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第三章 01話『最愛の人に昇葬を』

「……まずはエムジの昇葬をしない?」


 アルビがウチとエムジに寄り添いながら言う。昇葬……


 そうだな。してあげたい。エムジはマキニトではないけど、ズンコにしてくれた。記憶にはないけど、日記にしっかり書いてある。

 エムジはお母さんを昇葬できなかったとも言ってた。……お母さんの脳は今ここにあるしね。



 エムジの意思をついで、戦争を終わらせたい。それが今さっきウチが思った願いだった。そのためなら、すぐにでも傭兵として戦地に向かうべきだけど……。

 大好きな人の亡骸を前に、ウチはそんなドライな思考は出来なくて。そんな甘いからたぶん今までも色々と間違いを犯してきたんだろうけど。

 グーバニアンも言ってた。自分たちは間違ってると。その間違いを断ち切る強さが彼等には無くて、ウチにも無くて、たぶんこんなことになってるんだ。正確にはわからないけど、そんな気がする。詩絵美だった頃の記憶が、そうだよと告げてる気がする。


「そうだな。してあげよう。昇葬。ていうかウチがしたい」


「うん。しよう」


 アルビと合意し、さっそくウチは準備に取り掛かる。大事な大事な、大好きな大好きな、エムジの脳を、機械の体から外す。大事に、慎重に、宝物を持つような手つきで。


「どこで、しようか」


 この辺は高い土地も無い平地だ。勝手に背の高い民家の上でしたら怒られるだろう。

 それにまだ追加でグーバニアンが来ないとも限らない。早めにこの土地からは撤退すべきだ。


「ドロマイト地方が、そこそこ近くにあるみたいだよ」


 ドロマイト……エムジの生まれ故郷が。ウチが記憶を無くした、シーエの始まりの街が。


「シーエの義足、今のは壊れちゃったけど、集合地点に後ろ脚は残ってたよね? あれを取り付ければ蒸気自動車くらいの速度は出るから、それで1週間かからないかな? 汽車使えばもう少し早いかも」


「んー。折角だから、3人だけで行こうか。汽車とか人が集まる所にいると、もしかしたら敵に襲われるかもしれないし」


 むしろ本来はそうして、襲われた場合は周りの人を助けるべきなんだろう。でも今は、エムジの事を覚えてられる1ヶ月は、出来るだけ戦闘はせず、エムジの事だけを考えていたかった。


(エムジに誓ったのに、怒られちゃうかな)


 そもそも幸せになれそうに無い時点で怒られてしまうかもしれない。なあエムジ、お前なら何て言う? もう答える事の無いエムジの脳に、ウチは話しかけてみたりして。


「シーエ……」


 ウチはまた泣いていた。もうエムジから答えが返ってくることは無いんだなって、思ってしまって。


「行こう。アルビ」


「うん……」



 ウチはその辺に落ちてるまだ使えるウチとエムジのパーツを手に取り、グーバニアンの死体から出来るだけ新鮮な脳を補給し、軍人さんの死体から培養液をもらい、移動の準備をした。


(そういえばグーバニアンは、培養液使わないんだよな)


 皆背中に穴が開いていて、そこに脳を差し込む形だ。脳に直接自身の血液を流し、保存してると日記には書いてあった。戦闘後に一々背中を観察する癖は無いので、穴を見たのは1ヶ月以上前なのだろう。


(プリオン病とかならんのか? あと血液型の問題はどうなる?)


 実用しているという事はその辺はクリアしてるのだろう。別に知ってても知らなくても良い情報だから、特に気にはしない。しかし敵のグーバニアンから培養液の補充は出来ないという点だけは、頭に入れておこう。具体的には日記に書いておこう。というか既に書いてある。


 日記……


 エムジが死んだ事を、書かなくてはいけないのか。ズンコの時もつらかったと書いてある。今でもズンコの死は乗り越えられてない。エムジの死は……でも、ダメだ。書かないと。しっかりと記録しないと。ウチがエムジを忘れても、エムジを知ることが出来るように。



 作戦開始時の合流地点に戻る。もうすっかり夜も更けていた。開始時はまだ明るかったのに。ウチはそこで四脚時に使ってた後ろ脚を改造し、足に付ける。こちらもパーツ取り外し式になっており、いつでも普通の二足歩行には戻れるようになっている。

 パーツの改造には、エムジから教えてもらっていた稼働魔力を使った。原子を高速で移動させ、加熱させるアレだ。これでパーツを熱し、切り取ったり溶接したりする。


 そして右手には、エムジからもらってきた、エムジの腕をつけた。6年間親しんだ、大好きな腕を。最期までウチを守ってくれた、大好きな腕を。

 さっきまで使っていたウチの右腕も元々はエムジの物だ。無頭の女性との戦闘の際、体を失ったエムジから取って来たものだと日記に書いてある。義肢屋で売れなかったがどうせいつか四肢は欠損するだろうと思い所持していたら、案の定傭兵生活の最中に右腕を無くし、使わせてもらっていたのだ。さっきの戦闘で壊れてしまったけれど、今度は新たなエムジの腕を付ける……。

 左右の腕の長さは変わってしまうけど、こっちは攻撃用の手と割り切れば特に問題は無いだろう。日常生活は稼働魔力でどうにかなるし。橙子とか両手あんなだったし、たぶん生活時の小物の移動は全部魔力だったんだろう。


 これでウチの体は、左手にズンコ、右手にエムジと、亡き大事な人の想いが詰まったパーツで構成されるようになった。

 そして頭には、橙子から託されたズンコの髪飾りと、エムジからもらってきたゴキブリの髪飾りを。ウチの頭、虫だらけだな。

 結局なんでエムジがゴキブリ付けてるのかは分からなかったけど……ウチが死んで、もしあの世があったら、教えてくれるかな。


 エムジには腕以外にも、この6年で、色んなものを、本当に色んなものをもらった。技術や戦い方だけじゃない。人を愛する気持ち、暖かい時間、夢の様な、本当に夢の様な6年だった。


(1ヶ月しか、覚えて無いんだけどね……)


 でもウチの個人日記には、毎日がいかに楽しいかが沢山、読み切れない程沢山書かれていた。その日記は筆跡だけで幸せがにじみ出てくるような輝きに満ちていて……。そしてもう、そんな日記を書く機会は今後無くて……。今日は、エムジが死んだ事実を書かなきゃいけなくて……。


「……よし。じゃあ行くか。エムジの故郷に」


 いっしょに戻ろうね。エムジ。

 ウチは心の中で最愛の人に話しかけた。聞いてくれてるといいな。天国があると、いいな。



   * * *



 シーエが出発の準備をしてる間、一人、シーエから少し離れ、寂しくつぶやく脳みそがいた。


「シーエに真実を知られる方が、怖いしね。バイバイ。ボクの思い出。バイバイ。大好きなエムジ、ズンコ。ボクが死んだら、また仲良くしてね」


 その脳みその足元では、何かが燃えていた。


「この1ページだけは残しておこうかな。ボクにとって大事な日だったしね。隠し場所は……そうだな。脳を収納してるカプセルの中にしよう。無理やり出そうとしたらボク死んじゃうし、シーエもここは探さないよね? 1ページだけだしね。気が付かれることも無いよね、きっと」


 一人確認する様に呟きながら、動く脳みそは続ける。


「よし。培養液脳と繋がってる機械の間に、うまく挟めた。これなら培養液でふにゃふにゃにふやけちゃうし、シーエにスキャンされてもばれないね。読むのは大変だけど、ボクは最近稼働魔力の使い方もうまくなって来た。うん。大丈夫。大丈夫。うまくこの1ページだけ動かして脳の表面に持ってくれば、樹脂越しにも文字が読めるはずだよ。レンズを自分に向ければ、読める。うん」


 自分に言い聞かせるように、確認する脳みそ。彼女の足元では、先ほど燃えていた紙の束が、灰になっていた。


「……ボクとシーエの、共通の日記はある。大きな流れはそこで確認できる。ボクの思い出は、いらない。ボクは、ボクよりも、シーエが大事だ。だから、いいんだ」


 彼女は自問自答する。その声は泣いているように聞こえた。


「ボクが出来ることはもう少ない。シーエに余生を緩やかに過ごしてほしいけど、それは難しいんだろうな……断られちゃったし。今後も出来る限り説得するけど、ダメなら、最後の手段を……。仮に戦争を止める事が出来ても、シーエはもう幸せになれないだろうしね……。それに、うまく説得出来て余生を緩やかに過ごせたとしても、世界はもう……そろそろ取り返しがつかない所に来てる」


 脳みそは、悲しそうにつぶやく。


「シーエが動機を知ってしまわない様に、仮に戦争に行くとしても、出来る限り前線からは遠ざかる様に、……エムジに話した、あと数年で攻め手が止むって事は伏せておこう。敵から遠ざけよう。うん。そうしよう。もう、シーエ一人でどうにかなる問題じゃなくなって来てる。シーエが世界を救う事も出来なくはないけど……もうそれは良い。むしろ、救わせない」


 彼女は、覚悟を固める。


「ボクの思い出も、シーエに動機を知られる可能性があるから、もう、いらないんだ。ボクの日記は、いらないんだ。いらないんだ。大丈夫、ボクにはシーエがいるから、大丈夫、大丈夫なんだ。全部うまく行く。うまく行くんだ」


 表面に泣き顔の立体映像を貼り付けながら、その脳みそは、焼けてもう読めなくなった、自分の日記を見つめていた。そして──


「もう、中立ではいられない。ボクはもう、動機に汚染された」


 そう、彼女は──、アルビは──


「ボクは、グーバニアンだ」



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