「ボクはシーエに、安全に暮らしてほしい」
アルビは反対の理由を語りだした。ウチが戦争に参加するのが嫌なのだと。ウチには平和に暮らして、幸せになってほしいと。
「ソマージュまでは来た。シーエの記憶の手掛かりがあるかもしれないから。でも無かったじゃないか。だったらもう、ここで旅は終わりでいいじゃない。この後はボクと一緒に幸せにゆっくり暮らそうよ」
「そうは言っても……」
幸せ。幸せってなんだろう。ズンコも言ってた。ウチに幸せになって欲しいと。
ウチが今エムジの誘いを断り、傭兵を止め、内地で暮らせば幸せになれるのだろうか……。
無理だ。
ズンコを殺され、グーバニアンに怒りを覚えた。今も各地で無実の人々が殺されている。それを無視して暮らすなんて、ウチには出来ない。無理だ。
エムジに出会い、理由はわからないが一目惚れした。今ではずっと一緒にいたいと思っている。それにエムジがいないと、ズンコの記憶を見ることが出来ない。ウチはアルビだけでなく、エムジからも離れられない。故に、無理だ。
先の戦闘でグーバニアンの動機に近づくヒントを得た。ウチの記憶にそれが眠ってるかもしれない。グーバニアンに関わり続ければ、そのヒントがさらに増えるだろう。その情報は、マキナヴィスの人々を助けるのに役立つはずだ。だから、無理だ。
「このまま傭兵を断って、戦線から遠のいたとしても、ウチは幸せにはなれないよ。アルビ」
『それに平和な地域なんか今は無いしな……。飛ぶタイプのグーバニアンもいるみたいだし、どこがテロの被害に合うか、全く予想もつかない』
ウチ等を襲った無頭の女性。あのクラスの敵兵がいきなり市街地にやってきたら、どれほどの被害が出るか。
事実、今までのテロが市街地で突発的に発生していたもの、飛行型グーバニアンが狂兵士をその地点まで運んできた結果であろう。
「でも、ボクは……」
「ウチを心配してくれてありがとう。アルビ。アルビがウチを想ってくれてるのは凄く伝わる。ウチ等が離れられる関係なら、ウチだってアルビには戦闘に参加しないで安全な場所にいて欲しい」
『ただ二人は離れられない。そして俺にはシーエの力がいる。シーエの記憶も……。アルビ、俺からもお願いだ。一緒に来てくれないか?』
エムジからもアルビに対して共に来て欲しいと願われる。それでもアルビは反対を続ける。
「二人が言ってることはわかる。わかるけど、ボクは反対だよ。出来るならエムジも一緒に、シーエと共に戦う事を止めて欲しい」
『俺もか?』
「ボクだってズンコのお店でエムジに会ってから、ずっと一緒にいたんだ。そりゃボクらは1ヶ月しか覚えてられないけど、エムジの事だって大事なんだよ。大事な人には傷ついてほしくない。これは変な感情かな?」
『……いや、そんなことは、ない』
エムジが若干言葉に詰まる。ウチも、アルビの訴えは心に刺さる。
そもそも傭兵になるという事は、アルビを強制的に巻き込むという事だ。それはとても怖い。エムジに誘ってもらっておいて変だが、正直エムジが傷つくのも怖い。エムジの首が飛ぶシーンは今でも夢に見る。そのシーンの記憶を失うまでの間、今後も夢に見続けるだろう。
大事な人が失われるかもしれない。その可能性を、アルビに突きつけられる。ウチもエムジも、それに対して明確な答えが出せずにいた。
このまま3人で戦地から離れ、一緒に暮らすのもありかもしれない。無実の人は殺されていくが、それよりも目の前の大切な人だろう。この二人を危険にさらす道を選んでどうする。敵が来てもウチとエムジなら撃退出来る。しばらくは平和に暮らせるかもしれない。ウチの中からそんな声が聞こえ始めた、矢先──
『な!?』
エムジが唐突に驚いた声をあげる。
「どうした!?」
『まて、まだ正確な情報が……はぁ!?』
「何だよ! 何のリアクションなんだよそれは!!」
エムジの慌てふためき方、尋常じゃない。嫌な予感がする。
『軍用ネットだ! 一般のネットと違いこっちは情報が早いし機密情報も流れてくる……マキナヴィス内でテロがあった様だ』
「またか。今度はどこで、どんなグーバニアンだ?」
『違う。テロを起こしたのは、マキナヴィス人だ』
「…………はぁ!?」
今度はウチがエムジと同じリアクションをとる。
「ど、どういう事?」
アルビもすかさず会話に参加してくる。謎の事態すぎて、先ほどの問答は後回しになっているようだ。
「戦争に乗じた、ただの犯罪とかじゃないのか?」
『違う、みたいだ……。戦争で治安が悪化しているのは事実だが、今回の件は完全にただの無差別テロ。丁度お前達と出会った町の様に、爆弾による自爆テロだ』
「何故それがマキナヴィス人だとわかる? グーバニアンじゃないのか?」
これはエムジに教わった事だが、グーバニアンは全員があのような異形の見た目をしてるわけでは無いらしい。スパイの様に潜入する目的で、マキナヴィス人にそっくりな見た目の者も存在するとの事だ。そもそもグーバスクロの末端の市民は特に肉体を強化はしてないから、五体満足の普通の人間だと聞くし。
『爆破の後に実行犯と思われる人物の脳を、死後比較的早く確保出来たらしい。しっかりと国民登録された、正式なマキナヴィス人との事だ』
「グーバニアンに脅されて、とかでもなく?」
『まだ生存しているテロ協力者も数人確保されてる。全員こちら側の国民だ。ほとんどが自殺したらしいが、生きている人間に聞いてみても何も答えないらしい。シーエが言う可能性も否定は出来ないが、関わってる人数が多い。ざっと50人越え……全員をグーバニアンがコントロール出来るとは考えにくい』
何だ……何が起きている?
「シーエ……」
「大丈夫だアルビ。不安がるな」
とは言ったものの、ウチ自身もエムジも混乱の真っただ中だ。ウチはアルビを抱きかかえて出来るだけ不安を取ってあげようとするが……
「脳の情報を偽装工作してるって事はないか? 誰かに成りすましてたり」
『それは無理だ。いや、もしかしたら連中はそんな新技術を開発してるかもしれないが、現時点では脳は個別に登録されていて、偽装工作も国の情報のすり替えも不可能のはずだ』
「だとしたら……脳をハックして人格を植え付けてるとか……。アルビがウチにやってるみたいに。いやでもこれは超難易度高い魔術だし、そもそも運が絡むからほぼ成功しないし……」
原因不明。答えの出ない思考に頭をかき乱されてる中、エムジが再び情報をキャッチする。
『! 追加の情報だ。実行犯の大半は……此度の戦争の被害者の遺族だ』
「はぁ!? どういう事だ? テロのターゲットが実は敵国のスパイとかそういうオチか?」
『いや、無関係な一般市民だ……。一般市民が、別の一般市民を無差別に殺した。今の情報だけを見るとそうなる』
何なんだよ、一体。
「何故無差別とわかる? 実は被害者達が何かしらの怨恨で犯行に及んだ可能性もあるだろうが」
『テロが起きたのは、国内13か所、ほぼ同時だ』
「な!?」
衝撃が加速する。思考が追い付かない。マキナヴィスの国民同士で、一体、何が起きている?
『タイミングは示し合わせての事だろう。被害にあった人々に共通点は今のところ無い。グーバニアンの無差別テロに酷似している』
「エムジ! お嬢さん!!」
先ほどまで話していたエムジの先輩軍人が、急いでこちらに走ってくる。
「見たか、今の情報」
『えぇ! でも何が起きてるのかさっぱりです』
「それは俺も同意だ。ただもう一つ、軍用ネットにも上がってない悪い知らせがある」
『……何です?』
さらに嫌な予感がする。
「ここから近くの海岸に、大量のグーバニアンが押し寄せてるらしい。海岸付近のレーダー用サーバーが敵影をとらえた。おそらくもうすぐ軍用ネットにも共有される」
「な……!」
国内で突如起きたマキナヴィス国民による同時多発テロ。海岸に集結する多数のグーバニアン。これらが偶然重なったとはとても思えない。
マキナヴィス内に敵国に寝返った奴等がいる? しかし実行犯は大半戦争被害者の遺族……グーバニアンに協力するか?
「とりえあず俺ら駐屯兵は今すぐその海岸に向かうから、お前らも支援頼む!」
『かしこまりました! シーエ、アルビ、良いか?』
「もちろんだ。まずは海岸に集結してる敵を何とかしないと、国内が大変な事になる」
ソマージュは前線に近い地域だと以前から聞いていた。今回の海岸は前線そのものなのか、その付近の増援部隊なのか、土地勘のないウチにはわからない。
国内テロの方は原因は不明だが、今は実行犯も取り押さえられているみたいだ。ウチ等が解決すべきは目先の敵の排除だろう。
「アルビ、さっきの話だけど、やっぱりウチは目の前の危機を見過ごせないみたいだ。エムジについて行く。いいな?」
「……ああもう! わかったよ!! ボクももう腹をくくるよ!!」
アルビも半ば強引に納得させる形で、ウチはエムジと共に戦場に向かう。
『シーエ! この戦闘が終わったら傭兵登録をするぞ! 軍への貢献度が高ければ軍用ネットにアクセス出来るようになるが、この戦闘をこなせば一発だろう』
「そこは「この戦闘が終わったら結婚しよう」だろ」
『それは死亡フラグってんだよ! そうじゃなくてもぜってー結婚なんかしねぇがな!』
目の前で人が殺されている訳ではないからか、先日の墜落後よりも余裕のあるエムジ。敵の規模も戦地も何もわからないが、駐屯地の軍人との共同戦線だ。何とかはなるだろう。そうならなければ3人一緒に仲良く天国に行くだけだ。……一人だけ生き残る場合とかは想像したくないな。
「エムジ、お嬢さん、これを持っていけ」
先輩軍人さんから脳を貰う。クローン脳か、グーバニアンの物か、ともかくありがたい。これでフルスペックで戦闘をこなせる。
記憶を失ってからは初の大規模戦闘だ。足を引っ張らない様に、上手く立ち回らねば。
ウチはグーバニアンを殺せるという事実に歓喜していた。
まだ敵に出会ってもいないのに、殺してあげたいと、殺してあげられると、思っていた。