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第零章 08話『産声』

 バニ様による、国による解決案の説明は一段落した。血だらけのウチらを残して。



 ──その上で、最後の選定が、始まる。



『残った皆さまへは、軽い、本当に軽い試験をさせて頂きます。楽園を守る覚悟が無く、ただ死にたくなくて挙手した方もいると思いまして。もしくは、その覚悟が足りない方も』


 バニ様からのアナウンスの後、軍人がぞろぞろと、何かを持って残ったウチらの前に現れる。

 袋詰めされた……人? 中で何かがもがいている。


 ウチの前にもその袋が置かれ、軍人からは槍を、渡される。何を……

 これから行われることが容易に想像出来て、ウチの鼓動は早くなる。先ほど固めた覚悟も、もう折れかけそうだ。

 槍は木製で、先端に鋭い金属が付いていた。木なのに、冷たい。いやこれは、ウチの手が冷えているだけだ。血の気が引いている。


 袋が解かれると、中には泣き顔の青年がいた。さるぐつわを外されると、開口一番「助けて!」と懇願する。



『彼らは身寄りも仕事もない、消えても社会に疑問を持たれない方々です。その彼らを、渡された武器で、殺してください』



 バニ様は、悲痛な声でアナウンスをする。とても苦しそうな声で。



『軽い、試験です。これからあなた達が行う行為から比べれば、とても、簡単な。全人類を、滅ぼす訳、ですから、目の前の命、一つくらい、殺せ……殺せる、でしょう?』



 軽い試験のはずなのに、バニ様の思念は全く軽そうな雰囲気は無い。むしろ苦しそうで、聞いてるこっちが心配になるほどに。

 思念を聞いている、これからは人を殺せと言われている者も、何人かがバニ様を見ている。



 捕らえられた人々は、口々に死にたくない、助けて、嫌だと繰り返していた。自分たちが何をしたのかと。何で死ななきゃいけないのかと。

 先ほどの会場でのアナウンスも、彼らには届いて無いのか。何故殺されるかを知らない、無実の人を殺す。これが、楽園を守る戦士への、通過儀礼……選定。軽い、試験。



 周囲の戦士候補達は、皆狼狽えていた。ただ気持ちで覚悟を決めるのと、実際に自分が行うのは訳が違う。出来ないと、自殺を志願する者もいる。



『それでは、始めて下さい。なお脳の破壊だけは、機密保持のためお止め下さい。理由は選定終了後、お伝えします。脳以外を破壊し、生存不可能な状態に、して下さい』



「ふー、ふー!」



 ウチは過呼吸になり、再び胃の内容物を吐き戻した。胃には何も入って無かったので、胃液だけが出る。それが目の前で拘束される青年の顔についてしまい、申し訳無い気持ちになる。これから、殺されるのに、さらに顔を汚してしまって。


 覚悟は、変わらない。ウチは家族を守りたい。もう別れるのは嫌だ。だから、殺す。ウチの身勝手の為に、殺す。ウチの家族と、目の前の青年を天秤にかけて、殺す。殺す、殺す、殺す殺す殺す!!



「ああああああああああ!!!!」



 叫び、ウチは──



「死にたく、ないよ……」



 そうこぼす青年のお腹に、何度も槍を突き刺す。

 とても嫌な柔らかい感触が、槍を通じて帰ってきた。



   * * *



「「「ああああああああ!!!」」」


 そこらじゅうで声が上がり、血の花火が舞っている。ウチも、動かなくなった青年を見つめながら、叫び続けていた。



「ああああああああああ!!!!!」


 まるで産声だなと、思う。あまりに感情が激しく動きすぎて、ウチはどこかドライになっている。体は、ウチのドライな思考とは別に、叫び声を産み続けているが。



「あああああああああ!!!!」


 血濡れの赤子達が、各所で産声を上げる。最悪の人生をスタートさせる、産声を。

 手が止まり、槍を刺せない者もいる。そういった者達は、軍人によって殺害されていった。殺害と言っても、目の前の青年や先ほどまでの花火の火元達と同じく、脳だけ保護されているが。



 選定は終わった。数名が脱落したが、大半が残った。それだけ皆にとって、楽園は重要なのだろう。



『ありがとうございます。残った皆様は、これにて正式な戦士です』


 壇上に立つ、震えるバニ様がそう告げる。戦士……これで、ウチも、楽園を守れる……。



『皆さまには、これから本当に苦しい道が待ってると思います。でも、どうか、楽園の存続に力を貸してください。お願いします』


 そう言ってバニ様は深々と頭を下げた。後ろに並ぶ国のお偉いさんたちも。よく見たら、何人も泣いている。泣いてない者も、唇を噛みしめ、血を流してる人もいる。皆、断腸の思いでこの決断に至ったのだろう。


 ウチは自分の事より、バニ様の事が気になっていた。



   * * *



 その後会場のアナウンスで、死体──では無いな脳は生きて確保されてるから。破壊された肉体の清掃が入る事を告げられる。

 何故脳を生かしているのかも、アナウンスで告げられた。それ以外にも今後の訓練スケジュールや、注意事項など、色々と説明を受けた。重要な事なので清掃後に、もう一度説明されるらしい。


 周囲の肉片は貴重な有機物だ。ドロドロに溶かして楽園維持のカロリーに使うのだろう。腕や足等、使い勝手のいいパーツはそのまま移植用に保存されるかもしれない。ただ、今後人類を増やしたり助けたりする必要は無いから、あくまで軍や戦士の為に使用するだけだろうが。ウチも、戦闘のために左腕を生やさないとな。大概の事は魔力で出来るとはいえ、生身の腕が生えていた方が色々効率も良い。


 汚れたウチらも、一緒に清掃してもらえるらしい。軍による訓練は随時開始されるが、今すぐに始まる訳ではない。この姿のまま外に出たら確実に首都に住まう人々に怪しまれる。

 ──首都の人間は、今後減らしていくとの事だ。戦争開始までは自国民に怪しまれかねないので大きな動きは出来ないが、開始されたら首都の人間は基本的には全員殺害し、楽園を守る拠点にすると。


 全人類滅亡を目指す国家だ。当然その牙は自国民にも向けられる。その非情なアナウンスを聞き、残った皆も再度悲痛な顔をする。ただ、もう皆一人は殺人を犯している身だ。悲痛な顔をしても、その覚悟は揺らがないだろう。



 清掃中、バニ様と会話する機会を得た。全員裸で立たされ、一斉に水で洗い流された。あんなことの後なので、羞恥心に快感を覚えることも出来ない。周囲を見ても、恥ずかしがってる人は一人もいない。皆、沈んだ顔か、覚悟した顔しかしてない。


 バニ様はそこにひょこっとやってきて、ウチに水を浴びせてくれてた軍人からホースを受け取り、ウチの体を洗ってくれた。その手つきには、優しさが込められていて……。あれほどの非情な発表を行った後なのに、バニ様はやっぱりウチを気遣ってくれる。


「やっぱり、あなたは残っちゃうのね」


 全裸で水を浴びるウチに、バニ様は寂しそうに、そしてあきらめたように呟く。そうだよ。ウチは残ってしまう。

 他人に人殺しを任せて自分だけ楽園の中で待つなんて、他力本願な事は出来ない。もちろんその選択をした人を責めてる訳では無く、ウチが嫌なだけだ。

 それに、怖い。他人に運命をゆだねるのは。ウチが動けるなら、ウチが動くべきだ。


 楽園を壊すべきだと、正義に燃える心もウチにはない。会場には何人かそういう人もいたろう。楽園は生きてる人を支援するために作られた装置だ。それが人類に牙を向けるなんて、本末転倒だろうと。

 頭では解ってるし、ウチもそう思う。でも、それ以上に感情が拒絶する。家族と会えなくなる悲しみを。もう一度失う恐怖を。


 ウチを洗うバニ様の手は震えていた。こんな説明会をこれから1ヶ月、毎日2回もするのか。バニ様、大丈夫かな。



「バニ様、ウチは大丈夫。一緒に、罪を背負おう?」



 ウチはバニ様を励ます様に、手を握る。ウチより少し大きい、優しい手を。ホースを持つその手が、止まって。



「一緒に、楽園を守ろう。人類を、絶滅させよう」



 ウチの声が聞こえたのか、清掃中の周囲の戦士も、担当している軍人も、ウチとバニ様の方を向く。そして、小さく、首を縦に振った。


 誰も、こんな選択、したくないのだろう。戦士は今さっきその事実を知らされたばかりだから、狼狽えてるのは解るが……軍人も、何人か涙目になっていた。そうだよね。誰だって、人殺しなんかしたくないよね。楽園に救われた人は、特にそうだろう。



「詩絵美ちゃん……そうね。アタシがしっかりしなきゃね。ありがとう」


 バニ様はそう言って、悲しそうに笑った。空虚な笑顔だ。でも、そこには覚悟と感謝が詰まっていて。



「アタシが、皆を、人類を地獄に連れて行く。責任を持って。アタシが舵を切る」


 舵を切るのも責任を持つのも皇帝じゃないのか? とウチは疑問に思ったが、この楽園の危機を一番先に察知したのがバニ様との事だった。

 国に報告すればほぼ確実に極論に行きつく。そう解っていてバニ様は報告した。つまり、一番最初に人類滅亡を考えたのは自分だと。自分の一存で、国が動いたと。


 楽園の危機を知ったら結局国は動く訳だから、バニ様のせいじゃないと伝えたけど……届いて無いだろうな。ウチがその立場なら、やっぱり自分を責めてしまう。バニ様が報告しなければ国は動かず、楽園は知らない内に取り返しがつかない地点まで、行ってしまっていただろうから。


 そう、今は取り返しがつく、ついてしまう時期なのだ。人類滅亡という、極論によって。

 気が付くのがもっと遅ければ、もう楽園は間に合わない。楽園の喪失でグーバスクロの中枢と楽園を知る国民は発狂するだろうが、知らない国民や他国民には影響が無い。しばらく国はトップが狂ったことで立て直しに時間がかかるだろうが、人類は今まで通り普通に生きて行けただろう。

 そしてもっと気が付くのが早ければ、それこそ100年くらいあれば、楽園と人類の共存を図る道も検討出来たかもしれない。でもそれは所詮、タラレバの話でしかなくて。蒸気機関だって50年前には有ったんだか無かったんだか、解らないし。



 バニ様は当初、国が立案した、国民を戦士として巻き込む案には反対したらしい。でも、現実問題軍と警察だけでは力不足だった。人類を殺しきるには。

 軍内部にも反対派がいたから、彼らの抹殺のために人員は減っている。戦力の拡大が、必須だと。結局はこの、楽園を知る者を戦士にするという結論に至った。その説明をバニ様がしたのは、本人の希望によるものだった。自分が舵を切るのだと。


 国のプランでは、今回の選定で残った戦士を数年で戦力になるレベルまで鍛え上げ、マキナヴィスに攻め込むのだそうだ。



 扉が空き、一時皆解放される。ただ、この話は他言無用だと念を押されて。楽園内にいる人格にも、1ヶ月は話さないよう念を押された。


 楽園内部の人格を縛る方法は無い。外の人間がいくら覚悟を固めても、楽園内の人格が内部で人類滅亡に反対し、情報を拡散したら、まだ国から説明を受けてない楽園と通信可能な人物の耳に入ってしまう。

 そうなれば、パニックにもなるし、先の様に反対派を抹殺することも難しくなる。最悪、それらの人物が徒党を組んで楽園を破壊に来たら対処できない可能性もある。


 これは、口約束だけだ。ウチらの行動を監視は出来るが、楽園内部に伝えてしまったら計画が瓦解する可能性は十分あり得る。

 賭けだと、バニ様は言っていた。どの道戦士を増やせなければ人類滅亡は叶わない。戦士候補達が裏切らず、楽園を知る全員をしっかり選定できるかどうかの、賭けだと。


 先ほど反対派の人や、ウチらが肉体を破壊した人を殺さず脳だけ保護したのも、これが理由らしい。楽園内に情報を送信されない様に、1ヶ月は思念をブロックさせてもらい、その後殺害すると。「窮屈だけど、1ヶ月は耐えてもらいましょう」とバニ様は言った。

 今までに抹殺したと言った、反対派の軍人や警察官も、同じ状態に置かれている。楽園との通信を規制され、準備が整うまで生かされる。だから楽園に彼らの人格が出現しなかったのか。


 生きて楽園を知る人間が全員選定出来れば、あとは楽園内に情報を共有しても大丈夫だ。楽園内から通信が出来るのはアクセス権を持つ人間だけ。その人間が全員選定済みなら、楽園内の人格が反対してもパニックが現実の人間に訪れることは無い。そのタイミングで、拘束されていた滅亡反対派は、死によって解放される。


 1ヵ月後には大半の楽園を知る者は首都に集まるだろう。残った首都に来られなかった者には、軍人が個別に対応する事になっている。その場で選択を強い、自殺を希望する場合と反対の場合は殺害する。



 一人、要注意人物がいるそうだ。人類滅亡に反対し、なお生き残っている元軍人の女性が。バニ様は彼女の事を徹底的にマークし、楽園内との通信や存命の楽園を知る者への通信を徹底的に妨害し続けている。

 その作業に集中しすぎて、今まで連絡を取れなかったと。会場で説明中も、その通信妨害は続けていたらしい。どんだけ思念魔力の使い方に優れてるんだよ、バニ様。


 国はその元軍人を犯罪者として指名手配している。だが、捕まらないだろうとバニ様は言う。通信妨害の際に位置を特定出来ても、直ぐに姿をくらますと。

 恐らく口頭で仲間は増やしているだろうが、軍と警察は全て国が掌握しているので戦力増強には向こうも苦労するとの事だ。彼女と楽園の通信はバニ様によって完全に遮断されているので、楽園内に此度の解決案が漏洩する心配はない。


 楽園の機能を弄ることは今の人間には一切出来ないが、楽園がアクセスしてる各地のサーバーはいじれる。楽園はそのサーバーを介して世界中と通信をしてるので、その元軍人個人のサーバーへのアクセス権をはく奪してしまえば、首都の地下に来ない限り楽園にはアクセスできない。空港も遮断しているから、海外への逃亡も難易度が高い。

 楽園のアクセス権の譲渡も、各地のサーバーを通じてバニ様からブロックされている。繰り返すけど、どれだけ凄腕のハッカーなんだ、バニ様は。




 外に出てから、英雄と亜瑠美から内容を教えてくれとせがまれた。しかしあと1ヶ月は答える訳にはいかない。その旨を伝えると、英雄は何かを察したのか、質問を止めた。亜瑠美は聞き分けられずに内容をせがんで来る。

 二人に話せないのは心苦しいが、楽園存続のためには仕方無い。ウチ以外の戦士も皆固く秘密を守っている。


『1ヵ月後に解るなら、僕は追求しない。話せない理由もあるんだろうしね。でも、詩絵美ちゃん、無理は、しないでね。何があったか解らないけど、詩絵美ちゃんの声、いつもと違うから。解決案を聞いたはずなのに、全然嬉しそうじゃない。かといってさっきまでみたいにパニックになってもいない。落ち着いた、凄く、悲しそうな声だ』


 英雄が心配してくれる。


『お父さんがそう言うならボクもワガママ言わない様にするけど……詩絵美大丈夫? つらい事になってない? ボクもう、不幸になる詩絵美は見たく無いんだ。あの裁判してた1年は、ボクらも気が気じゃなかった。その解決案ていうのは、詩絵美が幸せになれる話だったの?』


 亜瑠美も、ウチを気遣ってくれる。


「大丈夫だよ、二人とも。心配しないで」


 今はまだ、何も言えない。何も。

 1ヵ月後に二人に告げた時、二人はどう言うだろうか。英雄は正義を愛する人だから、確実に反対するだろう。ウチの事、嫌いにならないでくれると良いな……。正義よりも、夫と娘を取ってしまう身勝手なウチを。既に無実の人を身勝手な理由で殺した、ウチを。


 その後両親やドライバーをはじめとした楽園内で出来た知り合いからも、色々と聞かれたがウチは全てに答えられないと謝った。そうする事しか、今のウチには出来ない。



「ああ、でも……」


『詩絵美ちゃん?』


「会いたいな、皆に」


『……おいで。楽園で待ってる』



 英雄は優しく答えてくれる。

 ウチはフラフラとした足取りで、楽園に向かった。



   * * *



 首都の地下、楽園付近には沢山の横たわった人が居た。皆、楽園へアクセスしているのだろう。その周囲を、軍人が固めている。

 あんな説明の後だ。楽園内にいる大切な人に会いたいと願ったのは、ウチだけではないのだ。さっきの説明回で残った顔以外の人もいるので、恐らく昼の説明を聞いた者だ。説明の後から楽園に接続しっぱなしなのだろう。


 不安になって周囲の軍人に確認したが、今のところ情報は漏れてないらしい。いくら覚悟を固めても、実際中の大切な人に会ったらつい口に出してしまう人もいるかもしれない。

 ウチも楽園に入る前に、軍人に念を押された。大丈夫。ウチは喋らない。だってこれから救いたい人に、会いに行くんだから。皆、その覚悟を固めるために、ここにいるのだろう。


 人を一人殺したという事実は、大きな枷となる。もう後には引けないと。一人殺したのなら皆殺さないと、と。

 だからどんなに楽園で情報をせがまれても、口にすることはしない。ウチもそうだし、皆そうなのだろう。



 ウチは楽園の前に立ち、光に包まれる。いつもは穏やかな気持ちで包まれていた光に、今は突き刺されている様な感覚を味わう。まるで、先ほどウチが突き刺した青年みたいに。



「詩絵美ちゃん」


 目の前には英雄と亜瑠美が立っていた。ウチを待っててくれたのだ。ウチは、思わず二人に抱き着いて、泣いた。

 見慣れた二人の顔、住み慣れた我が家の匂いが、ウチに自然と涙を流させる。


「詩絵美!? 大丈夫?? やっぱり何かあったんじゃ」


「ごめん二人共。今は何も聞かないで、ただ、抱きしめさせて……」


 二人共ウチのいう事を聞いてくれて、そっと抱き返してくれる。ウチはそれを、力いっぱい抱きしめた。ナトくんも、頭の上に乗ってくれる。


 皆の体温を感じる。一度失って、取り戻した体温を。ガタイの良い英雄の体と、柔らかくて気持ち良い亜瑠美の体。コピーされた人格であっても、ここには本物と寸分たがわない家族がいる。頭には軽い、心地よい重さが乗っかっている。

 ずっとずっと、皆といるんだ。心行くまで、ウチは大好きな人達と一緒にいたんだ。絶対に、二度と、失いたくないんだ。怖いんだ。

 この温もり、感触を、愛情を、失わないために。ずっと一緒にいられる様に、ウチは、殺したんだ。一人の青年を、殺したんだ。ウチの身勝手なマガママで。


「ごめん、ごめんなさい……」


 ウチは誰に謝ったのだろう。正義を愛する夫にだろうか。殺してしまった青年にだろうか。これから殺してしまう、人々にだろうか。


 でも、いくら謝っても、ウチは止まらない。そして、これからも、もっと、殺すだろう。



 全身に愛しい人の温もりと感触を味わいながら、ウチはひたすら泣いた。でもその分、覚悟はより固まった。



 人類を滅亡させる。世界を終わらせる、覚悟が。


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