夫婦間に隠し事はない。
とは思うが、わからないことはある。
(いっくんって、どういう構造なんだろ……)
愛しい夫相手に『構造』なんて表現はどうなのかと自分でも思うが、だが気になるものは気になるのだ。
いっくんには顔がない。目も鼻もないし口もない。のっぺらぼうだから。
(でも、ご飯も食べるし会話もするし見えてるし匂いもわかるのよね)
私が柔軟剤を入れすぎた時は「うわっ!?」と驚いていたし、毎日ご飯も一緒に食べている。
私と話す時も、顔面がこちらを向いているということは私を見ているのだろう。
「服とか髪にメイクも褒めてくれるし、顔色が悪いとかもちゃんと気付いてくれるもの」
料理も上手く家事スキルも高い。
仕事も頑張っているのに晩御飯を作ってくれる上に、私の不調を見抜いておしゃれにも気付いてくれるスパダリなのだ。
間違いなく世界一格好いい。
……と、思考が脱線したことに気付いた私は慌てて顔を左右に振り、改めてキッチンに立っているいっくんへと視線を向ける。
(一瞬視線を外す合間にご飯食べきってるのよね)
この不思議を今日こそ突き止めようと心に決めた私は、ふきんでテーブルを拭きながらそう誓ったのだった。
「じゃあ食べようか」
「わぁ! 今日は角煮だぁ~!!」
ふわりと香る食欲をそそるいい香りに思わずお腹が鳴る。
そんな私にクスクスとどこからか笑いを溢したいっくんが、両手を合わせたのを見て私も手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます!」
ぷるんとした油が茶色く色づき、お箸で簡単に切り分けられるほど柔らかく煮込まれているお肉。
そのお肉を白ご飯の上に乗せるとじわりと染み込むタレ。そのタレが染み込んだ白ご飯ごと口に頬張ると、柔らかいお肉がとろけるようだった。
「美味しい~!」
思わず感嘆の声を漏らし、すぐまた次のお肉をご飯に乗せると、私の反応を見てホッとしたのかいっくんが嬉しそうな声で話す。
「めぐちゃんがいつもありがとうって買ってくれた圧力鍋のお陰だよ! 今までは炊飯器で作ってたけど、やっぱり圧力鍋はすごいよね」
「炊飯器で作った角煮も大好きだった、というか、いっくんが作ってくれるものは全部私の好物だもの」
「めぐちゃんってば、そんな可愛いこと言って」
「いっくんこそ!」
あはは、うふふと和やかな空気が流れ、この団欒の時間に幸福感を──って、いっくんの食事!
美味しい角煮と一緒に目的まで飲み込みかけていた私は、ハッとしていっくんを見る。
(いっくんも食べるわよね……!)
夫は先にサラダから食べるらしく、切ったトマトをお箸でつまみ、それを顔の前に持って行き……
ひゅんっ
「!?」
まるで高性能掃除機のような速度でトマトが顔に吸い込まれたのを見て目を見開く。
驚いている私には気付かず、今度はお味噌汁に手を伸ばし、お椀を口らへんへ近付け──
びゅんっ
「!!??」
お味噌汁を飲んでいるとは思えない勢いで消えた。
(ブラックホールと連結でもしているっていうの……!?)
唖然としている私の目の前で角煮をお箸で一口サイズに切り分けたいっくん。
その角煮も掃除機がブラックホールの二択だとしか思えない勢いで異空間へと消えた。
「ん? めぐちゃん、どうかした?」
「あ、その……、なんでもない……」
「そっか!」
ふふ、と響く笑い声に私も若干口を引きつらせつつ笑い返す。
きっとこの謎は解明されないのだろうと理解した。
「まあ、わからないものは仕方ないわよね!」
夕食を終えて洗い物を終わらせた私たち。
作ってくれてるのだから片付けは私がすると言ったこともあるのだが、めぐちゃんと一緒にしたいんだ、なんて百点満点の新婚会話を繰り出され結局一緒に片付けている。
そんな優しい旦那様のお陰で割と早い時間に今日すべきことを終えた私たちは、何気なくテレビをつけた。
私の仕事は残業が多く、日によって帰宅時間はまちまち。
そのため、毎週同じ時間に放送している連続ドラマなどはあまり観ず、観るのはバラエティ番組が多かった。
二人でリビングのソファに並びバラエティを観る。
丁度若手の芸人さんが学校の怪談にまつわるコントをしていて、あ、と思った。
「これ、いっくんみたいだね」
「へ?」
私の発言に首を傾げたいっくん。
表情で感情を伝えられない分、少しオーバーリアクション気味の彼のそのあざとい仕草が可愛らしい。
「口がないのに食べられるし、目がなくても見つめ合えてるでしょ?」
じっといっくんを見上げると、私の方に顔を向けていたいっくんの頬がじわりと赤くなる。
こういう初心なところもたまらない。
「それから香りがわかるし……、あと、表情はわからないけど私いっくんの感情ってなんとなくわかるから」
「めぐちゃん……!」
いっくんが表情以外の部分でオーバーリアクションだからということももちろんあるが、それ以上に彼の感情はよくわかる。
それはもちろん私が彼を愛していてそれだけよく見ているからだ。
(いっくんがいつも私の顔色とかに気付いてくれてるのと一緒よね)
そしてそんな私の気持ちが伝わったのか、感極まったように私の名前を呼んだいっくんがぎゅうっと私を抱きしめた。
「うふふ、ね、七不思議みたいでしょっ」
そんな彼を私も抱きしめつつそう伝えると、一瞬考え込んだいっくんが小さく吹き出す。
「現状四つしか不思議は出てないけどね」
「確かに? じゃあいっくんの四谷怪談にする」
「それはまた全然違う方向性の怪談になったなぁ……」
こんな中身のないくだらない会話も楽しめるのは、きっと私たちがお互いを大事に想っているからなのだろう。
愛というのは偉大なのである。
「ね、夏になったらどこかのお化け屋敷行かない?」
「えー、怖いとこ怖いよ……」
「大丈夫! 私が守ってあげるから!」
「めぐちゃん、格好いい……!」
夏になれば夏の風物詩を楽しみ、秋は一緒に美味しいものを沢山食べたい。
冬は寒いからいつもより長く布団にふたりでくるまって。
(これからもずっと)
色んな季節を彼と過ごしたい。
そんな彼と出会え、こうして結婚し一緒に入れる毎日が一番不思議だとそんなことを考えたのだった。