VTuber。それは、不特定多数の心を動かし、夢や生きる希望を与える、キラキラと輝いたもの。
虜になってしまえば、それは沼にハマるように『好き』で溢れ、抜け出すことは出来ないだろう。
そんなVTuberの虜になってしまった、俺、
それも全て
「アオイーっ!!」
画面の奥で、愛らしい笑みを浮かべる彼女の名は、『
声だけでもご飯3杯はいける。お淑やかでありながらも、パワーを貰えるような声──世界遺産に認定されてもおかしくないだろう。
『──それじゃあ配信を終わるね。ばいば〜い!』
もうそんな時間か。俺はそう思い、机の上でカチカチ動く時計に視線を落とした。
短い針は『11』を過ぎていた。
配信が終わると、部屋は静寂に包まれる。その途端、胸の内からとてつもない孤独感が溢れ出す。
自分自身でその感情に気づく時が一番苦しい。
「っくそぉ〜!!」
俺は誤魔化す為に近所迷惑にならないくらいの声で叫んだ。
大丈夫。両親は仕事でまだ家には居ない。そう思っていると、扉がノックされた。そして俺が返事する前に開かれた。
「──こんな夜中に何を叫んでいるの。うるさいからやめて」
隣の部屋の姉さん……瑠璃さんがわざわざ怒りに来たようだ。彼女は両親の再婚で姉になった人なのだが、棘を帯びていて少し近寄り難い。
「ごめん……。でも姉さん部屋で叫んでるじゃん。確か配信でホラーゲームしてて、発狂──」
「うるさい!とにかくもう遅いから寝て」
そう言って扉を強く閉められてしまった。
姉さんは俺より2つ年上で、高校3年生だ。昨年から配信者をしているらしいが、「細かいことは話したくない」の一点張りで、両親もそれ以上は踏み込まないでいた。
昨年と言えば『アオイ』も配信を始めた年だ。個人勢でチャンネル登録者10万人を叩き出した彼女は、姉さんなんかよりもずっと凄い。
「姉さんも配信見たら絶対に虜になると思うんだけどなぁ」
俺の呟いた言葉は、水に溶けた絵の具のように静かに消えていった。
◆
次の日の夕飯時。
「やっぱりお義母さんの作る料理は絶品だよ〜」
「うふふ。隼人くんったら、毎日言ってくれて嬉しいわ」
お義母さんこと、
あの人の作る料理は毎日美味しい。だから言葉にして伝えているが、お世辞と思われていないだろうか……。
「大好きな料理で、大切な人に美味しいって言って貰えることが、生きてて一番嬉しい事だわ」
心配無用のようだ。嬉しさ故か、お義母さんは鼻歌を交えて仕事に向かう準備をしている。
看護師のお義母さんは週に2回ほど夜勤で夜遅くなるのだが、今日もその日のようだ。
「それじゃあ、言ってくるわね。洗い物頼んでいいかしら」
「もちろん。いつも美味しいご飯を食べさせてもらっているから、これくらいはするよ」
「うふふ、ありがと。行ってきます」
「行ってらっしゃい。仕事、頑張って」
お義母さんは「ありがと」と言って、玄関の方へ消えていった。
少し間を開けて、玄関の方から足音が聞こえた。
「ただいま……」
姉さんだ。……いつもより元気が無い?
「おかえり。お義母さんがハンバーグ作って行ったけれど、食べる?」
「お腹空いてないからいらない」
弱々しい声でそう言うと、顔を俯かせて自室に入っていった。
その日『アオイ』の配信は延期となってしまった。
今日は個人的に好きな、ホラーゲーム配信の予定だったので、無くなって寂しく思う。
今日の姉さん、様子がおかしい。
キッチンの流し台に置いてあった食器を洗いながらふと思う。
だってあの人はお義母さんのハンバーグを、こよなく愛していると言うのに、今日は一口も食べずに部屋に入ってしまったのだ。
今日、何か嫌なことがあったのかな──自分で考えても答えは出ないので、『アオイ』の過去の配信を見てから寝ることにした。
◆
次の日の昼休み。
「なんか寂しそうだね」
屋上のベンチに腰かけて、一人寂しく弁当を食べていると、親友の
幼稚園に入園した時からずっと同じクラスなので、彼女とは10年以上の仲になる。
「よく分かったな」
「当たり前じゃん!私が隼人の事を誰よりも知ってるんだから」
「嘘つけ」
「隼人の初恋は──!」
「おいおい、黙れ!」
俺は屋上に居る生徒全員に恥を晒すところだったが、夏鈴の口を抑える事で何とか最悪の事態は免れた。
「んー!んー!」
夏鈴は変な声を出して、必死にもがいている。
俺はコイツがどういう人間かを痛いほど知っている。
いつでも俺の隙を虎視眈々と狙っているという事を──
「また言おうとしたら、もう一回口を塞ぐからな?」
「
なら仕方がない。コイツの口から手を離すと、俺の手が唾液で濡れていることに気づいた。
「うわっ、なんでこんなに濡れてんだよ」
「喋った時に、ねっ?」
「ねっ?じゃねーよ。可愛く言っても、無駄だからな。……手を洗ってくる」
「私の見えないところだったら、私の唾液を堪能してもいいんだよ?」
「死ね」
「そういうところだよ。隼人のダメなところ」
「はいはーい」
俺は適当に流して屋上から立ち去った。
夏鈴は男子から絶大な人気を集めているが、俺にはよく分からない。たとえ可愛い子からだとしも、手を唾液で濡らされるのは面白くないだろう。(そういう事に喜びを感じる人も居るらしいのだが……)
そんな事よりも早くてを洗おう。俺は早足で階段を駆け下りた。