「ね、帯ちゃんと結べてる?」
「うん、可愛いよ」
にこにことしているような弾んだ声色で褒められた私は、もう一度鏡で後ろ姿を確認しオッケーを出した。
今日は愛しの旦那様であるいっくんとの花火デートである。
もちろん屋台も出ているので、晩御飯はそこで食べようと花火の開始より少し早めの17時出発だ。
「はい、これいっくんの分!」
「狐面かぁ」
会場は隣町と近く歩いて行ける距離なので、家からお面をつけて出ようと事前に用意していたお面をいっくんへと渡すと、少し複雑そうな声が彼から漏れて思わず首を傾げる。
「他のお面がよかった?」
「いや、実は妖狐の友達がいて。なんだかそいつのことを思い出してちょっと複雑な気持ちになっただけ」
「え! 妖狐の友達!?」
「うん、今度機会があったら紹介するね。あいつも人間界で営業職として働いてるから」
彼から聞かされたその理由に思わず目を見開いてしまう。
のっぺらぼうがいるのだから妖狐だっているだろうとは思っていたが、まさかこんなに身近にいるとは!
(しかも営業って)
思わず想像し、これはただのイメージではあるのだが、なんだか口が上手そうで高級布団とかを売っていそうだとそう思った。
「本当におかしくない?」と何度も確認するいっくんに頷いて答える。
マスクもサングラスもせず外に出ることが不安なのだろう。
(お面の方が隠れている面積多いと思うんだけど)
そんなところがなんだか可笑しく、そして可愛い。
そんなことを考えながら、私たちは手を繋いでマンションを出たのだった。
「ね、次あれも食べない?」
「たこせんも食べたい!」
行きはあんなに不安そうだったいっくんも、思ったより人が多く、人込みに紛れられたお陰か逆に人目が気にならないようで楽しそうにこの祭りを満喫している。
ちなみに屋台の食事をする時はもちろんお面の下からしか食べられないので一時的にお面の口があるらへんのところをずらす必要があるのだが、いっくん七不思議のひとつであるバキュームシステムで食べるので見られる心配はなさそうだった。
「こうしてると普通の夫婦みたいだね」
ふと呟くようにそう言われ、思わずあんぐりと口を開いてしまう。
「普通のって」
「ほら、こうやって一緒にお出かけして、お祭り満喫して。買い食いしたりしてさ、今までめぐちゃんにとって当たり前のことも僕とだったらなかなかできな──いでででで!」
「私の普通にはいっくんが含まれているんですけど!」
私がムスッとしたことに気付いたのだろう、いっくんが口を閉じるが、私の中のボルテージは下がらない。
「二人でしてきたことの全部が私たちの『普通』でしょ!? いっくんは違うの?」
噛みつくようにそう言う。
お面で彼の表情はわからないし、お面がなくてものっぺらぼうなので表情を読むということはできないが、それだって私たちの『普通』なのだ。
「それに……っ」
「ふふっ」
まだまだ言い足りなくて尚も口を開いた私だったが、そんな私の言葉を遮ったのは予想外にも彼の笑い声だった。
「なっ」
真剣に怒っているところを笑って止められ唖然としていると、私の頬に彼の指先が触れる。
どうやらいつの間にか髪の毛が張り付いていたらしい。
「確かに、僕たちにとっての当たり前だったなって」
「……でしょ」
素直にそう認められ、一気に怒気が削がれた私がぼそりと返事すると、また楽しそうな笑い声がした。
「でも、めぐちゃんとの日々は僕にとっては普通じゃなかったよ」
「?」
「ずっと、『特別』だった」
「いっくん……!」
その言葉に、さっきまで怒っていたことなんてコロッと忘れ感極まった私がひしっと彼に抱き着く。
するとそのタイミングで、夜空に大輪の花が咲いた。
「あ、花火……」
「もう始まる時間だったんだ」
そのまま二人して夜空を見上げる。
特等席なんかではなく、穴場でもない。
でも、いっくんの言う通り彼と一緒だったなら。
(これも、特別な日常ね)
なんて。
私はそう思い直したのだった。