『Welcome!!ようこそ!翠ヶ林村へ!!』
相変わらずの文化祭ノリのゲート。
それを潜って村の外に二、三歩ほど出たところで足を止める。
目の前には少し先の森へと続く道が伸びている。その森の中をずっと進むんだ先にあるのが最初にがしゃどくろと遭遇した村の葬祭場であり、愛が武流に背負われて村へと来た時に通ってきたのがこの道だ。
ちなみに吉田の爺ちゃんの葬儀はあの後滞りなく行われ、爺ちゃんは無事に黄泉の世界へと渡っている。
愛と猫野瀬の二人は、その場から微動だにしないまま、じっとその森の奥を見つめていた。
やがて聞こえてくる足音。
——ザッ!ザッ!
規律正しく踏み鳴らされるその音は次第にその数を増やしていく。
——ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!
奥のコーナーを曲がり、その先頭を歩く者の姿が二人の目に映る。
迷彩服に身を包んだ集団を率いるように歩く大男。
サイズがまるで合っていないのでは?と思う程に盛り上がった胸筋で迷彩服の胸元は全開になっている。
綺麗に剃られたスキンヘッドに長く伸びた顎髭。
その表情は爆発しそうな怒りを懸命に抑えているかのように険しく、真っ赤に紅潮していることも含め、まるで地獄の赤鬼のようであった。
二人はその姿を確認し、安堵と同時に一抹の不安を感じた。
男の名は
退魔隊関西支部第一師団長である。
そして二人が彼を認識したのとほぼ同時に、怒真利もまた二人を認識した。
その目は大きく見開かれ、規律正しく行軍していた隊列もそれに合わせるようにピタリと止まった。
「お、おお、おおお…………」
怒真利の口から嗚咽のような音が漏れ、その両目からは涙が勢いよく流れ出す。
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
限界突破するための全力の気合い。
ではなく、彼にとっての歓喜の咆哮。
それまで自分が率いてきた師団のメンバーを置き去りに、怒真利は二人の下へ向かって猛ダッシュした。
猛牛のような突進の勢いのまま、怒真利は何か言おうとしていた愛に猛然とタックル——抱きつき、そのまま愛を持ち上げ、その場でくるくると回転を始める。
「初鹿野ぉぉぉぉぉ!!生きていたかぁぁぁぁぁ!!いや!絶対にお前なら生きていると信じておったぞぉぉぉぉぉ!!!!」
「うちも生きとるけどな」
感動の再会に酔いしれる怒真利。
抱きしめられた圧で声が出せず、苦笑いを浮かべたままくるくる回される愛。
一瞬で蚊帳の外に頬り出された猫野瀬。
そしてそれをいつものことのように静かに見守る第一師団員たち。
何はともあれ、こうして二人の予想通り、退魔隊の救援部隊は翠ヶ林村へと到着したのだった。
「なるほど。皆さんが初鹿野さんと猫野瀬さんの同僚の方なのですね」
村に入ったところで整列している第一師団総勢30名。
その代表である怒真利を遥かに見上げるようにそう話す吉田村長。
「ハッ!我々は日本退魔隊関西支部第一師団であります!私が師団長を務めております怒真利と申します!」
ピシッと姿勢を正し、村長に敬礼を取る怒真利。
その身長も体格も武流よりも二回りほどは大きく見える。
「この度は同僚である初鹿野師団長の身柄を確保していただき、心より感謝いたします!!」
「身柄を確保て……捕まったみたいに言わんといてや。それとうちもおるいうてるやろ」
「ん?ああ、ついでに猫野瀬副師団長の捕獲もありがとうございます!」
「捕獲は完全に猫やな。人を家出猫か何かやと思とるんか?」
「いえいえ。別に私どもは何もしておりませんよ」
「とんでもありません!私は第八師団から初鹿野師団長ががしゃどくろと遭遇したと聞いた時に生きた心地がしませんでした。それが今こうして無事でいるということが奇跡なのです!つまり翠ヶ林村の皆さんのお力によって初鹿野師団長が救われたことは間違いないでしょう!」
「秒で人の事忘れるなや」
「まあ、武流君は翠ヶ林村の住民ですから、全く違うというわけではないですが……。もしお礼を言うのでしたら武流君に直接言われる方が良いかと思いますよ」
「武流君?まさかその子が一人でがしゃどくろから初鹿野師団長を守ったというのでしょうか?」
怒真利は村長の話に眉を顰める。
彼は二人の(主に愛だけ)無事を確認し、この翠ヶ林村の存在を認識した時に一つの仮説を立てていた。
それは——40年間外部からの助けも無く存在し続けている辺境の村。そこには何か大きな力が働いているのだろう。
おそらくは強い神力を授かった者たちが偶然にも多く集まっており、それが奇跡的にも退魔隊一個師団を超える程の戦闘力を有する結果となった。
いや、がしゃどくろから二人を(主に愛だけ)守ったというのであれば、数個師団単位の能力者か人数。またはその両方がこの村には備わっていたのだろうと。
怒真利の仮説は大きく外れてはいない。
実際にこの村には他とは違う大きな力が影響を与えているし、その力は退魔隊数個師団に匹敵する。
しかしその考えの過程において、たった一人の人物がその全てに相当する神力を持ち合わせているという仮説が導き出されることは当然無かった。
ゆえに怒真利にとって村長の発言は素直に受け入れることが出来なかった。
「どういうことだ?」
怒真利は村長の隣に立っていた愛に訪ねる。
「中村村長のおっしゃった通りです。私たちは武流殿に命を救われました」
「せやな。その通りや。うちらは武流はんがおらんかったらあの時に死んどったわ」
さも当然のような口調の二人。
本来であれば一から二、三……十と全てを順を追って話さなければ理解されようもない話なのであるが、この村に来てから様々な常識外れを経験した二人は、すでにそれまでの常識が完全に崩壊していた。
さすがにこの発言には、それまで黙って聞いていた第一師団員たちもざわつきだす。
「子供が一人でがしゃどくろから初鹿野師団長を救った?」
「いやいや、そんな馬鹿なことがあるか」
「しかし初鹿野師団長が嘘を言っているようには見えないぞ?」
「報告にあった『がしゃどくろ』というのが誤情報だったのではないか?大きめの『狂骨』だったとか?」
「いや、それならば師団員たちを逃がすまでもなく対処できただろうさ。初鹿野師団長は命を救われたとはっきり言っているぞ?」
「確かに……初鹿野師団長ほどの人が窮地に陥るほどの相手であるなら狂骨などではあり得ないな。しかし本当にがしゃどくろから救ったとなると、その少年は相当の神力者ということに……もしかしたら怒真利師団長に匹敵する可能性も……」
「それは本人に直接会ってみれば判ることだろうが、しかし興味深いな、その少年……」
「ガヤくらいはうちのこと認識しとけよ。言うとくけど、一応うちもあんたらの上官やからな。後で覚えとけよ」
ざわつく外野をそのままに何やら考え込む怒真利。
しかし元々考えることが苦手な彼はすぐにそれを放棄した。
「分かりました。ではその武流という少年に会わせていただけますでしょうか?その話が本当であるのならば、是非とも直接会ってお礼を言わねばなりません」
それが一番手っ取り早い。
怒真利の思考はこの場の誰よりも真っすぐにしか進むことのない素直なものだった。
「ええと、武流君は今日は……」
村長は視線を愛へと送る。
「武流殿なら今日は朝からお父様の畑の手伝いをすると言ってました」
「あれぇ?何で愛さんが武流はんの予定知っとるん?」
猫野瀬がにやついた顔で愛を見る。
「な、なんだその顔は?たまたまだ!たまたま今朝武流殿の家の近くを散歩していたら畑に出掛ける二人に逢って聞いたんだ」
「へえ~。たまたまですかあ?たまたま朝の五時近くに、今日手伝う予定だった中村の婆ちゃんの畑と真逆にある武流はんの家の方を散歩してたんや?」
「い、良いだろう!別に!散歩なんだからどこを歩いていようと!」
愛はそう言いながら拗ねたように顔を背けた。
そして、怒真利はその会話に何か自分にとって不都合なことがこの村で起こっているのではないかという確信にも近い予感を感じていたのだった。