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第20話 親子

 長閑な田舎道を鼻歌交じりに歩く吉田村長、愛、猫野瀬の三人。

 そして、その後ろに続く巨大な入道のような怒真利と30人もの迷彩服の男たち。

 異様といえばこれほどまでに異様な光景はそうそう見つからないだろう。


 しかし誰もそんなことは思わない。

 第一師団の者たちにしてみれば地方の村や町に応援に行くことも多いので、これは割と見慣れた光景であり、愛たちにしてもそのことを知っているので気にならない。

 問題は村長が何の抵抗もなくこの状況を受け入れていることであるが、そもそも退魔隊のことを知ったのが一週間ほど前のことなので、愛たちの仲間のいかつい迷彩服の集団が村に来た程度の認識しかなかった。

 いや、”いかつい迷彩服の集団”というのがすでにヤバさしか感じないのだが……。


 まあ、政府としての立ち位置でいえば、この中では村長が実は一番上に位置しているので、階級を重んじる彼らにしてみれば愛や怒真利以上の上官にあたると言えなくもないのである。



 しばらく歩くと目的の畑が見えてきた。

 武流の家から南に1キロほどの場所に山田家の畑があった。

 手前には立派に青々とした白菜が植わっており、その少し奥には大きく実ったナスが実をつけている。


 季節感?

 月の世界となって以降、日本からは四季が失われており、全国どこへ行っても平均気温25度程度の日が続いている。

 それによって作物の収穫にも弊害が生まれるかと思われたが、逆に米や麦、どの作物をいつ植えたとしても、時期や気温に関係なく収穫することが出来るようになっていた。

 これも海外との貿易が途絶えた事に対する月読命の配慮の一つだと考えられている。


「ああ、おったわ。おーい!」


 猫野瀬がナスに囲まれた男を見つけて声をかけた。


「……あれが武流”殿”か」


 怒真利が睨むような鋭い視線をその人物へと向ける。


 男は猫野瀬の声に気付いて顔を上げて振り返ったが、その後ろのいかつい男たちの姿が目に入ると顔をひくつかせながら小さく手を上げて応えた。


 首にかけていたタオルで汗を拭い、ゆっくりと警戒するような足取りで近づいてくる痩身の男は、身長でいえば怒真利よりは低い。まあ、2メートルもある怒真利よりも大きい男はそうそう今の日本にはいないのではあるが。


「ええと……猫野瀬さん。その後ろの方々は……」


 タオルで口元を隠しながらぼそぼそと猫野瀬に訪ねる。

 その目には警戒というよりも怯えに近い色が浮かんでいる。


「ああ、この人たちは前に言うてたうちらの仲間の退魔隊の人たちや。予想通り救助に来てくれはってん」


「あ、そうなんですね」


 猫野瀬の仲間と聞いて少し安堵の表情になる。


「それで今日は武流はんにうちらが助けてもろたお礼を言いたいらし——」


「おお!君が武流殿か!!この度は初鹿野師団長がいろいろと世話になったようだな!」


 猫野瀬を押しのけるように前に出てきた怒真利は大声でそう言いながら握手を求めるように右手を差し出した。


「え?あ、いえ、その……」


 男は突然目の前に迫ってきた入道の迫力に後ずさるが、それを追いかけるように無理やりタオルを持っていた右手を掴む怒真利。

 そしてそのままぶんぶんと力いっぱい肩よ外れろ!と言わんばかりに振り回した。


「あ!あう!あう!あうぅぅぅ!!」


 腕から伝わる上下の波が波動となって全身をぐにゃんぐにゃんにかき回し、男の視界はぐるんぐるんのぐでんぐでんとなる。

 まさにシェイクハンド!!


「ちょ!止めてください怒真利師団長!あなたの力で振り回したら山田さんが壊れてしまいます!!」


 その様子を見て慌てて止めに入る愛。

 しかし怒真利は全く意に介さぬ様子で——


「何を言っているんだ?お前たちをがしゃどくろから単独で救うほどの英雄であろう?これしきのことで壊れる道理はない」


 その言葉にはどこか揶揄するような感じがしたが、そこには多少の本心も含まれていた。


——この程度で壊れるような軟な漢であるなら……。


「違います!違うのです!!」

「あかんて!怒真利はんは勘違いしとるんや!!」


 怒真利の腕にしがみついて懸命に止めようとする愛と猫野瀬。

 そこでようやく怒真利のシェイクは止まった。


「勘違い……?どういうことだ?この青年がお前たちを救った山田武流殿なのであろう?」


 細身ながらも畑仕事でついたのだろう筋肉は健康的であり、身長も怒真利より低いとはいえ、愛よりは少し高く、二人が並ぶとそれなりにバランスの取れたカップルに見えなくもない。

 歳の頃は二十代後半といったところか。

 やや童顔だが、さすがに愛と並んで親子に見えるというほどでもない。


「いや山田はんは山田はんなんやけど——」


「この方は武流殿のお父様なのです!」


「——はあ!?」


 待て待て待て!!

 怒真利は愛の言葉に混乱した。


 この男が二人の言う武流殿の父親であるならば、その息子である武流殿という人物は怒真利が考えているよりもずっと子供ということになるのではないか?

 確かに彼は少年に会わせろと言った。

 しかしそれは裏を返せば、自分からすれば若者であるという話である。

 目の前の男も怒真利からしてみれば十分に少年という分類に入るほどの若さだ。


——これよりも若いとなると……息子の仁太郎よりも年下になるではないか……。いや、下手をすれば少年どころか子供……。


 先ほどの愛の照れたような表情を思い出す怒真利。

 あれは間違いなく恋する女の表情だった。

 まさかその気持ちを向ける相手が本当に少年——いや、子供なのだとしたら……。


「いかん!いかんぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「うわっ!なんや!」

「きゃ!」


「こいつなら万歩譲ってまだしも!!これの息子だと!?そんなこと許されるはずなかろうがぁぁぁぁぁ!!!!」


「そんなに譲ったら村の外出てまうで?」


「お、落ち着いてください怒真利師団長!一体何をそんなに興奮しておられるのですか!?」


「何をだと!?そんなのは決まっておるではないか!!こいつの息子が相手だという——」


「俺がそれの息子だけど?」


「——!?」


 突然背後から声をかけられ怒真利は反射的に後方へ向かって裏拳を繰り出す。


 しかし——その拳は空を切り、誰もいない空間にごおっという風の音だけが響いた。


「あ、武流はん」

「武流殿。どこかに行かれていたのですか?」


「ああ、ちょっとトイレするのに家に帰ってた」


「——な!?貴様どうやって!?」


「トイレの為に家までて。その辺にしたらええやん。そのまま肥料になるんちゃうの?」


「駄目駄目。肥料にするにはちゃんと堆肥たいひにしてから蒔かないといけない」


「おい!貴様!ワシの話を聞け!!」


「え?あ、俺に言ってる?」


「お前以外の誰がいるというのか!!自分でそいつの息子だと名乗った……では……え?息子?」


 怒真利の怒りのボルテージの隣に混乱メーターが発生し、瞬く間にその上限を突破した。


 目の前の男はそこの青年の息子だと名乗った。

 だがしかし!その見た目は完全に中年のおっさんであり、青年の父親だと言っても差支えがなさそうに見える。


 からかわれているのか?

 一瞬そんな考えも脳裏を過ったが、男を見た愛と猫野瀬は確かに「武流」と呼んでいた。

 ではやはりこいつが件の山田武流なのだろうか?

 村長も自分と同じで年下のこいつを君付けで呼んだだけなのだろうか?


 ならばどう見てもあべこべの見た目の二人が親子だということについてはどう説明すればいい?


 怒真利の頭の中は流れる水洗トイレのように高速で混乱の渦が巻いていた。




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