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3.お買い物に行こう

 それはとある平日。

 私の持っていた案件が一区切りし、また最近の残業がかなり多かったこともあり、平日だが思い切って有給を取得した日のことだった。


(いつもは働いている時間に家でのんびりしてるのってちょっと贅沢かも!)

 なんてわくわくしながらテレビをつけてみるが、普段この時間にテレビなんて観ることがないため何がやっているのかさっぱりわからない。

 適当にチャンネルを回してみるもののほとんどがテレビ通販だった。


「なら家事を……!」

 なんて思って部屋を見回すが、いっくんがこまめに掃除をしてくれているお陰でとてもきれいな状態だった。

 ちなみの朝ご飯はいつもと同じ時間に起きたいっくんが作ってくれており、しかもいつものルーティンなのだろう、洗濯もすでに終えている。

 そして朝のアレコレを終えたいっくんはというと、現在は書斎にこもって仕事中だ。


「料理はいっくんがもう作り置きも晩ご飯の仕込みもしてくれていたのよね」

 チラッと覗いた冷蔵庫には小分けにされたタッパーに日付と料理名が書かれたマスキングテープが貼られ、整理整頓されている。しかも私の好物ばかり。

 この芸術とも思える神聖空間=冷蔵庫に、私という手を加えるべきではないだろう。

 美味しそうすぎて食べてしまう。


(食べても怒らないだろうけど)

 むしろそれどころか、「美味しかった?」「また作るね」とにこにこ言いそう。

 流石にそれは私の罪悪感が半端ないので却下である。


 だが何もしないでこの折角の休みを過ごすことが憚られた私は、なんとかやることをひねり出しお買い物へと行くことにした。

 所謂買い置きである。


(スーパーにでも行って安い食材をなんかいっぱい冷蔵庫に入れておけばいっくんがいい感じに料理してくれるし!)

 この完全なるいっくんありきの発想、夫からすれば一周回って迷惑かもしれないが、だが残念ながら私にはこれ以上なにも思いつかなかったので仕方ない。


「それにひとりでお出かけしても楽しくないし」


 いっくんと出会う前は、割とひとりで何でもするタイプだった。

 いっくんと出会う前に付き合っていた人にも、ひとりでどこにでも行ってしまうために「俺いる?」なんて聞かれたことがあるほど。

 でもいっくんと出会ってからは、彼と過ごす時間の居心地がよすぎて今こんな感じになってしまったのだ。


 なんとなくさみしくなってしまった私は、そんな気持ちを振り払うようにいそいそと買い物バックにお財布とスマホを入れて書斎に顔を出した。


「食材の買い出し行ってくるね! なにか欲しいもの、ある?」

 私の声掛けに、パソコン画面にかじりつくようにしていたいっくんがパッと顔を上げる。

 そんなにパソコン画面に顔を近づけていたら目が悪くなりそうだが、目のないのっぺらぼうでも視力が悪くなる、ということは起こるのだろうか。


 新しい謎に私が首を傾げていると、仕事中のはずのいっくんが思い切り伸びをして立ち上がった。


「買い出し、僕も行くよ」

「え!?」

「めぐちゃんひとりじゃ重いでしょ、それい丁度息抜きしたかったしね」

 聞き心地のいい優しい声が耳に響き、じわりと胸の奥が熱くなる。


(荷物が重いって、スーパーではカートを使うし車で行くつもりなこと知ってるのに)


 車から玄関までの距離を心配したのか、それとも私のさみしいという気持ちに気付いたのか。

 流石、見た目年齢かつ人間世界向けの年齢27歳。ただし実年齢は27歳と816か月。合計は95歳なだけある。

 私の夫は最高である。


「すぐ準備するから待っててね」

 といういっくんの言葉に頷きつつ胸に込み上げる“好き”という感情ときゅんきゅんする心に耐えていると、すぐに準備を終えたいっくんが部屋に戻ってきた。

 深めの防止にサングラスとマスクの完全防備で。


「じゃ、行こうか!」

 明るく言ういっくんに頷く。


(もう慣れたけど)


 のっぺらぼうのいっくんは、お外へ出かける時は常にこの姿なのである。

 いっくんいわく、思ったよりもその辺に交じっているいるという妖怪たち。

 だが私たち人間はその事実に気付いていない。


 かく言う私も、いっくんと偶然出会わなければ妖怪なんて物語の向こうの存在だと思っていただろうが──


「どうかした?」

 一向に動かない私を不思議に思ったのか、いっくんが首を傾げてこちらを見る。

 そんな彼に私はにこりと口角を上げた。


(いっくんと出会った時の私は同棲していた彼に突然家を追い出されてどん底だったけど)

 でも、その結果いっくんと出会えたのだから。


「幸せだなぁって思ってただけ!」

 小走りで彼のところへ駆け寄りぎゅっと腕に抱きつくと、一瞬驚いたように息を詰める音が頭上から聞こえる。

 口はないが呼吸はしているようだ。


 そしてそんな彼の顔が全体的にぶわっと真っ赤に染まり、私の頬はますます緩む。


「出会ってくれて、……恋してくれてありがとう!」

「そんなの、僕の方こそだよ。そのままの僕を見つけてくれてありがとう、めぐちゃん」


 可愛い可愛い私の旦那さま。

 今日も私の愛おしいのっぺらぼうの夫への愛を実感しつつ、私たちはスーパーへ向かったのだった。

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