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19.5 鍛冶の魂!!ポナドじぃとアーロ


鉄の匂い。焼けた鉱石の煙が鼻を刺し、炉の熱が肌をじりじりと焦がす。

ここはミンチェスター邸の敷地奥、岩山を背に構えた鍛冶場。壁には黒く煤けた工具が整然と並び、何度も研ぎ澄まされたハンマーやヤスリが、まるで過去の戦を見届けた証人のように光を放っていた。


「おいしょっと。ここまで暑さに耐えられるかどうかで、鍛冶の才能は半分決まっとる。」


鋼のように太い腕を組み、ポナドじぃが鼻を鳴らした。灰混じりの白髪を後ろで結び、身の丈に合わぬ大きな革の前掛けを締めたドワーフ。それは今もなお現役の職人のそれだった。


「アーロや。今日はミスリルの芯打ちだ。これはただの槌打ちとは違う。を鍛えるんだ。」


「芯打ち・・・魔導武具の基礎か。」


「基礎だが、あなどるな。芯が歪めば魔力が暴れ、使い手ごと吹き飛ぶぞ。」


ポナドは炉の奥から、白銀に光るミスリルの棒を鉄鉗で取り出した。高温で赤く輝くその素材は、まるで生きているかのように唸っていた。


「アーロや。『がね』は持っとるか?」


「持ってるよ!師匠のを譲り受けたんだ。」


「ほほー!!名工ガンドロフの『哭き鉄』か。ちと見せてもらってもよいか?」


「どうぞ!」


「これは・・・数百年は使ってる代物だ。ガンドロフは、ただの名工じゃねぇ。って言葉を、初めて実践した男だ。わしの憧れの男じゃ~。」


ポナドじぃの目はギラギラしていた。だがすぐに咳払いをして、ごつごつした指で柄を差し出す。


「思い出に浸るのはあとだ。お前がその名を継ぐ者なら、今ここで証明してみせい。」


アーロは黙って頷き、柄を握った。掌に伝わる重さと、師匠から学んだ打撃の感触が蘇る。

カン、と最初の一撃が響いた。

炉の光が火花とともに揺れるたび、アーロの目にはかつての工房、そして師匠の姿が重なって見えた。


「僕は、まだ未熟だ。師匠、じぃちゃんが信じてくれた、僕が繋いでみせる!」


「止まるな、アーロ!」


「はいっ、ポナドじぃ!」


音が積み重なるたびに、鉄に刻まれる。

アーロの額からは汗が流れ、鍛冶台の上にぽたぽたと落ちた。芯打ちの作業は繊細かつ正確さを要し、わずかな打ち損じが魔力の流れを滞らせる。だがアーロの槌は、一打ごとに深く、正確に、銀の棒を刻んでいた。


「よしよし、いい感じじゃ。」


ポナドじぃが腕を組み、横から覗き込むようにして呟いた。


「ミスリルの芯は、ただ叩けば良いわけじゃねぇ。魔力の通り道が、自然と流れる形を覚えるように打たにゃならん。教えずとも、それを感じてやれている。さすがは、ガンドロフの弟子ってところか。」


「師匠はよく言ってた。って。」


炉の熱に似た、どこか懐かしい温もりが胸に灯る。


「次は焼き入れじゃ。だがこれは普通の焼き入れじゃない。魔力伝導性を上げるための特殊な温度管理が要る。」


ポナドは一歩進み、別の石製の炉に近づく。内部には青白く光る特殊な魔焔石が燃えていた。普通の火では到底出せぬ温度と安定性。


「ここに入れ、時間は鉄の息が止まるまで。目で見るな。耳で聴け。感じろ。」


「鉄の息?」


「鉄は、生きとる。芯打ちで魂を宿したら、今度は火で命を閉じる。間違えりゃ、せっかく魂を宿しても燃え尽きちまう。じっと、耳を澄ませろ。」


アーロは頷き、ミスリルの芯をゆっくりと炉に入れた。ジュウ、と鋭い音が鳴り、炉の中で芯が静かに脈動を始める。赤から青へ、青から白へと音が変化していく。


これは・・・呼吸だ。確かに、脈がある。まるで生きてるみたいだ。


目を閉じて、耳を澄ます。かつて、師匠が、同じように目を閉じて焼き入れをしていた姿を思い出す。

そして、ポナドじぃの言葉が、不意に胸の奥で重なる。


「鍛冶ってのはな、技術じゃねぇ。だ。魂を打ち、命を宿して、最後に祝福する。それが鍛冶の本懐だ。」


「今だ!」


アーロは息を止め、炉から芯を引き抜いた。そして、素早く用意していた魔力冷却液へと沈める。シュウウウ・・・白い蒸気が鍛冶場を包み、ひときわ澄んだ金属音が響いた。


ポナドが近づき、冷却液から芯を取り出すと、軽く頷いた。


「見事だ。芯はまっすぐ、魔力の波も均等。焼き入れも完璧。」


「ありがとう。ポナドじぃ。」


「これなら、実戦で使う武器にも耐えられる。」


「そういえば、兄ちゃんのカタナ?っていうのを作らないと行けないんだった!」


「あぁ、それもそうじゃな。今のお前さんには作れるだろう。」



鍛冶場に夜の闇が静かに降りた。炉の残光だけが、アーロの額に汗と共にきらめいている。


「よし!いよいよだな、アーロ!」


ポナドじぃが太い指で並べられた素材を指差した。4種類の魔核、赤き柘榴石、紫のアメジスト、ミスリル。そして、モンスターたちのドロップ品。


「これほどの素材を一つの剣に注ぐなど、常識ではありえん。」


アーロは無言で頷いた。師匠の声がよみがえる。


『素材を見ろ。そいつらの叫びを聞け。そうして生まれた剣は、人の意志を超えて動く。お前が打つのは鉄じゃない。魂だ。』


「まずは魔核を芯にする。これを4層構造で叩き込む。」


ポナドじぃは杖のように重いトングで、柘榴石を熾火おきびに突っ込んだ。高熱の中で赤く輝く魔核は、まるで生きているかのように鼓動していた。


「ミスリルで芯を包み、ロックワームの糸で魔力を編み込む。牙と毛皮は衝撃吸収と魔力循環に用いる。これら全てを一瞬で圧縮せねば、魔核が暴走する。」


「わかった!」


アーロの腕が振るわれる。鋼を打つ音が鍛冶場に響く。甲高く、深く、時に怒号のように。

素材が次々と融合していく中、アーロの胸中には消えかけた記憶が浮かんでいた。師匠との思い出。鉱山に入り戦いを教わった、鍛冶の打ち方も教えてくれた。何より、この僕を救ってくれた。あの日々の思いを、炎の中に溶かす!!


最後の焼き入れが始まる。魔力伝導性を最大限に高めるための、特殊な氷と血を混ぜた液体に、青くけた剣身が沈められた。


ジュワッという音と共に、白い蒸気が立ち上る。


そして現れたのは・・・青く、そして黄金こがね色にあやしく輝く一振りの剣。いや、刀だ。


「できた・・・できたよポナドじぃ!!」


「完成だな!アーロ、よくやった!あとは魔術を書き込むだけじゃ。それは・・・。」


「それは兄ちゃんに任せるよ!ありがとう!ポナドじぃ!」


こうして、ポナドじぃとアーロの特訓は終わり、灯生の刀も完成したのだった。


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