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Soul Link-見習い聖女と最強戦士-
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Aihey
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年04月15日
公開日
4.4万字
連載中
魂はひとつの体にふたつ―― これは、“祈る者”と“戦う者”がひとつになって綴る、奇跡の物語。 争いを嫌う、聖女見習いの少女《エレナ》。 剣と戦術に長けた、記憶を失った最強戦士《エレン》。 正反対の2人は、ひとつの肉体で共に生きていた。 禁足地へと旅立つ事になった彼女達は世界を巡る。 【作者の言葉】 はじめまして! SoulLinkを読んで頂き、ありがとうございます! この小説は自分が勢いのみで書いてるものになってます! なので明確に何時に載せるとかは無いのですが、できるだけ毎日載せられるよう頑張ります!

第1話 ふたつの魂

朝露に濡れた草葉がきらめく頃、鳥たちの軽やかなさえずりが、夜のしじまから目覚めたばかりの澄んだ空へと吸い込まれていく。それに呼応するように――鐘が鳴った。


低く、けれどどこまでも力強く、空の高みまで朗々と響き渡るその荘厳な音色は、今日もまた、ベルノ王国の一日が厳かに始まったことを告げる合図。この鐘は、王国の揺るぎない象徴。同時に、途絶えることのない平和の訪れを民へと伝える“祈りの音”なのだ。


私は――その清らかな鐘の音を、静かな祈りで迎える者。陽光を溶かし込んだような金色の髪に、深く澄んだ碧い瞳。


聖女としての崇高な使命を受け継ぎながらも、まだその任に就いて日の浅い見習いの身。


傷つき、病に伏せる人々を癒す力をその身に宿しながらも、今はまだ、ただひたすらに祈ることしかできない、ひとりの少女。


けれど私は、このか細い手にできることを一つひとつ――心の奥底から湧き出る真摯な想いを信じて、今日も祈り続けていた。世界が優しさで満たされるように、と。


その時だった。


「エレナ様っ!!」


バンッ!! と、まるで何かに追われるかのように。

教会の重厚な樫の扉が凄まじい勢いで開け放たれ、息を切らした男性が聖堂の中へと転がるように駆け込んできた。


乱暴に開かれた扉が石造りの壁に激しく打ちつけられ、低く鈍い残響が静謐な空間に不吉に響き渡る。私は驚いて顔を上げ、声の主の姿を認める。

額に脂汗を滲ませ、肩で荒い息を繰り返すその男性は、まるでこの世の終わりでも見たかのように恐怖に目を見開いていた。


その瞳は、何か得体の知れないものへの怯えに揺れている。


「こんにちは。本日も、素晴らしいお天気ですね。……何か、お困りごとでしょうか?」


私は静かに立ち上がり、努めて穏やかな微笑みを浮かべて声をかける。

ほんのわずかでも、彼の魂を覆う不安の影を和らげることができれば、という切なる願いを込めて。


「ゆ、昨晩……! この、本当にすぐ近くの森に、グールが出たんです!!」


グール――それは、 人の生肉を喰らう恐ろしい魔物。


成人男性とほぼ同じほどの体格を持ち、緑色の粘液に覆われたぬめりのある肌に、鉄をも引き裂く鋭い爪と牙を隠し持つ。

かつては人であったかもしれないその姿を歪に模しながらも、もはや慈悲も理性も、一切の感情を持たぬ異形の怪物。


このベルノ王国でグールが現れるなどということは、本来、万に一つも有り得ないはずだった。

なぜなら、王国には精強無比を謳われる騎士団が常に王都と主要な街道を警邏しており、いかなる魔物の侵入も、国境線で徹底的に防がれているはずだからだ。


「グール……でございますか。冒険者ギルドには、すでにご連絡を?」


「し、しましたとも! もちろんです! でも……何というか、ギルドの方たちの話では、どうも様子がおかしいようなんです! 討伐隊が出たというのに、奴らの痕跡がほとんど見当たらなくて、まるで……まるで、霧か霞のように消えてしまったみたいで……!」


男性の声には、隠しようもないほどの明らかな動揺が滲んでいた。



これは、ただのグールではないのかもしれな

い。


突然変異によって異常な力を得た個体か、あるいは狡猾な知性を身につけた稀少種か――いずれにしても、途轍もなく厄介な存在であることに疑いの余地はない。


「だから……どうか、エレンに……エレン殿に頼んでいただけないでしょうか! ギルドに正式な依頼を出すよりも、教会を通じてエレン殿にお願いした方が、ずっと早く、そして確実だって、街の者たちも皆そう言っておりまして……! どうか、お願いでございます……!」


“エレン”――その名を耳にした瞬間、私はそっと一度、瞼を伏せた。彼の名は、この王都でも知らぬ者はいないだろう。

冒険者ギルドが誇る、数少ないS級冒険者の一人。魔法こそが力の主流とされるこの世界において、ただ一振りの剣のみを頼りに、数多の凶悪な魔物を打ち倒してきた、謎多き孤高の剣士。


その圧倒的な強さと寡黙さゆえに、街の人々の間では畏敬と興味の入り混じった噂話の種になることも少なくない。


けれど、エレンは、人々が認識しているような、ただの腕利きの戦士ではない。


私と――このひとつの身体を分かち合い、永劫とも思える時間を共に生きている、もうひとりの魂。


(また、直接依頼か。)


その時、私の意識の奥深く、まるで水底から響いてくるかのように、もうひとつの声が静かに、けれどはっきりと響いた――エレンの声。彼の声は、いつも落ち着いていて、それでいてどこか温かい。


(最近、ギルドに話を通すより、こうして教会に直接お願いに来る人が増えてきた気がするなぁ)


(仕方あるまい。魔物の被害は日増しに深刻化している。人々は、藁にもすがる思いで、より確かな救いを求めているのだろう。我らがそれに応えられるのであれば、それに越したことはない)


(ふふ……そうだね。その分、私たちが誰かの役に立てるのなら、それはとっても素敵なことだもんね)


「……わかりました。そのお話、確かにエレンに伝えておきます」


私が静かにそう告げると、男性は心の底から安堵したように大きく息を吐き、そして深々と頭を下げた。その額からは、未だ汗が滴り落ちている。


「あ、ありがとうございます……! 本当に、助かります……! もうすぐ、孫が生まれるんです……だから、どうしても不安で、夜も眠れなくて……」


私は、感謝の言葉を何度も繰り返しながら教会を後にする彼の背中を、しばらくの間、祈るような気持ちで見つめていた。


***


日が傾き、空が茜色に染まる頃。

冒険者ギルドの中は、いつにも増して多くの人々でごった返していた。

酒場としても機能しているこの場所は、昼夜を問わず、活気と喧騒、そして麦酒の匂いに満ち溢れている。


屈強な戦士たちが豪快にジョッキを呷り、魔導師らしきローブの者たちが真剣な面持ちで依頼書に目を通し、弓使いや盗賊風の者たちが仲間と次の冒険の計画を練っている。


(うーん……やっぱり、今日もここはお酒の匂いが強いなぁ。ちょっとクラクラしちゃうかも)


(贅沢な悩みだな。)


エレンが、どこか羨むような、それでいて少し拗ねたような響きで応じる。


(も、もう少しだけ待っててね、エレン! 私がちゃんと“お酒を飲める歳”になったら、飲ませてあげるから…。)


(……ふっ。それは楽しみにしておこう。)


私たちは、ひとつの身体にふたつの魂を宿す、特異な存在。

陽の光が世界を照らす昼の間は、聖女見習いとしての私――エレナが。


そして、月と星々が夜空を支配する夜の間は、もうひとりの私――孤高の剣士・エレンが、この身体の主導権を握る。

互いの存在を深く理解し、尊重し合いながら――

たったひとつの、かけがえのない命を、ふたりで大切に生きている。

受付カウンターへと向かうと、いつもと変わらぬ快活な笑顔を浮かべた茶髪の女性が、こちらに気づいて声をかけてくれた。

彼女はギルドの看板娘で、その明るさで多くの冒険者から慕われている。


「あら、エレナさん! ようこそ、冒険者ギルドへ! 今日はどうしたんですか? 」


「昨晩、この街のすぐ近くでグールが出たと聞きました。その詳細について、お伺いできますでしょうか?」


私が用件を静かに告げると、受付嬢の親しみやすい笑顔が一瞬にして引き締まり、プロフェッショナルな表情へと変わる。


「ええ……そうなんです。騎士団の方々も早朝から警戒態勢を敷いて捜索に出ているのですが今のところ、まったく姿が確認できていなくて……目撃情報すらほとんどないみたいで…。」


彼女は少し声を潜め、心配そうに眉を寄せる。


「腕利きの冒険者の方たちも何組か捜索に協力してくださっているのですが、今のところ、これといった成果はありません。まるで、最初から何もいなかったみたいに、痕跡が綺麗さっぱり消え失せていると報告がありますね。」


(……ほう。騎士団と複数の冒険者チームが動いて、それでも痕跡すら見つけられぬとはな。よほど慎重に行動する手合いか、あるいは、我々が思う以上に知能の高い個体である可能性も考慮すべきか)


エレンが冷静に状況を分析する。彼の言葉には、微かな緊張感が漂っていた。


(騎士団の人たちって……街の外れにある古い下水道とか、そういう場所もちゃんと見てくれてるのかなぁ? グールって、暗くてジメジメしたところが好きだって、本で読んだことがあるんだけど……)


私が純粋な疑問を口にする。


(さて、どうだろうな。あの者たちは、己の鎧が汚れることや、体面を気にすることを優先する傾向がある。泥や汚臭に塗れるような場所の捜索は、後回しにするか、あるいは最初から視野に入れていない可能性すらある。過度な期待は禁物と見るべきだろう)


エレンの言葉には、騎士団に対する若干の不信感が滲んでいた。

私は内心で苦笑しつつ、小さく頷く。エレンの言うことにも一理あるのかもしれない。


「……承知いたしました。その件、確かに“エレン”に伝え、引き受けてもらうようにいたします」


私がそう告げると、受付嬢の顔が、まるで暗闇に光が差し込んだかのように、ぱっと明るくなった。


「本当!? ああ、助かるわ! さすがエレンさんね!」


彼女は心底ほっとしたように胸を撫で下ろし、それから何かを思い出したように、少し声を潜めて私に囁いた。


「エレンさんに……どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。いつもいつも、ギルドからの正式な報酬もないのに、こうして街のために無償で危険な依頼を受けてくださって、本当に、本当に感謝していますって……ギルドマスターも、いつもそう仰っております。」


「……はい。必ず、エレンに伝えます。きっと、彼も……喜んでくれると思いますよ」


(……ふむ。……感謝の言葉か。悪くない響きだ)


エレンの声が、どこか微かに、けれど確かに満足そうに響いた。その声音には、普段の彼からはあまり感じられない柔らかな響きが混じっているような気がした。

その声を聞いて、私は知らず知らずのうちに、自然と優しい微笑みを浮かべていた。


やがて、西の空が深紅から藍へとその色を変え、一番星が瞬き始める頃。夜の帳が完全に地上を覆い尽くせば、この身体は、もうひとりの私――エレンへと託される。


“祈る者”と“戦う者”。

聖女と剣士。

ふたつの魂は、ひとつの命を共有し、そして――大切なものを守るために。

今日もまた、私たちは、それぞれの使命を胸に、静かに、しかし確かな一歩を、未来へと踏み出していく。


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