〉また繰り返すのか、人の子よ
in→名無しの玄人さん
→そうだな。まだやり遂げていないからな。
〉くれぐれも勘違いだけはしないように
in→名無しの玄人さん
→分かっている。人間の思い通りに行くことなんて、この世にはひとつも無いことぐらい弁えている。
〉それならば良い。では、口伝。現、未だ四神不相応也。正位置相応二十八まで、残り二十二宿。
※ ※ ※
夏が来た、なんて言っても何もすることはない。予定がないからである。
たとえ何か外出を阻むような全世界を巻き込んだ危機的出来事が起きて一切の外出を許さない自宅謹慎外出自粛を要請されても、俺の生活に問題はない。平凡なのだ。何もすることがないのだから、家の中にいても外にいても変わらない。学校にいても変わらない。ずっと、何かを忘れている気がするもやもやを抱えている事を別とすれば。
普通の高校生活だといえば、自分が普通の高校生だと言い切ればそこまでだが、ラノベの主人公でもあるまいし「俺はごく普通の高校生。今日は何をしようかな〜」みたいな陳腐なことは言わない。ただ、この何も無い生活に違和感はあった。俺の生活には生活以外に、何かするべき事があったような気がずっとしている。何かするべきであったような事がある事だけは覚えている。気がしていた。
「……それにしても今日は暑いな。いや、つらいな」
それは溶けてしまうほどの暑さだった。できの悪い流し素麺を風流だ風情だと言って楽しむ大人のせいで、下流でただどんよりと流れてくるのを待つことしかできない時に停滞している感情と同じ速度で全身が溶けるほどの暑さ。つまりゆっくり溶けるような、じめじめとした嫌な暑さだった。
暑さを楽しむアトラクションとしてサウナが挙げられる。しかし、そのサウナが心地よいのは終わりがあるからだ。冷却なしの暑さを好むのはよほどの暑がりか変温動物だけ。つまり人間は暑さに弱い。加えて白状すると俺は猫舌だ。熱さにも弱い。つまり、暑さに拒絶反応を示すのは人間として正しい。サウナも夏も苦手分野だ。
そんなことを思ったからだろうか。暑さで意識が朦朧としたからだろうか。前の席に座る暇そうな女の子に声を掛けてしまった。朝のホームルーム前のこの時間に、声をかける必要はなかった。しかし、暑さのせいだろうか。声を掛けていた。
「なあ、唐突だけど、サウナとかサロンとかって好き?」
「え、サウナ?うーん、温泉とか行ったら少しなら入るかな。……ええと、あっ!うん!いやほんと今日暑いよね!蒸しる!」
唐突に声を掛けた結果はこの通りである。あまりにも脈絡がないので、困惑と戸惑いで苦笑いでするのが精一杯。それはそれで可愛いと思ったが、彼女とのクラスメイトとしての関係、距離感は遠くなった気がする。
夏休みまで残り一週間。長期休暇を目の前の時間ほど苦しめられるものは無い。これをあと少しと思うか、まだ一週間もあると思うか。俺は後者。生き地獄。
暑さと奮闘するか浮き足立つことしかできない一週間。テストも特別な行事もない。休みのことしか頭になく、課題が少なくなることをお祈りするだけ。
もちろん、ここまでの考えは本編とは無関係。余計な話こそ物語に色を与えるというもの。これから語るのに躊躇するほどの出来事があるんだ。温情を求めたい。ちゃんと順を追って全部話すからさ。
一週間の初日。暑さでうなだれていたホームルームの前の時間。俺は呼び出された。
「八城君。二年三組の八城くん。生徒会室までお越し下さい」
生徒会? 職員室じゃなくて?
「八城君、何かしたの?」
今度はさっきの女の子が俺に声をかけてくる番だった。面白がっている声音なのは気のせいだろうか。
「いや、覚えはないけど……」
なんだろう。生徒会に知り合いはいない。これまで関わることは無かった。なにか学校側が気に障ることを知ってしまったのだろうか。自分でも気が付かない落ち度が何かあったのだろうか。後悔しそうだ。
この場面の状況を補足すると、俺はこの時点ではまだ大事な事を思い出していない。もったいぶることでも無いので、ここで予め言う。俺はある目的のために時を遡り繰り返している。人の身でありながら、人の身では成し得ることができないと知って。だから人間ではなくなるために繰り返す。タイムリープと呼ぶのだろう。俺も便利だからそう呼んでいる。今回もそのひとつにすぎないはずだったのだが、不覚にも核心に触れる世界に来てしまったことになる。
未だ訪れていない時へ目線を向けばそれは未来となり、すでに過ぎた過去を振り返ればそれが思い出になる。生きていた一部分を切り取ればそれは物語となり、酒と共に思い出しながら語るとまた過去になる。一般的に未来を悔いることは殆ど無いだろうが、〝語る物語〟と化した記憶は未来であろうと悔いる他にない。どれだけ楽しくて嬉しかった過去でも、楽し希望を信じていた未来も、思い出ではなく物語になると後悔の対象になる。
時を繰り返して分かったことは寸分違わない世界に辿り着くことはできないということ。両親から生まれた世界を捨て、望む結末がある世界を探す選択は己の生活を全て犠牲にする事を意味する。これは原田真二のタイムトラベルではない。タイムリープだ。過去に戻り、似た時間を繰り返しているからループに近いが多分違う。多世界解釈。飛びまわってきた世界は全て同じ世界ではない。異なる世界で大枠の世界設定は同じ世界。時を遡っている事に間違いは無いが、ループではなくリープだと思う。もし、これがただの繰り返しだと言われたら、ここまでの努力が宇宙の果てに消える。後悔しか残らない。
俺はきっと未来を後悔する。未来を手にしてしまった事を悔いる。しかし、あの時点の俺という存在は直前の過去を嫌い、酷く拒絶したのだ。本来あるはずだと信じて求める世界を羨み、未来を憂いた。絶望を繰り返して、ただ求めて。いや、
生きていれば後悔することはよくある。よくあるからこそ、心底嫌いでその後悔を望んでいるのだと思う。この語り手の俺は。
※ ※ ※
「あなたを強制休暇とします」
「……休暇?」
それは唐突だった。生徒会に呼び出されて、開口一番に言われた言葉がこれだ。なんだろうか、休暇って。そんな制度あっただろうか。違和感しかない言葉だった。
「ええと、停学ですか?」
この間のテストそんなに悪かったのか。自分ではそれなりだと思ってたが、やはり数学が悪かったか。しかし、この時点の俺がするべきは理由を考えることではなく逃げることだった。今回は、そういう後悔だった。
「いえ、停学ではありません。数学の赤点でもありません。休暇です」
心を読まれた。超能力者か、この人。
「休暇?いや、休暇って。夏休みのことですか?」
話を合わせる。
「聞き馴染みがないかもしれませんが、休暇です。あなたには超能力の疑いがあります。調査のため、協力をお願いします。また、他生徒への配慮と危険回避のための休暇とさせていただきます。これは学校側からの命令です。つまり、強制休暇です。小胸」
「超能力?」
「失礼します」
「小胸」と呼ばれた、髪を左右へ結んだ生徒会の女の子が近づいてくる。彼女の手には体温を一瞬で測る計測器を持っている。おでこに当てて、ピッと熱を測る体温計。反射的に額を差し出す。
「出ました」
「何度?」
「36.4」
「平熱か」
「それと」
「それと?」
「能力は……手で触れずしてスカートを捲る、です」
「…………」
言葉がでなかった。何を言っているのだ。この生徒会役員は大丈夫か。自分で何を言っているのか分かっているのか。それに、女の子だろ。そんな言葉を無表情で言うな。俺が可哀想だろ。
俺はこの女の子と、生徒会長を見た。少なくとも、この二人はおかしい。いや、俺をおかしな状況に落とそうとしている。全校生徒呼びつけて冗談を与え続ける生徒会の余興と言うわけではあるまい。ここにいる他の数人も無表情だ。緊張感がある。生徒会長だけは全てを見透かしているように笑顔であったが。
こいつら、何かおかしい。
そう思わざるを得なかったが、そう思わないと自分がおかしいのではないかと思ってしまうから思った。
この生徒会の言動全てが異様に思える事、これが間違いではなく世界の常識だと思ってしまう。何も知らない正常だと思っていた自分だけが正常ではなく、俺だけが何も知らないのではないかと疑ってしまいそうだった。だから俺は相手のことを〝おかしい〟と決めた。
では、ここで正解を。少し先の未来からこの出来事を語る俺が正解を言うと、生徒会長と生徒会は正しい。そしてこの時点の俺もその認識は正しい。間違えていない。この世界の生徒会長と生徒会は他の観測平行宇宙世界と比べても〝おかしい〟集団だ。だから、それが核心。違和感を手にする事が今回の世界の重要ポイント。
何度も言うが、この時点では生まれ育った普通の元来世界の普通の高校生であった世界を捨てている。時を繰り返して極めて環境が類似している、しかしどこか異なる別世界にいる。この重要な事を、この世界のこの時点の俺は思い出していない。
彼の思考に戻る。
超能力を信じることも、あれば良いなと夢見たことも、少年漫画に憧れたり夢想したこともなかった。しかし、いざ目の前にあるのだと嘘を言われると動揺することしか出来ないのだと思い知る。分かっている。俺をからかうためだけに何人も生徒会役員がいるこの部屋で「お前は超能力者だ」と言うのはおかしい。俺の常識に照らし合わせると明らかに非常識だ。意味があるのだろう。必ず。
夏休み前の一週間。その初日。残り七日。この時季も鑑みて探るか。俺が超能力者であることを事実として受け入れ、話を合わせよう。
「休暇。それは、バカンスにでも行けば良いのですか?旅費は出してくださいよ」
生徒会長は俺に言う。
「その休暇ではありません。それにしても、念力でスカートめくり。そうですか……それは、とんでもない能力ですね。ますます休暇してもらいます」
「そうですか」
俺の冗談を披露する場ではなかったらしい。逃げることもできなさそうだ。拒絶する権利は俺にあるのだろうが、大人しく受け入れよう。処世術だ。それに、勉強をしなくて済むのならそれも良いかもしれない。少し早い夏休みだ。
「『休・暇校舎』があります。暫くはそこで生活してください。衣食住完備、不便はさせません。必要なものがあれば申し出てください。なにか質問は」
「色々とありますが、誰かこの状況をイチから説明してくれる人はいますか?超能力は本当に存在するのか、とか。どうせ俺以外にもいるんでしょ、超能力者」
「ええ、おっしゃる通り。説明はその校舎に住む先輩超能力者に聞いてください。良い人ですから、教えてくれると思いますよ。質問をする前に。聞いてもいないことをペラペラと」
「そうですか」
想像できると思うが、俺はこれから同じ境遇の超能力者に会い、その根源となった者と戦う。殺し合いではない。どちらかといえば、自分たちを元に戻してもらうようにお願いをする。ここまでの繰り返しを何一つ思い出していないこの時点の俺だが、それでも少し先の未来は想像出来ただろう。ある程度想像できたからこそ、最後まで想像できなかったことがどうしようもなく悔しいはずだ。やはりタイムリープする度にその前までの経験を思い出せないのは厳しい設定だ。忘れているのではなく、思い出せないことが厳しい。
ちなみに、この物語を読みやすくするためにネタバレをすると、超能力者が現実にいる世界に俺という存在が来るのは初めてだ。だからタイムリープの成功例だと思われる。
これは俺にとってようやく手にした始まりの世界。時間遡行者としての俺がこの繰り返しの果てに辿り着けた世界。現時点では、そう言うこともできる。果たしてこの世界を歩み進め、世界の結末、終わりに全てを知った時にそれをこの時点の俺が真相だと思うかは別問題とすれば、繰り返しの果てに真相に辿り着いたことになるのだろう。そうだな。これまでの苦痛しか無い平行世界よりは良い。これは語るべき物語になったからな。上述の通り、物語になったからこの世界は当然後悔だ。
では、辿り着いたこの世界。超能力者を巡る話を一つずつ話していくことにする。