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第三章 04話『ウサギ頭のグーバニアン』

 ウサギ頭のグーバニアンを視認し、ウチは急いで武器を構える。木漏れ日の中佇むウサギ頭はやけに妖艶に見えた。基本的には人間の形をしていて衣服も着ているが、腰や肩から動物の様な毛がはみ出している。体は細身で色白。そういえば橙子も色白だったな。衣服のデザインもどこかしら橙子に似ている。しかし頭が人間の形をしていないという点で決定的に違う。

 と、一通り観察をしてみたが襲ってくる気配はない。


「待って! 待って! アタシは敵じゃないわ!」


 敵が慌てている。……さらによく見ると背中に脳を装備していない。グーバスクロ人だが、兵士ではないのか。何者だろう。


「名前、あなたの名前は?」


 アルビが相手に聞く。ウチはまだ警戒を緩めない。詩絵美と言っていた事からも解る様に、確実に前のウチの関係者だ。



「亜瑠美ちゃん、覚えてないの? アタシよ! 裸繁 羽母児らはん うばによ!」


「 羽母児……ああ、バニ様か。ごめん。日記に名前が書いてあるだけで、詳しい事は覚えてないんだ」


 最後に読んだ日記の記憶が無くなる前で、良かった。そうアルビは言ってほっとした表情をした。

 最後に読んだ日記……ウチの為に燃やした、アルビの大事な記憶……



「アルビ、えと、何者なんだ? この……バニ様? ってやつは」


 負の思考に陥りそうな頭を、アルビに質問する事で切り替える。



「うーん。ボクも記憶は無いけど……たぶん味方だよ。そう言ってたし」


「たぶんて何よ!! 味方って言ってるじゃない! 亜瑠美ちゃん酷いわ!」


 とりあえず、警戒は解いて良さそうか。気になることは山ほどあるが、味方と言うならとりあえずすぐに戦闘にはなるまい。……何をもって味方なのか、何の味方なのかは現時点でわからないが。

 とりあえず全身を稼働魔力でスキャンしてみたが、武器らしいものも持ってないし背中に穴も開いてない。本当に兵士ではないみたいだ。何者だ本当に。あとついでに肉体的な性別は雄だ。股間に立派なモノの存在も確認したから。……エムジのよりでかい。


(エムジが勃起してないときのサイズは、割とかわいかったらしい)


 以前エムジの体を食べようとしたときに、ウチはエムジのモノをスキャンして撫でまわしたと日記に書いてあった。その際にサイズを計り、もちろんそれも日記に。……畜生その記憶、思い出せないかな。性的な意味と、エムジの思い出的な意味で。

 今はエムジの全てが愛おしい。全部全部、忘れたくない。忘れたくないんだ。エムジの事だけ考えていたいんだ。なのに、何なんだこのグーバニアンは。



「アタシは敵じゃないわ。どっちかっていうと、亜瑠美ちゃんと一緒。詩絵美ちゃんを守るためにやってきたの。橙子ちゃんからの、お願いで」


 橙子の……どのタイミングの通信だ?



「もう解ってると思うけど、アタシは記憶を失う前の詩絵美ちゃんとお友達だったのよ。そして橙子ちゃんとも。橙子ちゃんが死に際に、もし詩絵美ちゃんが生き残ってたら助けてあげてって通信をしてきてね」


 橙子……。ウチは彼女の事を何も覚えてないし、殺した本人なのに……。そこまでウチを想ってくれてたのか。ウチは、どれだけの人に好かれているんだ。そして、どれだけその人達と、別れなくてはいけないんだ。



(そこまで優しい橙子が、民家に入って人殺しをしてたんだもんな。何なんだろうか、本当に、奴らの動機は)



 つい先日、アルビと話して動機は詮索しない方針にしたのに、どうしても気になってしまう。


「バニ様は、シーエがまだグーバニアンの戦士になる前からの知り合いだったって日記には書いてあった。確か職業は医者だったかな?」


「そうなの! アタシお医者様なの! 偉いでしょ!?」


 ……何が? なぜか胸を張るグーバニアンを前に、ウチはどう対応したものかと困り始める。グーバスクロは医療大国だし、医者は珍しい職業でも無いはず。



「と、とりあえず聞きたい事は山ほどあるんだが……。まず確認させて下さい。……バニ様? で良いのかな呼び方は? で、バニ様は……グーバニアンの戦争の動機を知ってるんですか?」


 最も知らなくてはいけない核心の部分。ウチが動機を知りたいからではない。動機を知らない、今後寝返る可能性がある人間なのか、それとも……



「アタシの呼び方はバニ様で良いわよ! 崇めなさい? それと敬語は使わないで。アタシ達の関係はそんな堅苦しいものでは無かったはずよ。それこそ二人で濃厚な夜を体験するほどの……。ああそして動機についてだけど……知ってるわ」


「!」


「でも安心して。亜瑠美ちゃんと同じでアタシは中立。動機に流されないタイプの人間なの。アタシってばスーパーラビットだから」


 ……人間なのにラビットとはこれいかに? しかし、動機に流されない人間、アルビもそうだ。何が基準なんだ。

 基準だけでも知れたら、戦争を終わらすヒントになるのか。それとも、基準を知ってしまうとそこから推理できてしまい、動機に汚染されてしまうのか。

 ──あと濃厚な夜の件はめっちゃ聞きたい。



(ウチは汚染される側だとアルビは言っていたな……)



 この詮索は有りか無しか、後でアルビに聞いてみよう。まずは目の前のバニ様に質問をぶつけないと。


「ていうか詩絵美ちゃん。今はシーエちゃんだったかしら? 凄い恰好してるわね」


 向こうから質問してきた。まあ良い。危険性はなさそうだし、会話しながら色々探っていこう。



「あー、これはウチの性癖で……むしろ本当はずっと性器晒してたいんだけど」


「違う違う。アナタの性癖は熟知してるわ。むしろ開発したのがアタシだもん。可愛かったわぁ。あの時の詩絵美ちゃん」


「えぇ!?」


 ウチの性癖を開発した人間だと!? マジでどういう関係なんだウチとこのバニ様は。



(──ウチには旦那がいたはずだよな?)



 さっきから気になることを連呼されて、ウチの頭は軽くパニックになっている。




 ……俺の事、考えてくれないのか?




 ふと、そんな考えが頭を過った。違う。エムジは絶対にこんなこと言わない。むしろ少しでも明るく振る舞えてる今を、嬉しく思ってくれるはずだ。だけど、少しでもエムジ以外の事を考えてしまう事に罪悪感が……エムジを一瞬でも忘れていた事に悲しみが……エムジ、エムジ、エムジ、エムジ……


「もしもーし? 聞いてるシーエちゃーん? ぼーっとしちゃって。アタシが言いたいのはあなたの四肢の事よ。機械じゃなくて、もっと素敵なお肉付けなさいよお肉」


「肉?」


「あーバニ様グーバスクロ人だもんね。……ん? 逆にボク疑問なんだけど、ここまでどうやって来たの? その姿絶対目立つでしょ。どっから見てもグーバニアンじゃん」


 確かにそれも気になる。国内では目立つだろう。ただそれ以上に気になるのは……



「どうやって海を渡ってきた?」


 これだ。動機を知っても流されないとは言っていたが、現在マキナヴィスとグーバスクロの国交は断絶されている。一般人が来れる訳もない。元々この国にいた訳でも無いだろう。それなら11年前に捕虜になってるはずだ。

 しかしバニ様は──



「飛行型のグーバニアンに運んでもらったのよ。いやー怖かったわ。何日も空をつるされて飛ぶのは」


 あっけらかんと言ってみせる。



「味方じゃ、無かったのか?」


「味方よ。シーエちゃんと亜瑠美ちゃんの。でもアタシがグーバニアンの敵とは一言も言って無いでしょ?」


 茶化すような態度でバニ様は続ける。……食えない人間だ。



「それこそ、詩絵美ちゃんが戦士だった頃の亜瑠美ちゃんに似てるかしらね。アタシの友達、みーんな動機に汚染されちゃって、戦士になっちゃったの。だからしぶしぶ、彼らの助けをしてたのよね。まあアタシは医者だし、肉体改造の術や知識が豊富だから、戦士達にお好みの戦術に合わせた体のつくり方とかレクチャーしてたワケ」


「なるほど……それが何故、彼等から離れてウチの所に来た?」


「だから最初に言ったじゃない! 橙子ちゃんから頼まれて、詩絵美ちゃんの助けになろうって思って来たって。だって今のあなたは」



 ──動機を忘れてるんでしょう?



 バニ様はそう続けた。ウチは背筋に、何か寒いものを感じて


「チャンスだと思ったわ。詩絵美ちゃんを、シーエちゃんを、解放してあげる。亜瑠美ちゃんがずっとしてた事と同じ、あなた達の助けをしようとこっちに来たの」


 飛行型のグーバニアンは騙しちゃったけどね♪ といたずらっぽく舌を出すバニ様。


 やはり、動機はそれほど重要な物なのだ。そして、アルビもバニ様も、橙子も、ウチに動機を思い出してほしくないのだ。それもこれも全て……



「ウチに幸せになって欲しいから……」


「そ。大好きな詩絵美ちゃんが死んじゃったって思って悲しんでたら、生きてるって言うじゃない。橙子ちゃんは死んじゃったけど、それでも詩絵美ちゃんが生きてて、しかも動機を忘れてるなら、助けたいなって、アタシは純粋に思ったわ。橙子ちゃんも、最期にそう言ってた。そしてもうとっくにいないけど、セロルちゃんも生きてたらたぶんそう言ってた」


 そうか。ウチは、そんなに多くの人に心配されて。でもバニ様、ウチが関わった敵と多く友達だったんだな。そんなに多く友達が死んだのに、何でそんなに明るくできてるんだろう。



「また暗い顔してるわね。ほーんと。あなたは変わらないんだから。英雄ひでおちゃん、あなたの元旦那が亡くなった時も、同じだった」


 ……その情報、アルビから事前に聞いてたから普通に受け入れられるが、もし知らなかったらかなりの衝撃だぞ? ノーガード戦法だなこの人。



「バニ様は、何で平気なんだ? 橙子も、ウチは記憶を失ってから会った事は無いけど、セロルさんも、皆死んでくのに」


「失ったものより、今あるものを重視してるだけよ」


 真剣な顔で、バニ様は言う。



「それに、動機に汚染された人はもうどうしようも無いの。ひたすらに殺人を繰り返し、その後に死を望む。橙子ちゃんもセロルちゃんも、いなくなってアタシは悲しいけど、彼女たちを解放出来たのは、良かったって思ってるわ」


 失ったものより、いまあるものを……。ウチは隣にいるアルビを見て考える。アルビの提案していた、内地でアルビとゆっくり暮らす案。

 まだいる大切な人、アルビを危険に巻き込まない選択。それをする方が正しいのかもしれない。


 でも。



『愛する人たちが、その愛を踏みにじられない世界を作りたい』



 エムジの言葉が、エムジの想いが、心をつかんで離さない。内地での生活も魅力的だが、どのみちこのままでは数年でその平和な生活も終わるだろう。アルビと数年平和に過ごして世界の終わりを見届けるか、少しでもそれを回避するため戦いに赴くか──



「シーエちゃん。アタシはあなたのサポートに来た。何をしなさいとか、強要する気はないわ。折角動機を忘れたんだから、自由に生きなさい」


 もう数年で、自由な選択も出来なくなるところまで、この世界は来てるから。


 そう、バニ様は続けた。



「ウチはエムジの、こないだ失った大切な人の意思をついで、戦争を止める助けをしたい。バニ様は協力してくれるのか?」


「内容によるわね。動機は教えられないし、アタシは戦えないから。でも助言は出来るわ。さっきも言った通り、アタシは中立。動機に汚染されてないからね。それに医療的にサポートも出来る」


 これは良い助けなのかもしれない。動機以外で、何か敵の情報をつかむチャンスだ。と、ウチが焦って色々と聞こうとした矢先



「あ、えーと、チョット話それるけど、さっきのボクの質問の続き良いかな? 海を渡ってきたのはわかるんだけど、その後どうしてたの? どう見ても目立つけど」


 確かに。今のバニ様の見た目はどう見てもただのグーバニアンだ。町中にいたら即捕縛される。



「ああ、そんなこと。思念魔術で偽装してただけよ」


 そう言ってバニ様は魔力を使う。すると見た目はただの一般男性に変化した。



「これで大概ばれないわよ」


「いやでも肩とか腰とか毛生えてるし……耳あるし、触られたらまずいんじゃない?」


「普通他人にべたべた触る? 大丈夫大丈夫」


 ホント気楽なものだな、この人は。しかし、思念魔術での偽装か。アルビもそれを使って表情を表示しているが、なるほど。潜入型のグーバニアンがいるという話は聞いていたが、これなら多少形が変形していても、ごまかせるな。


(橙子とか、普段は角と手はこうやって隠してたんだろうな)


 橙子の容姿を思い出す。手が肥大化し、角が生えた色白のグーバニアン。思念魔術で偽装すればそれらを隠す事が出来るのだろう。



「話戻るけどシーエちゃん、あなたの手足肉に変えなさいよー。変よ?」


 いきなり酷いことを言われる。えぇ……。



「いや、それはたぶんグーバスクロのセンスであって、こっちの国では割とこの義肢はポピュラーなんだよ……」


 それに両手はエムジとズンコからもらったものだ。足だってズンコに似せている。出来ればウチは一生この姿ですごしたい。



「ふーん」


 バニ様は不満そうに言う。コイツは人の心にずかずか入ってくる奴なんだな。まあウチは割とそういうの気にならないが。



(だって、どこか雰囲気が、ズンコに似てる……)



 今は亡き友人の姿を重ねる。彼女の記憶はエムジが亡くなる日の朝に見せてもらった。エムジと共にその記憶も消えてしまうけど──



「ていうか立ち話も何だし、そろそろ座って話さない? アタシ疲れちゃった」


 自由気ままに、あくまでマイペースにふるまうバニ様。ウチはその雰囲気に流されてしまって、バニ様に会うまで感じていたエムジの記憶が無くなる恐怖が軽減されてる事に気が付いた。


(まさか、そこまで計算してウチの前に現れた訳じゃないよな)


 エムジが合流したのは橙子が死んでからだ。考えすぎだろう。でもウチは、この目の前の変なウサギに、少し救われてしまって


(大丈夫だよエムジ。お前の事は忘れないし、記憶が無くなっても好きでい続ける。だから、安心して眠ってくれ)


 エムジはウチの幸せを願っていた。今日は少し、それに近かづけたのかな。



 とりあえずウチらは近くの倒れた木の上に座り、バニ様に色々と聞きたい事を聞いた。敵の情報やらなんやら。ぶっちゃけ役に立つ情報はあんま無かったけど。


(でもやっぱり、人と話すってのは重要なんだな)


 心が軽くなる感じがする。バニ様ともすんなり打ち解けられた。流石元々友達だっただけある。

 アルビが寝たら、性癖開発や濃厚な夜の件を掘り下げてみるか。


 視界の隅にエムジの脳を入れながら、ウチらは3人で楽しくおしゃべりをした。願わくば、エムジがこの光景を見てくれてます様に。あの日以来、ウチは初めて笑う事が出来たから。



   * * *



 シーエがトイレに行くために席を外した際、アルビはバニ様に小声で質問をしていた。


「さっき言ってた、中立ってのは本当?」


「……その様子だと、亜瑠美ちゃんはもう違うのかしら?」


「流石バニ様、気づくのが早いね。何となくだけど、ボクとバニ様がどんな関係だったのか、一通り話してわかった気がするよ」


「アタシと亜瑠美ちゃんの関係も、こんな短時間じゃ語りつくせないわよ? 詩絵美ちゃんに頼まれて、あなたの開発だって色々したんだから」


「!?」


「あはは。恥ずかしがるあなたの姿、あの時と同じね。全く、全然詩絵美ちゃんに似てないんだから」


「アレに似るのは、お断りだよ」


「あら冷たいのね。折角の……なのに」


「その話は出来ればしないで。シーエには知られたく無いんだ。ていうかボクはヤツをただの友人と思って接してる。詩絵美時代から」


「わかったわ。そして最初の質問だけど……。嘘よ。アタシは心もグーバニアン。戦士じゃないけどね? その上で、シーエちゃんを守り、監視するのがアタシの役目。また、大切な人を亡くしたんでしょ? その心のケアも含めてね。人って話をするだけで、案外救われちゃうものなんだから」


「そっか。ありがとうバニ様。シーエのために。そして……やっぱり動機に汚染されてたんだね。ねぇバニ様、一つお願いがあるんだ」


「何かしら?」


 アルビは真剣な顔つきでバニ様に向き合う。




「ボクに、アクセス権を頂戴」


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