目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第三章 03話『日記の在処』

 ドロマイトに付いたウチらは街が見下ろせる小高い丘の上に、エムジの脳を置いた。

流石に11年も経ってれば街は復興しており、今はあのころとは別の人が暮らしているのだろうか、人も多い。幸い、この地域はウチが襲撃したテロ以降、襲われてはいないらしい。



「エムジ、帰って来たよ。お前の故郷に」


 建物も街並みも恐らく全部変わってしまったんだろう。住んでる人も、ウチが全員殺したから総入れ替えだ。故郷と呼べるか微妙なところだが、エムジが住んでいた地域には違いない。



「ごめんな。ウチが、エムジの全てを壊してしまった……」


 気にするなよ。そうエムジに言われた気がした。実際エムジがいたらそう言うのだろう。死の間際に言っていた。何も気にしなくて良いと。気楽に生きろと。


(また難しいお題を……)


 エムジはいつだってウチに無茶ブリをして来た。死の間際に、最大級の無茶ブリをして来たな……。あぁそういえば、エムジの許しがあるまで一発芸をしなくちゃいけないんだったな。昇葬の間ずっとエムジの前で芸をし続けるか? ……シュール過ぎる光景だろうそれ。


(お前はそれを、笑って見てくれるかな)


 エムジと交わした最後の会話も、あと3週間程で忘れる。ウチの中にあるエムジの記憶は、刻一刻と、無くなって行っていた。


(怖い……怖いよ……)


 膝を丸め、体育座りのポーズをとる。エムジの記憶が無くなる。その事実が怖くて、ウチはただ丸まって震える事しかできなくなる。


 そんな中、ふっと、体を包み込まれるような魔力を感じる。優しく、優しく包んでくれる。アルビだ。



「大丈夫だよシーエ。ボクがいる。ボクはずっと、シーエと共にいる。エムジの事は一緒に忘れちゃうけど、一緒に悲しもうよ。一人より、二人の方が悲しみも分散して、エムジだって喜んでくれるはずだよ」


「そうだな。ありがとう。アルビ」


 ウチはアルビに心から感謝しつつ、今夜から行う行動に罪悪感を感じていた。



   * * *



「無い……」


 夜になり、アルビが寝たのを確認してから、ウチはアルビの日記を探し始める。昼間あれだけ慰められておいて、酷い奴だと自分でも思う。アルビの思い出に土足で入り込もうというのだ。


 でも──


 動機を知るには、これが一番の近道だと思った。戦争を終わらせたいと、ウチは本気で考えている。そのための答えが近くにある。動かないという選択は、ウチは取れない。


「無い……」


 でも不思議な事に、アルビの日記はどこにも無かった。ウチらが共通で使ってる日記はしっかりとした本になってる。ウチの日記もそうだ。アルビの日記だって、ソコソコの厚さのある紙の束のはずなんだが……


 稼働魔力をセンサーの様に使い、周辺をくまなくスキャンするも、それらしいものは見つからない。アルビの体もスキャンしたが、結果はやはり同じ。そもそもアルビの体に、何か隠すスペースはほぼ無いだろう。


(ウチの日記には、以前アルビの日記を見たと書いてある。もちろん内容じゃなくて外装だけだけど)


 その時はものすごい勢いで隠されたらしい。恥ずかしがってると思ってたけど、重要な情報が入ってたんだな。

 自分の日記に、アルビの日記の正確な形状やサイズを書いてなかったことが悔やまれる。しかし日記を見たと書いてあるからには、日記とわかる形状の物体のはずだ。何故、何故無いんだ。



「無駄だよ」



 心臓が、止まるかと思った。ウチが魔力でサーチしていた所に、後ろから声をかけられた。アルビが起きて、ウチを見ている。


「な、何の事かな? ウチはちょっと夜起きちゃっただけで、出来るだけ人目に付くところで放尿をしようと……」


「日記でしょ。探してるの」


 バレバレだった。折角空元気で久しぶりの下ネタも言ったのに……。

 ウチは諦めて正直に話すことにした。


「アルビ、無理かな? 日記見せてもらうの。動機を知るの。ウチは、動機を知っても人殺しをするとは思えないんだよ……」


「それは慢心だよ。シーエ。グーバニアンだって最初はだれもがそう思ったろうさ。でも、そうはならなかったから今がある。それに、知ったら人殺しをするだけじゃない。地獄の日々が待ってるんだ」


「地獄の日々……」


 これ以上、苦しい思いがあるというのか。いや、アルビが言うんだからあるんだろう。エムジの死はアルビにとってもつらいはずだ。そのアルビが言うんだから。確かにウチは慢心してたのかもしれない。



「日記は……もうない」


「え……」


 衝撃だった。日記が、無い?


「シーエに動機を知られる可能性があったから、シーエがもっと不幸になる可能性があったから、燃やして消した」


「な、なんでそこまで……」


 日記は、ウチらの生きた証だ。アルビにはアルビだけの思い出があり、エムジやズンコとの会話があり、それらを心の支えに今までやってきたはずで……


「シーエをこれ以上不幸にしないためなら、ボクの思い出なんていらない。ボクは、シーエを第一に動く」


 その瞳は涙目だったが、決心に満ちていた。そこまで、自分の思い出を捨ててまで、ウチの事を想ってくれるのか。ウチは、そんなアルビの過去を暴こうと、友達として最低な事をしようとしてたのか……。

 ウチの為に、ウチに動機を隠すために、アルビは自分の思い出を捨てた。それほどの覚悟をもって隠す、動機なのだろう。その事実に、今さらながらウチは気づかされて……。



「ごめん、ごめんアルビ……。ごめん」


「気にしないで。なんとなく、シーエがボクの日記を探しそうだったからさ。共通の日記はあるんだ。だいたいの情報はわかるよ。共通日記に書いてない、ズンコやエムジの言葉は、シーエが教えてよ」


 あくまで明るくふるまう様に、アルビは言う。

 自分の思い出よりウチを選んでくれたアルビ。その事実にウチは、感謝しか出なくて。エムジを失ったにも拘わらず、幸せを感じてしまって。


 動機の件は、もう、諦めるしか無いんだろう。そう、感じさせられてしまった。これ以上探しても無駄だし、本気で知ってしまったら敵に寝返る、そんなものなのだろう。



「大丈夫だよ。シーエ。大丈夫だから。さあ寝よう? 昇葬はまだ続く。残り少ないエムジの記憶を、大事に語り合いながら、エムジが天に昇るのを見届けようよ。そのためには、しっかり寝て明日またエムジに会わないと」


「そう。そうだな。ありがとう。アルビ。あでも、放尿はしてくるわ。折角だし」


「それは人に見られない所でやりなよ!?」


「え、他人に見られない排泄行為とか、ただの生存のための代謝でしかなくない?」


「それが普通なの!!」


「えー」


 軽口の応酬をして、ウチは放尿に向かう。少しはいつも通りのリアクションが出来るくらいに回復してきたのだろう。まだまだ空元気だが。でもこれも、そばにアルビがいてくれるから。


(本番は、エムジの記憶を無くしてからか)


 その後どうなるか、自分でも想像がつかない。エムジやアルビが悲しまない結果になると良いなとは思う。



 とりあえず、放尿姿を人に見られ、変態と騒ぎ立てられて逃げつつ、ウチは就寝するのだった。



   * * *



 それから2週間は穏やかに過ごした。エムジの記憶が消える事は怖かったが、アルビがいてくれる。何とかまだ、耐えられている。アルビだってつらいだろうに、いつもウチの背中をさすってくれる。ありがとう。ありがとうね。アルビ。



 エムジの記憶が消えるまで、あと1週間。



 エムジの脳は、徐々に腐っていった。大好きな人が腐る姿が、正直心苦しいが、それはウチがグーバスクロ人だからなんだろう。マキナヴィス人のエムジにとっては心安らかな旅立ちだと信じたい。


 そんな風に思っていた、矢先。



「……詩絵美ちゃん」



 突如後ろから声をかけられる。ウチの昔の名前を。


(敵か!?)


 慌てて振り向いたウチの目の前には、ウサギの様な頭をした、奇妙なグーバニアンが、立っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?