「めぐちゃん、ごめんね、僕はもう……」
「ど、どうしたの、いっくん!?」
見たことのないくらい顔を青ざめさせている夫を見て、流石の私も焦って彼の元へと駆けつける。
「体調悪い? それとも何かあった?」
「…………た」
「何? 何があったの!?」
ぼそぼそと何かを言う彼に必死で耳を傾けつつ、その場にしゃがみこんで震えるいっくんの背中を撫でていると、少しだけ落ち着いたいっくんがゆっくりと深呼吸をして口を開いた。
「リモート会議が、決まった」
「は?」
リモート会議?
リモートでの、会議?
一瞬その言葉に安堵しかけた私だったが、一拍遅れてその事の重大さな気付き息を呑んだ。
何故なら私の夫はのっぺらぼうなのだ!
「緊急家族会議を開催します」
「は、はい」
未だに顔色の悪いいっくんをテーブルにつかせ、私もその向かいに座る。
右手側には私のメイク道具やらなんやらを準備した。
(リモート会議だから、いつものサングラスとマスクっていう外出スタイルは使えないわ)
室内でそのスタイルはあり得ないし、マスクだけならともかくリモート会議でサングラスなんて論外だ。
何か別のアバターを使えば、と思ったものの、今回の会議は仕事相手である担当者さんだけではなく、いつもは直接連絡を取らない得意先の方までいるらしい。
その状況でのアバター使用は相手の気分を害する可能性もあるだろう。
「目標は、のっぺらぼうだとバレずに会議を終えるということでいい?」
私の言葉に不安げな面持ちで頷くいっくん。
そんな彼に私も大きく頷いた。
「ちょっと濃いめに……うん、どうかしら」
最初に試したのはメイクで顔を文字通り作るというもの。
ペンシルアイライナーで大まかに位置取りをし、シャドーで彫りを表現する。
相手とは直接会うわけではないのだ。
顔の凹凸がなくても“それっぽく”さえ見えれば、横を向かない限りバレないだろう。
そう考えたのだが――
「……ふふっ、うん。ごめんねちょっと私の技術じゃダメかも」
イメージは出来ていた。
ハロウィンのゾンビメイクのように、そこにあるように見せるのだと。
「これ、つけまつげがよくないんじゃ……」
「いや、でもほら、男の人でもまつげフサフサな人っているじゃない? それにつけまつげなら場所の変更もしやすいし肌にも貼り付けられるしいいと思ったんだけどなぁ」
だが完成した顔はどう見ても壁画。
もしくは一昔前のショックを受けた少女漫画のヒロインだろう。
ほら、あの白目向いたようなやつ。
(そもそも顔をゼロから作るって、それこそ専門の技術者がいるくらいだし素人じゃちょっとハードルが高かったかも)
完成した顔をまじまじと見てそう感じた私は、仕方なくクレンジングでいっくんの顔をつるつるに戻した。
そして次、手に取ったのはたまにふたりで遊びがてら使う、秘蔵の顔のシートが印刷されたフェイスマスクである。
「ゼロから作るのはハードル高かったけど、これなら基本が出来てるからもっと楽に作れるはずよ」
(全体をこれでカバーして、細部は書き込む……!)
気合いを入れて、次の相棒に選んだのはウォータープルーフのリキッドアイライナーだ。
既にあるこの顔ベースをなぞってキッパリとした線にし、足りていない眼球を書き込む。
シュミレーションは完璧だ。――と、思った瞬間が私にもありました。
「うーん、めぐちゃん、もしかしたらこれもちょっと無理があるかも」
「私もそう思ってたとこ……」
ウォータープルーフで対策はとったつもりではあったのだが、答えは単純。
フェイスマスクはウォーターではないのだ。
(めっちゃ滲んでる)
流石にこの滲み具合ではいくら画面越しだとしてもバレてしまう。
というか壁画が、古代の壁画に進化である。
「これもダメなら……」
「流石にそれは絶対バレるから!」
チラッと視線を向けたのは数年前の忘年会で被らされた被り物だ。
これならば既に凹凸もある。
(難点は、明らかに被り物だってわかることなのよねぇ)
しかもこれらは市販だ。
下手をすればエセドッペルゲンガーが大量発生してしまう。
「最終手段、しかないかぁ」
これで手詰まり。そう項垂れた私とは対照に、何かを覚悟したように思い切り椅子にもたれたいっくんが天井を見上げた。
「最終手段?」
「うん。……友達に、頼む」
そう言ったいっくんの表情は、私の描いた顔のせいで歪んで見えた。