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4.二人のお家デート

「ねぇねぇ、いっくん!」

「どうかしたの、めぐちゃん」

 夕飯の後、私が洗った食器をせっせと拭いてくれているいっくんへと声をかける。


「明日、お家デートしない!?」

 これが私たちの定番デートの誘いだった。


 一緒に暮らしているのに何がお家デートだ、と思われそうではあるのだが、このお家デートは私たちが付き合っている時からの定番デートなのである。

 もちろん最初はのっぺらぼうのいっくんと気軽にお外へ行けないからこそはじめたことなのだが、今では逆にすっかりハマってしまい、私たちのお気に入りのデートになったのだ。

 どんなデートかと言うと──……


「じゃあ今日はドイツね」

「ちゃんと準備出来てるよ」

「やった! 私は動画サイト出してくるね」

 昨晩のうちに決めていた行先を確認し、事前に決めていた行先を動画サイトで検索する。

 一覧で出てきた中から街歩きをしているものと定点カメラの映像のどちらにするか迷い、私は街歩きを再生した。

 再生すると、配信者さんが現地の説明や建物の話をしながら歩き出す。


(ツアーに参加したみたいでいいかも)

 思ったより当たりだったとうきうきしていると、あつあつでとぐろを巻いたソーセージをお皿に乗せていっくんがリビングに入ってきた。


「やっぱりドイツといえばソーセージだよね」

「あとビール!」

 私もすぐにキッチンへいき、冷やしておいた缶ビールを二本持ってリビングに戻る。

 私と入れ違いに再びキッチンへ戻って何やら朝からいっくんが仕込んでくれていたキャベツとじゃがいも料理を大皿に入れた持ってくる。


「ザワークラウトとジャーマンポテトも作ってみたんだ」

「すごい! もうどこからどう見てもここはドイツだわ!」

「うん、思い込みって大事だよね」

 私でも知っているドイツの料理たち、テレビを見ればドイツの街並み案内動画。

 美味しいものを食べながらツアーに参加している気分を満喫しつつ、ここに行きたいだのあそこが面白そうだのを話合う。


 これが簡単に海外旅行の気分を味わえる私たちの定番なのだ。


 味付けが普段いっくんが作ってくれる料理たちより少し濃いのか、ビールが進む。

 明日は休日ということもあり、気付けば缶ビールを三缶もあけていた。

 さっきの動画はとっくに終わり、今は最終候補だった定点カメラの映像を流しつつまったりとのんびり過ごしている。


(もう一杯くらいいいわよね?)


「私、追加のビール持ってくるけどいっくんも──」

「……ごめんね」

「え?」

 唐突にいっくんに謝られ、私は思わず怪訝な顔をした。


「デートなんて言いながら、ただ動画を見るだけで」

 缶ビールのふちに口がありそうな部分をつけながらぼぞぼぞと呟くようにそうこぼすいっくんに、私は慌てて机を見た。

 空いた缶は……七缶。いつの間に!


「動画以外に料理もあるでしょ?」

「でも、本場の料理には勝てないし」

「本場の料理はいっくんが作ってくれるわけじゃないし、私はいっくんの料理の方が好きよ」

「でもでもやっぱり空気感とかさ」

「いらないいらない、日本で十分!」

「でもでもでもっ」


(駄々っ子タイム……!)

 どうやら完全に酔っぱらっているのだろう。

 余裕をなくし弱音を吐くいっくんは正直可愛い。だってこれらの弱音はすべて私が好きだから出るものなのだ。


 だがしかしなるべく早くキッチンへ水を取りに行き、落ち着いて貰わねばならない。

 そうしなければ、明日羞恥でいっくんが布団から出てこなくなってしまう!


 焦った私は慌てていっくんの前にしゃがみ込みいじいじしている両手を缶ごと握る。

 あわよくばこの八缶目の缶も回収したい──あ、もうほとんど空じゃん。


「落ち着いて。海外旅行に本当に行きたいなら、そもそもこんな『風』で楽しまない」

 じっと見つめ、そう声をかける。


「というか私の仕事が忙しくて、海外旅行に行く時間が取れない」

「それは……」

「それに、私はいっくんと全力で楽しめることがしたいの。それはどこかに出かけることじゃなく、いっくんと時間を共有したいってことよ」

「めぐちゃん……」


 言いくるめが成功……ではなく、私の想いが伝わったのか、感動したように顔全体を紅潮させた。

 まぁ、半分以上アルコールで赤くなっているのだが。

 そしてここで、畳み掛けるように私はスマホを操作し、近くでやっているお祭り情報を検索する。

 運よくヒットしたのは、隣町でやっている花火大会だった。


「なかなか出かけられないことが引け目になってるなら、今度このお祭り行ってみない?」

「お祭り……? お祭りなら、妖怪もコスプレって思ってもらえるという希望的観測からの発言……?」

「違う違う、なんでそんなに饒舌なのよ。そうじゃなくて、ほら、お祭りの定番、あるじゃない」

 普段は聞き手に回ることの多いいっくんの発言に苦笑しつつ、私はピンッと指を立てた。


「お面! それなら顔全体が隠れるし、不自然じゃないわ。帽子もサングラスもマスクもいらない。堂々と手を繋いでデートに行こう?」

「めぐちゃん……!」

「いっくんの食べるスピードなら、こっそりお面の隙間から入れれば屋台も楽しめるし、花火が始まればみんな空を見上げるし。私たちにピッタリ!」


 海外旅行を映像で済ますという究極のお家デートを発案したのは私だ。

 それもこれも私自身が出不精なだけで、決していっくんと行けないからじゃない。


 でも、愛しい夫があまりお外デートに連れていけないと悩んでいるなら話は別だ。


(それにいっくんと見るなら花火もきっと楽しいし)


 にこにこと提案する私に納得したのか、感極まった声を出したいっくんがこくりと小さく頷いて持っていた缶ビールを置く。

 そして私の手を引き強く抱き締めた。


「……ね、片付けは明日にして今日はもうこのままベッドに行かない?」

「それって」

 甘く囁かれるその言葉にドキンと胸が高鳴る。

 そして誘われるように頷くと、すぐに彼に手を引かれ寝室へと入り──……


「ま、そうよね」

 おやすみ三秒とはこの事か。


 横になった瞬間に寝落ちしたいっくんに思わず呆れた笑いが溢れてしまう。

 きっと彼は明日の朝、酷い二日酔いと、そしてどれだけ飲んでも決して記憶だけは失わないために自身の発言の数々、そして最後にベッドで寝落ちしたところまで思い出して頭を抱えるのだろう。


「仕方ないから、私は洗い物でもしてこよっと」

 更にそこへこびりついて取れないお皿の汚れという悪夢を足さないよう、私はこっそりリビングへと戻ったのだった。

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