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EXTRA 屍ノ始マリ

曇天の下。シャベルで土を掘る。先ががつん、と何かにあたる感覚があった。がいはある程度掘り返してから両手で土をかき分ける。まだ埋められたばかりらしい真新しい木製の棺が出てきたので固く閉じられた蓋を開く。合掌をしてから中を拝見する。


(……遺体がまだ新しい。比較的外傷もないようだ)


骸は頷き、喪服を着たままの遺体の口元に腕を持っていき手首を爪で傷つけて出血させる。傷口から血が滴り、遺体の顔にかかって染みのような黒い汚れをつくる。


(さて。このくらいで一旦様子を見ましょうかね)


骸はしばらく遺体の口元に血を流しこんでから立ち上がって棺から離れた。とんとん……と指で太もものあたりを叩いてゆっくり数をかぞえ10までカウントするかしないかのうちに棺の中で動きがあった。


「……おはようございます。尸和己さんですね?」

「あ、あんたが……お、俺を、生き返らせたのか。どうして……そのまま、静かに眠らせてくれなかったんだ」


棺の中の和己は白濁した瞳と青白い顔で骸を見上げ、強く睨む。


「まあまあ、落ち着いてください。まだ屍人として覚醒したばかりですし体が非常に不安定ですから」

「屍、人……?」

「はい。あなたのように僕の血を飲んで生き返った人たちをそう呼んでます。ああそうだ。和己さんは何かお好きな動物とか植物とかはありますか?」


骸が地面にしゃがみこみ、和己に問いかける。


「いや……黒い色は好き、だが他は特に」

「あら、そうですか。では……うん。あれにしましょうか」


骸は周囲をきょろきょろと見回し、近くの木に止まっている1匹の蝙蝠を見つける。


「今日から君は……屍蝙蝠です。僕と一緒に仲間を増やすお手伝いをお願いできますか」


骸はそう言って和己のほうに手を差し出す。和己が差し出された手を握ると体の奥のほうでざわりと何かが蠢く。背中のほうがむず痒い。喉が無性に渇く。


「あんた俺に……何をした」

「たった今、屍人に加えて蝙蝠の能力を与えました。そういえば奥さんと娘さんがいらっしゃるんですよね?久しぶりに会いに行かれたらいかがですか」


骸は苦しげに表情を歪める和己に一方的に言うと手を離し、和己の自宅のある方角を指で指し示す。再びざわりと和己の体が蠢く。骸の言葉に導かれるように和己の背中から巨大な蝙蝠の翼が広がり、痩せた体を空へと持ち上げる。


「…………行ってくる」

「お気をつけて。何かあったら遠慮なく頼ってくださいね」


骸は飛び去った和己の後ろ姿を見送りながら呟き、にっこり笑った。



あの時僕が手を離さなければ、君は死ななかったのかもしれない。最期に屋上のフェンス越しに見た顔は笑っていたがとても悲しそうだった。


君が死んで数日の間。僕は朝、家を出て学校には向かわず近所の公園に行っては毎日暇をつぶしていた。親には運良くバレなかった。


そんなある日の夕方。僕がいつものように公園から帰って自分の部屋に入ると君がいた。黒くて大きな狼の姿で、屍人になって。


「君……もしかして、紘子なのかい」


僕は狼の太い筋肉質の首に通っている学校指定の紺色のスカーフが巻かれているのに気づく。狼が「そうだ」というように小さく頷いた。


「…………会いたかった。ずっと君を待ってたんだ」


僕が抱きしめると狼は少し迷惑そうな表情をして唸る。黒く柔らかな毛からは湿った土と雨の匂いがした。

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