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5.愛妻のためのスキンケア

 今日は僕の話をしようと思う。

 塚中一太郎つかなかいちたろう、二十七歳。

 正確に言えばニ十七歳と八百十六カ月。


 この意味のわからない年齢は、単純に僕が人間ではなくのっぺらぼうとして生を受けたからだったりする。

 とは言っても、ずっと人間界にいたのではなく妖怪の住む妖界という、ネーミングセンスの欠片もないまんまなところで生活していたので正直人間界の歴史はこちらの世界にやってきた十年ほどくらいしかわかっていなかったりする。


 もちろん、人間たちが学ぶようなある程度の歴史は学んできたけどね。

 人間界へ遊びにくる妖も、働きに来る妖も案外多くて、実は君たちの周りにもしれっと交じっているかもしれないね。


 そんな妖の中で力が強いとされている、妖狐の長が人間のお嫁さんを貰ったと聞いた時はまるで御伽噺のようだなんて感心するだけだったのっぺらぼうの僕だけど、気付けばめぐちゃんという最愛のパートナーを得たことは本当に奇跡的で世界に感謝しかないんだ。


 だってそうだろ?

 化けるのが得意な妖狐ならともかく、のっぺらぼうの僕は相手に幻術もかけられない。

 顔があるように見せられないということは、ずっとのっぺらぼうのまま。

 というか、妖狐ってずるいよね、可愛い狐に変身できるだけじゃなく普段は狐耳とふわふわのしっぽを完備したイケメンなんだよ。


 のっぺらぼうと妖狐が並んだら、つるつる顔面よりそりゃふさふさ獣を取るよね?

 だから僕にはそんなこと起こりえないと思っていたんだ。

 住居を人間界に移したから、妖界での結婚ってのも縁遠くなっちゃったし、まぁ僕には幸いにも仕事があったからそれで良かったんだけど──


(でも、出会っちゃったんだよね)

 最愛の、運命の人ってやつに。


 という訳で、今日はそんな大切なめぐちゃんのためにする僕のルーティンをご紹介しようと思うんだ。


 まず僕の朝は……実はそんなに早くない。

 めぐちゃんの起床に合わせて七時に起きる。

 そして彼女が仕事の準備をしている間に朝食作りだ。


「今日はお味噌汁と、納豆にご飯……、あとお弁当用に作った卵焼きも添えてっと」

 お弁当にはウインナーも入れ、トマトにから揚げ。

 ブロッコリーは事前に味付けして作り置きしておいたものを入れるだけのちょっと手抜きなんだけど、めぐちゃんは朝から焼いたり炊いたりしてくれるなんて、といつも感激してくれてくすぐったい。

 作った料理たちをテーブルに並べたころ、すっかり着替えためぐちゃんがリビングに入ってくるので一緒に朝食。彼女を仕事に送り出したら洗濯機を回し、その間に掃除機をかける。


 細かいところの掃除や食材の買い出しは土日にまとめて一緒にするので、僕の仕事はここまでだ。


 僕の仕事はフリーのデザイナーなので、クライアントから依頼されたものをひたすら作っていく。とは言っても、直接依頼ではなく企業を挟むからその担当者さんからの指示メールを確認してお仕事開始。

 熱中するとすぐ時間を忘れて食事を抜いてしまうので、以前は気付いた時には貧血で立ち上がれない……なんてこともあったんだけど、めぐちゃんのお陰で朝晩はしっかり食べるようになったのでうっかり昼食を抜いても倒れるようなことはなくなった。


「これもめぐちゃん効果だな」


 ふふ、と思わず笑みが溢れる。

 彼女はいつも、任せっぱなしでごめんと謝ってくれるけど、僕にとってどれもいい効果しか発揮していないし満面の笑みで愛を伝えてくれる彼女にはついなんでもしてあげたくなっちゃうんだから仕方ないよね。


 仕事に一区切りをつけて時間を確認し、夕食の下ごしらえを開始。

 そのタイミングで僕はリビングのテレビ台の裏に見つからないように隠している箱を取り出した。


「今日は……うん、このもちもち美白マスクにしよう」

 中に入っているのは効果が様々なフェイスマスクたち。

 夜や休日にめぐちゃんとお遊びでする、面白柄入りのフェイスマスクではなく、某高級ブランドからドラッグストアで人気のものまで取り揃えている。

 その理由はもちろん、めぐちゃんがすりすりして気持ちよくなれるように、だ。


「めぐちゃんは気付いてないだろうなぁ」

 癒し効果があるのだとひっついてきてくれることが嬉しくて、表向きはめぐちゃんに付き合ってたまにパックしているように見せかけて、実際はこんな風にこそこそとスペシャルケアをしているということを……!


 きっと今日も頑張り屋さんの彼女は仕事に真っ直ぐ打ち込みへとへとになって帰ってくるのだろう。


(正直癒し効果があるとは思えないんだけど)

 けれど、そんな彼女が僕を見ると花のように笑顔を咲き誇らせてくれるから。


 だから今日も僕は、愛妻のためにスペシャルスキンケアを頑張るのである。

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