本格的な戦士としての訓練は楽園を知る者、全員を選定してから始まるらしい。早い段階で選定を受けたウチらは、国からの指導で空いた時間に戦士として必要な肉体に体を改造していた。
背中に穴を開け、脳を収容出来る様にする。軍人と同じ、他者の脳を使って魔力行使を行う機構だ。しかもこれからは、今までの軍の様にクローン脳では無く、殺した人間の脳を使って魔力を強化するのだ。命を奪うだけでは飽き足らず、自分の道具に。
ウチは左腕も生やす事にした。折角だから攻撃力の強そうな腕を。結果今の左腕には虫の様な、外骨格の腕が付いている。これでウチもグーバニアンの仲間入りだ。先端には、鋭い爪が。これで無実の人を切り裂き、握りつぶし、殺す。
全身の筋力も同時に強化して行った。肉体改造に詳しいグーバスクロの医療技術があれば、トレーニングをせずとも皆戦闘に最適な肉体になれる。筋肉は脳からの指令によって育つものだから。
ウチは左腕だけ改造して後は筋肉量を増やしたが、全身を完全改造する者も多くいた。ウチもそうすべきか悩んだが……人の型を保つことはそれはそれでメリットがあると、バニ様に言われた。マキナヴィスに潜入した際にうまく紛れ込むことが出来ると。
確かに一理ある。が──正直、そんなものは思念魔力を使えば何とでも偽装できそうな気もするのは事実。バニ様なりの、ウチへの気遣いだったのかもしれない。戦いに勝てるのならば、楽園を守れるのならば、別に姿などどうでもいいのだが。
戦闘は魔力の力量がメインになるから、肉体は人間のままでも十分活躍出来るらしい。開戦前に軍人との実践訓練もあるから、もし肉体に不備があると思ったらその時点で改造すれば良いと。
この姿を捨てることに抵抗は無い。バニ様はああ言ったが、もし人の体を捨てた方が効率が良いなら、迷わず捨てよう。
英雄と亜瑠美を心配させたくなかったから、ウチは肉体を改造してる事は伏せていた。ウチが口に出さなければ二人に伝わることも無い。楽園に接近しなければこちらの容姿や映像情報は共有されないのだから。
そうして左手の接合と背中の改造を済ませ、ウチは選定終了を待った。
* * *
選定は無事終わったらしい。国からアナウンスがあった。楽園内にも現実にも、人類滅亡作戦の内容はもれなかったとの事。第一関門は突破か。
この時点で、拘束されてた滅亡反対派の軍人、警察、民間人は死によって楽園に送られた。……選定に使われた、無実の一般人も。ウチがお腹をめった刺しにした青年も。
これで、ウチは名実ともに人殺しだ。人を、殺したのだ。無実の青年を。その証拠に──
『何で僕が! 死ななくちゃいけなかったんだ!! まだ何も、なせてないのに……!!』
楽園に出現した青年から、通信が飛んでくる。青年と言ってもそれは外見だけで、実年齢は70近いらしく、初老の男性だった。両親は既に他界しており、兄弟も伴侶もおらず、独り身との事だった。
うだつの上がらない人生。一言で言ってしまえばそれまでだが、彼は自分の人生をあきらめず、チャレンジし続けた。何かになりたくて。何かをなしたくて。色々やっては失敗を繰り返していたが、彼は一人でもちゃんと生きていた。
アルバイトを転々としながら、婚活をし、色々な趣味や仕事に手を出した。結果はうまく行かなかったが、誰に迷惑をかけた訳でも無い。ちゃんと、生きていたんだ。そんな日常を、軍に拉致され、ウチに殺され、強制的に終わらせられた。
彼は結婚相手を、最も欲していた。そして子供を作るのだと。ウチの両親も80で身ごもったのだ。彼にだって、可能性はまだまだあった。
何より彼が生を欲している。前にバニ様から聞いた、生きるのを放棄して楽園に逃げる人間とは、違う。
でも、もう、彼の夢は、二度と叶わない。楽園の中で誰かに出会えるかもしれない。でも、子供は、生まれない。誰かの父には、彼はなれないのだ。
彼は真相を知った後、ウチに恨みつらみを送り続けた。国に対しても、不満を叫び続けた。子供が欲しいと思った彼だ。国の示す、人類滅亡計画には賛同で出来ないのだろう。いや、出来ないのが普通だ。
ウチは訓練が始まるまで、ずっと彼に罵倒され続けた。ウチは謝る事しか出来ない。ただ謝る事しか。
死ねとも言われた。でもそれは出来ない。結局はどんなに謝ろうとも、ウチはウチの欲望のために、家族を失いたくないというワガママのために、道を譲らない。
訓練が開始される頃には、訓練に支障が出るので、彼の思念は一時的にブロックさせてもらった。ウチが死んだら、楽園の中で何度もお腹を刺してくれて良いからと、それまで待っててくれと伝えて。
ごめん、ごめんなさい……。
情報が楽園内に解禁されると、楽園内は再びパニックとなった。そんなのは間違ってると主張する人格、ただ消えたくないと主張する人格、ただただ狼狽えるだけの人格……。最も多かったのは、死にたくない、消えたくないという声だった。そりゃそうだ。皆この天国で、心行くまで暮らせると思ってたんだから。
ただ、英雄と亜瑠美は──
『やめて詩絵美ちゃん! 間違ってるよ! そんなの絶対に間違ってる!! キミのためにもならない!』
『ボクもお父さんに賛成だよ! ボクは、人類の滅亡とかそんなスケールの大きな話は実感わかないけど……それ自体にも反対だし、それを詩絵美がやるのも反対だ! 人殺しになるんだよ? ボクは、詩絵美を……お母さんを、そんな人にさせたくない』
「英雄……亜瑠美……」
二人には大反対された。そりゃそうだろう。ウチが逆の立場でも反対する。亜瑠美なんかは、普段絶対に口にしない「お母さん」という言葉まで使って、ウチを止めようとした。でも
「ごめんね二人共。ウチは止まらないんだ。これは、ウチのワガママなんだ。ウチがもう、二人と別れたくない。もう一度失うのが、怖いんだ。それに──」
言いづらかったが、言わない訳にはいかない。特に、正義を愛する、大好きな夫には。
「ウチは、既に、一人、殺してしまった……。もう、後には、引けない」
『『……!!』』
二人は絶句している。両親も絶句していた。そりゃそうだ。自分の家族が、既に人殺しになっているんだ。
「ごめん。ごめんねぇ……みんな。ウチ、人殺しになっちゃった。皆を守りたいっていうウチのワガママで、人を殺しちゃった……。英雄は、嫌いになっちゃうかな? 無実の人を殺すって言う、英雄の大嫌いな事をしてしまったウチを……」
人を殺しておいて、身勝手な理由で自分のワガママを通しておいて、さらに嫌われたくないとのたまう。なんて、ウチは醜い生き物なんだろうか。
なのに、英雄は
『嫌いになんて、ならない』
そう、言い切った。
『僕は何があっても、詩絵美ちゃんの味方だ。大好きだ。愛してるんだ』
「英雄……」
『ボクも、驚いたけど、でも、詩絵美の事が大好き。だから、だからもう、ここでやめにして欲しいんだよ』
「亜瑠美……」
こんなウチを、二人は好きだと言ってくれて。そしてそれを聞いて、ウチはもっともっと二人が大好きになってしまって。別れる恐怖を感じてしまって。
あの苦しみを、もう一度味わいたくない。その恐怖が、自分を支配している。それだけは絶対に嫌だと、魂が叫んでる。
「二人は、怖くないの? 楽園がなくなれば、二人とも消えちゃうんだよ? 他の人格の多くは、死にたくないって叫んでるけど」
『ボクだって怖いよ……。でも、それよりも詩絵美が心配だ。ボクらのために、もう人殺しなんて、して欲しくない』
『僕らは一度死んだ身だ。こうして楽園に来て、生きてる詩絵美ちゃんと過ごせただけで、感謝してる。本来、あるかどうか解らない天国に、こうしていられるんだから。だから僕らの事は気にしないで。詩絵美ちゃんの人生を、台無しにしないで』
二人からは『幸せになって』と言われた。強い、家族だな。自分の死よりもウチの事を心配してくれる。それは嬉しいけど、だからこそとてつもなく愛おしくて。
「ウチの幸せはさ、二人無しでは実現しないんだ。それに楽園にはナトくんもいるでしょ? ナトくん、詳しい事はわかって無いはずだから、消えるときは一緒にいてあげたいんだ。確か動物達は周りの大切な人と共に、消えるはずだよね? 動物達は知能レベルの問題で、自分で消えるって選択は出来ないはずだから。そう設定されてたはず。ウチは皆と一緒に、いたいんだ。ずっと。気のすむまで。そのために、もう、一人殺したんだ」
『詩絵美ちゃん……』
英雄が悲しそうな声を出す。そうだよね。やっぱり悲しいよね。悲しませたく、無いんだけどな。
『詩絵美ちゃんが人殺しになっても、僕はずっと詩絵美ちゃんが好きだ。確かに僕は人が悲しむのは嫌だけど、それ以上に詩絵美ちゃんが好きなんだ。僕が逆の立場で、今の詩絵美ちゃんと同じで、多くの他人と大切な人を天秤にかけたら、僕も詩絵美ちゃんや亜瑠美ちゃんを選ぶ……。同じことをしたろうね……』
『お父さん……。ボクは、難しい事は解らない。でも、詩絵美が人殺しになってまで僕らを守るってのは……。何が一番いい答えなのかもわからないけど、でもこれ以上人を殺すのは違う、気がする。ねえ、ボク達と一緒に、楽園で見届けない? 今後の行く末をさ。それは出来ないかな、詩絵美』
アルビからは今すぐ死ぬ選択を推奨される。バニ様も言っていた、あの選択を。
『楽園の存続は、他の人にまかせちゃってさ。成功したらずっと一緒にいられるし、ダメならダメで、終わるまでの期間を一緒に暮らせばいいじゃない。その方がずっと平和だよ』
「亜瑠美……」
正直、ウチの心はかなり揺れ動いた。ウチが戦士になることで、二人は悲しむ。二人が悲しまない選択は、今すぐ死んで楽園内から外を見守る事ではないのか。
でも、でも……怖さが抜けないんだ。これは、ウチが先に失った経験があるからだと思うけど。楽園を救う方法があるなら、手を伸ばしたくなってしまう。それに既に一人殺しておいて、自分だけ安寧を得るなんて、耐えられない。
一人の人間を手にかけた。一人の人生を奪った。この事実はウチに重くのしかかる。
「ごめん。やっぱりウチは、怖い。それに、戦士になる人もいる中、ウチだけ楽園に逃げる事は出来ないよ」
あの日の会場を思い出す。覚悟を固めた、戦士達の目を。皆、ウチと同じ様な気持ちのはずだ。彼らにだけつらい思いを押し付けて、楽園に逃げるなんて、ウチは、出来ない。したくない。
『詩絵美……』
二人は、最終的には納得してくれた。いや、せざるを得なかったのだろう。
選択は、生きてる人間にしかできない。「僕らはせいぜい意見を出せるだけだ」。そう英雄は告げた。そうだ。これはウチの選択だ。家族を、楽園を守るために、人を殺すという、選択だ。
ウチの様に家族に説得され、戦士になることを止めた人間も少しいる。が、大半は道を変えない。やはり皆、また失うのが怖いのだ。その可能性を軽減できる立場にいるなら、動かざるを得ない。
中には亜瑠美達とは違い、反対しない家族もいた。消えたくないと、助けてと、戦士に懇願して。そんな事言われたら、なおの事助けない選択なんて無いじゃないか。
ウチもいっそ、そう言ってくれた方が気が楽だったのかもしれない。人殺しの道から逃げる選択を提示された上で、人殺しを選ぶ。これは中々にしんどくて。
でも家族のせいには出来ない。ウチが決めた選択だ。終わらせる覚悟を、固めたんだ。
* * *
その後1年程は、血反吐を吐く努力をして軍人並みの筋力と魔力を手に入れた。事故の時に一度バカ魔力を使った経験もあり、リミッター解除はすんなり覚えられた。グーバスクロは有機物の構造に詳しいから、他国と違いリミッター解除の訓練で死ぬことはまずないらしい。専門医が付いての指導だから。
だが覚えるまでの時間には個人差がある。ウチは早く習得し、実践訓練へと移った。
ウチらの様な楽園を守る、人類滅亡を目指す元一般人たちは戦士と呼ばれた。軍人とは立ち位置や役割が違うらしい。
ウチみたいに戦闘適正がある戦士は、第一期生として少し特別な訓練を受けた。特別と言っても単純に皆より早く実戦訓練するだけだが、少しでも強くなれるならと、ウチは進んでその訓練に望む。どうも、一期生には戦争前に国から別途任務が下される様だ。どんな任務だろうか?
一期生の数は総勢100名程。この広い大陸の中で、どれほどの人間が楽園を知っていて、どれほどが戦士になったのかは把握してないが、この100名という一期生の数は、予想以上に多いのだそうだ。
軍人は敵国マキナヴィスの兵と戦う任務に就く。ウチら戦士は、敵国の民間人を殺す役目を担う。これが軍人と戦士の違い。警察は訓練の後に自動的に軍人に区分された。
これは単に、戦力と経験の違いだ。いくら力が軍人並みにあっても、戦闘経験はそうそう身に付くものでは無い。激戦区には軍人が、手薄なところは戦士がカバーするのだ。
一期生と呼ばれるウチらですら、いくら実践訓練を行ったところで彼ら軍人には遠く及ばない。それは訓練教官達との実践で、嫌という程身に染みてる。……何とかして近い戦力くらいは手に入れたいが。敵国民を効率よく倒すために。
……敵国。もう、マキナヴィスを始めとした諸外国は敵国なのだ。いつか三人で旅行に行った、あの素敵で楽しい機械の国は。何の罪も無い国は、もう。
ウチらが立ち寄った観光地では、マキナヴィス人はとても優しくウチらを迎え入れてくれた。ウチが蒸気機関やマキニトさん達に興味を持った時も、丁寧に説明してくれた。
公園では子供がはしゃぎ、親が見守る。デートスポットでは多くのカップルが幸せそうに手をつなぎ、互いの将来を考える。信仰上の理由でマキニトになった人達は、神に祈りをささげる。マキニトの多くは、早くして大切な人を亡くした方達だそうだ。脳のみを残して神に近づけば、祈りも届くと。脳仕掛けの楽園を信仰しているウチらと、同じじゃないか。
優しい、とても優しい国だった。無機物であふれかえっているのに、そこに住んでいるのは紛れもなく人間で、とても暖かい。……でも、その何も悪く無い人達をこれからは”敵”と呼び、殺しに行く。
その、覚悟を。
訓練の途中で友人も出来た。戦士になるのは皆似た境遇の人達だ。自然と、仲間意識が芽生える。最終的には全員死ぬ定めだけど。
「ワタクシは……結婚してすぐに、夫が事故で……ワタクシを庇い、亡くなりました。ワタクシはずっと意地っ張りで恥ずかしがり屋で……幼いころからずっとそばに居てくれた彼を、中々受け入れる事が出来なかった。でも、ワタクシはずっと彼の事が大好きで……やっと、やっと想いを伝えて、お互いに心が通じ合えて、これから新生活を始めるという時に……」
名家の習わしなのか、幼いころから格闘術をたしなんでおり、ウチと同じく見込みある第一期生に選ばれた。今はその格闘術をさらに強力にするため、両腕にも頭と同じ角を生やし、殺傷力を強化している。
「わ、私は、友人が楽園の中にいます。こ、こんな私の事を認めてくれた、大切な友が。ああ、私の話なんて興味ありませんよねすみません生きててごめんなさい」
セロルティアと名乗った女性は自信なさげに話した。マキナヴィス人とのハーフらしい。元々理系の学校出身で、医療、機械技術共に詳しく、楽園の運営をサポートしていた生粋の楽園関係者。脳科学にも詳しく、バニ様にも仕事で何度か会ったと言っていた。
その能力故に、特に思念魔力の扱いにはたけており、元々リミッター解除も習得していた。それら能力を買われ、一期生に。
グーバスクロの有機物を信仰する心が好きで、彼女は特に植物が好きだった。今はその機構を両腕と背中に取り入れ、自在に操れるツタの様にしている。苦手と自称していた肉体戦を、この触手達でカバーするのだろう。
ウチらは似た境遇同士、割と早く意気投合した。お揃いのピアスも付けて、すっかりお友達気分だ。
楽園崩壊を知ってから友人が増えるというのも皮肉な話だが、同じ気持ちの人がいるというだけで救われるものだ。
救われるべきではない行為を、これからする訳だけど。だから、この友情もある種の現実逃避なのかもしれないな。
「ふう」
土と木の匂いがする訓練施設の中で、ウチら一期生は軍人相手に実践訓練をしていた。軍の主要地点は火器にも耐性があるよう石造りの施設が主だが、少し離れた訓練用の施設となると森の中にあることが多い。ウチらが寝泊まりする宿舎も木製だ。
本日の昼の訓練も一通りこなし、今は休憩時間。ウチは火照った体を冷ますべく、木陰に移動する。近くの川へ冷たい水でも飲みに行こうか。
橙子とセロルはまだ納得いかない箇所があるからと、訓練に励んでいた。ウチも気持ちは同じだが、指導教官に「根を詰めすぎだ」と言われてしまい、しぶしぶ休憩を取っている。ウチは元々格闘技をしてた訳でも、脳構造に詳しい学者だった訳でも無い。ただの主婦だ。どうしたって力量でも体力でもあの二人には劣る。
効率よい訓練には効率よい休憩が必要だと、ウチは教官から休憩を命じられた。気持ちは焦るが、教官の言う事は正しい。楽園を守る力をつけるためにも、今は休もう。
川に到着したら、先客が居た。反対方向から来たから、別の訓練施設か。恐らくは二期生だろう。挨拶しようと近づいたものの、彼の、頭が何かおかしい。
「脳が……無い!?」
驚きの余り声が出る。
その男性は、脳が存在しているはずの頭部を丸々切り取っており、とても不気味な見た目をしていた。
無脳の青年が、ウチを見て、にこりと笑った。