インドの攻略成功という報告が届いた時、伊藤博文は思わず顔をほころばせた。彼の目の前に広がる未来に、確かな光が差し込んだように感じられた。勝海舟や西郷隆盛の尽力により、大日本帝国は着実に力をつけていた。そして、インドという巨大な領土がその支配下に加わった今、その影響力は一層強く、広がった。しかし、そこにあった喜びの裏には、思わぬ重圧も待ち受けていた。
「これからも連携を深めていく必要があるな」と、伊藤はつぶやきながら、机の上に置かれた報告書に目を落とした。
だが、心の中には次第に、重く圧し掛かる課題が浮かんできた。インドを守るためには、もう一つ、広大な領土を支配し、守り続けなければならないのだ。西はインド、東はアメリカ、そしてその間の広大な海洋――。これらすべてを守りきることは容易ではない。
伊藤は思い悩んだ。かつて勝海舟や西郷隆盛が成し遂げた戦果を思うと、どうしても彼らに感謝の意を示したい。しかし、そのためにはどうすれば良いのか、伊藤にはその答えが見つからなかった。経済を回して、帝国の力をさらに強化することか? それとも、彼らに休息を与えるべきだろうか? だが、彼らは軍人だ。戦場での栄光こそが生き甲斐であり、休息などかえって煩わしいのではないか――。そんな思いが、伊藤をさらに迷わせた。
悩む伊藤をよそに、執務室にひっそりと足音が響いた。気づかぬうちに、側近が入ってきていた。その気配に伊藤は顔を上げ、目を細めた。
「これは、あくまでも噂なのですが、ロシア帝国が南下してくるという話がちらほら聞こえます。『火のないところに煙は立たぬ』という言葉があるように、もしもの時に備えて、対策を考えた方が良いかと思いまして」と、側近が低い声で報告した。
伊藤はその言葉を一瞬考え込んだ後、冷静に答えた。「ロシアが南下? それがどうした?」と、少し苦笑しながら言った。
「以前のクリミア戦争で敗北しているじゃないか。何度も同じことを繰り返すのか?」
伊藤は心の中でロシア帝国の動きを軽視していた。しかし、側近は言葉を続けた。「いえ、今回は少し事情が違います。噂によれば、ターゲットはオホーツク海の辺りだというのです」
その言葉を聞いて、伊藤の顔色が変わった。彼は即座に背筋を伸ばし、眉をひそめた。
「オホーツク海だと? それじゃあ、これはただの噂では済まされない。もしや、我が国に直接関わる問題なのか?」
「ええ、そうです。ロシア帝国は不凍港を求めていると言われており、そのためには北海道を手に入れたいと考えているのかもしれません。つまり、我が国の領土がその目的に直結しているというわけです」と、側近は真剣な面持ちで続けた。
伊藤はその言葉を反芻し、次第に現実の重さが肩にのしかかってきた。彼の心に浮かぶのは、ロシア帝国の海軍の強大さと、それに対する自国の防衛体制の脆弱さだった。大日本帝国の海軍の主力は現在、インドに向かっている。勝海舟もその指揮を取っている。しかし、北海道を守るためには、今のままでは足りない。もし、ロシアが本気で南下してくれば、どう対抗すれば良いのか――。
その時、突然、執務室の扉が静かに開き、思いもよらぬ人物が姿を現した。それは、坂本龍馬だった。
「伊藤首相、どうやらお困りのようですね。自分に一つ案があります」と、坂本龍馬はにやりと笑いながら言った。
その登場に、伊藤の驚きの表情は一瞬で消え、彼は目を細めた。「坂本龍馬……お前もこんな時に現れるとは、さすがだな。さて、どんな案があるのか、話してみろ」
坂本龍馬は少し間をおいてから、真剣な表情で続けた。「ロシアが南下してきた場合、我々が一歩先を行くためには、今から準備を進めておくことが必要です。兵力だけでなく、情報戦にも力を入れるべきです。そして、何よりも――」
その後、坂本龍馬が語った案は、伊藤にとって思いもよらぬ斬新なものだった。