ちょうどいい温度になってきた茶を啜る。
シイが不慣れな手つきで猫と戯れている。
その光景を眺めているうちに、侃爾はふと思い出したことを訊いた。
「お前、両親はどうした。村にいたときは健在だっただろう」
は、はあ……と狼狽えるシイ。
「よ、四年に前に、どちらも流行り病で、……な、亡くなりました」
「――四年前、というとお前が十四の時にか?」
「はい……」
「それから一人で生活してたのか?」
「は、はあ……」
侃爾は瞠目した。目前にいる神経衰弱者が、自分よりも二つ下の女が、とうの昔に自立していたことが信じられなかった。一体どうやって生活していたというのだ。
そんな侃爾の疑問を察したのか、シイは「親から、仕事を引き継いでいたので……」と口をもごもごさせた。以前聞いた、螺鈿細工というもののことか。
湯呑の中身を飲み干し、猫とシイに見送られて家路についた。
途中、小間物屋に寄り螺鈿の装飾の施された櫛を見て感嘆した。細かい貝片で形作られた花や動物の模様が、角度を帰るたび七色に変化して美しい。まさに芸術品だった。
「贈り物ですか?」
店員に曖昧な返事をして店を出た。
そしてアーク灯の下を歩きながら、シイの四年間に渡る孤独な暮らしについて想像を巡らせた。
何んとも言えない溜息が、空気中に白く残った。
六畳と四畳を仕切る障子が僅かに空いている。時折そこから三毛猫が、まるで侃爾の挙動を監視するように覗きに来る。火鉢を傍に置いて暖を取り、ちゃぶ台に教材を広げたまま、侃爾は本を読んでいた。最近出版された推理小説だ。放課後にシイの家を訪れたまま、吊りランプが必要になる時間まで滞在してしまっている。
読み始めると集中が切れるまで読み更けてしまうのは悪い癖だ。しかしそんな侃爾を放っておく家主も悪い、と責任転嫁をしてから、侃爾はふと気付いた。
四畳間が夕闇に沈んでいる。
薄暗闇に染みている静寂には、まるで活動の気配が無い。
部屋から出てきた猫の目が電灯のように光っている。
「――今日こそ眠ってしまったか」
本を置いて立ち上がり、猫に尋ねても返事は無い。そろりそろりと近付いて障子の隙間に顔を寄せると中はやはり真っ暗で、しかしこちらの部屋のランプの光が差し込み、丸くなった女の背中が見えた。
「おい」