醸し出す旅館とは不釣り合いだ。
* * *
「ふー」
シャワーで敵の血液を流し、綺麗になってから湯船につかる。……風呂につかりながらこの6年の戦場を思い浮かべるが……特筆すべきイベントは無かった。戦況は悪化の一途をたどっている。
湯船は露天風呂形式になっており、外が見渡せる。マキナヴィスにしては珍しい、自然を前面に押し出したディスプレイ。どこか懐かしさを覚えるその景色を見ながら、ウチは湯船を堪能した。四肢は無くなっているが、気持ちが良い。この気持ちよさを、誰もが不安を持たず、味わえるようになる日は来るのだろうか。
グーバニアンのテロと戦闘はとどまることを知らず、海岸には絶えず新規の兵が押し寄せている。どれだけの軍人がいるんだ向こうには。
その上マキナヴィス国民同士でのテロも増加傾向にあり、人口は減少の一途だ。このままでは早ければあと数年で社会のシステムが持たなくなりそうだ。この旅館の経営も、そもそも周囲でテロが無いと傭兵が動かないから、人口が減れば減るほどつらくなるよな。
「何が起きてるんだろうな。マジで」
依然グーバニアンの動機はわからずじまいだ。むしろ謎ばかり増える。6年経っても進展がない。
グーバスクロに潜入した軍人からの通信では、どうもグーバスクロ内でも、国民同士のテロ活動が行われているらしい。人口が減っているのはこちら側だけではない。潜入部隊に参加したかったが、その時は偵察が主であり、正規軍人のみの少数精鋭で向かったとの事。結局敵国で全員殺されたらしいが。
グーバスクロの国民も此度の戦争には混乱しており、何故自国がいきなり戦争を仕掛けたのか、そして何故自国内で同じ国民同士で無差別テロを行っているのか、全く分からないのだそうだ。これは戦争開始時に捕虜になったグーバスクロ人も、同じことを言っている。
最も、彼らは自分たちの国民同士がテロをして殺し合ってる事は知らないが。意味もなく不安にさせるより、教えない方が良い情報もある。彼等の為にも。
世界にはマキナヴィスとグーバスクロ以外にも国はもちろんあるが、此度の戦争ではどの国もどちらかの大国につく形での世界大戦となっている。中立を表明する国はもれなくグーバニアンからの標的となった。自国の中ですらテロを行っている様な連中だ。敵味方など関係ないのかもしれない。
このままでは、世界が終わってしまう。冗談抜きでそう思う。傭兵になったばかりの時は、責めてくるグーバニアンを倒してれば戦争は終わると思っていたと日記にかいてあるが、今はそうは思えない。
どちらの国も、自国民同志で殺し合いをする。何の為に。何が目的で。
仮に攻めてくるグーバニアンを倒しきっても、世界に平和は訪れないのでは。何をしたら、悲しむ人々を減らす事が出来るのだ……。
考えても今すぐ答えは出ない。ともかくウチ等は目の前のやれることをするしかない。ウチは思考を切り替える目的で、エムジとアルビの事を考える事にした。
「アルビは、この6年で結構成長したよなー」
記憶は1ヶ月しかないので昔との比較は難しいが、魔力の扱いはうまくなった。
今は風呂と部屋が直線距離で10m以上離れているが、ウチが植物状態になることは無い。同じ建物内くらいの距離なら思念魔力を飛ばすことが出来るようになっていた。
顔の立体映像も、意識せずに感情にリンクする様になった。以前は感情が高ぶると思念魔力が消えていたが、今では無意識に顔をコントロールできるらしく、感じたままの表情が出ている。故にアルビ的には恥ずかしいシーンも多々あるみたいだが。
稼働魔力に関しても以前みたいに戦闘時に自我を消すことは無く、意識があるまま一緒に戦えるくらいまで成長している。リミッター解除は危ないので練習させてないが、一般人よりは魔力は強力になったはずだ。
「エムジは……特に変わらないな」
なんか知らんがウチとエムジの関係は出会って1ヶ月ほどで完成された感がある。相変わらず奴がウチを弄ってきて、ウチはいじられつつも何かそれを楽しんで、そんな関係だ。友達以上恋人未満。うむ。恋人になりたい。
つーかエムジは性欲無いのかね? 男性ホルモン入りの培養液使ってるらしいが、一応美少女だと思われる人間が近くにいる訳ですよ? ほぼ毎日股間丸出しで。無いんですかね。心のチ〇コ。
今はまだついているが、ウチの性器もいつ戦場で無くなるか分からない。その前に色々エロい事しておきたいのだが……。エムジにはヒミツで、ヤツの体に付けられるディルド的なオプションパーツはいくつか購入済みだ。いつか奴がウチの誘いに乗ってくれた時に存分に力を発揮するだろう。
「お母さんの件は、心の整理付いたのかね……」
エムジのお母さんは今から11年前、戦争が始まった際に起きた5か所同時テロで死亡したと、聞いた。
ドロマイトという地方の街に住んでいた所、一人のグーバニアンが街を強襲。住人を惨殺し、エムジのお母さんも脳を摘出されて使われたらしい。
エムジはクローゼットの中から、母親の脳が摘出される様を見ていた、と。
(許せる訳、ないよな……)
ウチだってズンコを殺されている。しかしズンコとエムジのお母さんとでは状況が違う。ズンコは爆破テロに巻き込まれて事故死したみたいな形だが、エムジのお母さんは明確に殺害されている。しかも脳を摘出されて……。
エムジの目的が復讐だという事は以前聞いた。そりゃそんな光景見てたら、復讐せずにはいられないだろう。
住人はエムジ以外全員殺害され、脳も何人か回収されたらしい。
(アルビの街と、似た状況だな……)
時期も同じだ。エムジが語っていた、同時に5か所でテロがあったという話、その一つがウチとアルビが被害にあったソマージュ。そしてエムジが被害にあったドロマイトもその一つだったという訳だ。
違ったのは軍人のウチが助けに来なかった事。まぁ、ウチはアルビの街を助けに行っても、結局住人はアルビ以外助けられなかったが。
エムジはこの話を一度してくれたが、それ以降は口に出してない。ウチらに気を使ってるのか、自分の心にしまっておきたいのか。
どちらにせよ、エムジの心が楽になるといいなとウチは思う。6年も一緒に活動して、正直もう家族みたいなものだとウチは感じている。勝手に感じてるだけだが。
エムジの事は好きではある。しかしそれは恋や性欲だけでなく、人として、存在としてエムジが好きだ。幸せになって欲しい。
復讐が遂げられる可能性は極めて低いだろう。多数のグーバニアンの中から立った一人を探すなんて。もしかしたら既に他の軍人や傭兵に殺されてるかもしれないし。奴らは自分の死を恐れず突っ込んでくるから。
だから、いつか復讐以外の方法で、エムジの心の穴が埋まると良いなと思う。ウチだって、ズンコがくれた穴や、記憶を失う前に出来たであろう穴はまだ埋まらないが、アルビとエムジと一緒にいて救われた事は沢山ある。
エムジが見せてくれるズンコの記憶は、少しずつ曖昧なものになってきている。人の記憶なんてそんなものだ。1ヶ月以上覚えられる一般人だって、数年たったら記憶はあいまいになる。親しい人との別れの苦しみも、それと共に少しづつ、回復していくのだ。
ウチはまだまだ回復しきってないけど、ズンコの記憶がぼんやりしてきたことは、寂しいと感じると共に暖かくも感じる。不思議な感覚だ。
エムジはウチを支え続けてくれている。だから逆にウチも、エムジの支えになっていれば良いなと思うんだ。図々しい願いかもしれないけどね。
「しかしエムジの年齢にはビビったなー。まさか出会ったとき10代だったとは…」
これも衝撃の事実すぎるが、エムジは今23。出会ったときは17だったらしい。あの老け顔で…。時折見せる子供っぽい可愛さはこれが原因なのだろう。
なお常時機械の体のエムジが何故老け顔か知ってるかというと、たまに思念魔力で肉があった時代の顔を見せてもらってるからだ。ウチがリクエストしても絶対に見せてくれないが、嬉しい事にアルビもちょくちょくリクエストするので、エムジはその時は見せてくれる。アルビ様ありがたやー。
顔が老けてた理由を本人に聞いたら、軍内で舐められない様にあえて顔を老けさせたとの事だった。エムジのお母さんが殺されたのはそれからさらに5年前。12歳の時だそうだ。軍に入ったのもその直後で、ガキと舐められない様にと。
12歳で母親を殺されたら、そりゃショッキングだろうな……。しかも凄惨な殺され方……。本当に、エムジには幸せになってもらいたい。
そしてエムジの年齢だが、恐らく確実にウチより若い。ウチは記憶無いから全く自分の年齢わかんないが、なんとなくこのエムジに会った時に17以下とは思えない。見た目は10代後半くらいだが、皆見た目で年齢はわかんないからな……。
年上のお姉さんが少年に欲情する。これはすさまじく犯罪のにおいがする。故に興奮する。まあ今は23だし普通に青年だろう。エムジなら何歳だろうと好きだがね? ウチは。
つーかエムジの実年齢を知っても、なんとなく同い年か年上の様な雰囲気がするのは何故だろうか。奴がSでウチがMだからか。常に会話も行動も主導権を握られている。この支配されてる感はウチ的には興奮するので問題は無い。
「ふう」
そろそろ風呂から上がろう。ウチは稼働魔力を使いさっと全身の水分を飛ばし、脱衣所に向かう。
軍用ネットには絶えず救援要請が来ており、明日も近くの戦場に向かう予定だ。本来なら今すぐ駆け付けたいが、傭兵駆け出しのころにそんな事を続けていたらエムジと共に体調を崩し続け、かえって効率が落ちた。寝れるときにはしっかりと寝ておくべきだ。
傭兵はウチらだけではない。今ウチが休んでる時間に活動して、人を助けてる傭兵も沢山いる。皆のコンディションを高く保ち、効率的にテロに対処した方が良い。
ウチはアルビとエムジの待つ部屋へ向かう。これから3P……でも出来れば楽しいが、あいにくそんなことは無い。しかし。
「アルビとエムジがどんな感じなのかは、気になるなー♪」
アルビは頑なに否定しているが、ウチにはわかる。アルビは確実にエムジが好きだ。エムジと話してる時のモジモジしたアルビ、可愛すぎる。
エムジが顔を見せてる時も、何か乙女みたいな顔でじっと見つめてるし。
同じ部屋に男女二人、どんなお話をしているやら。ウチは恋のライバルであるアルビに危機感を覚えるどころか、むしろ応援しつつからかうため、自室に向かうのであった。