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現代魔女は魔導書を睨む
現代魔女は魔導書を睨む
柿の種
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年04月15日
公開日
1万字
連載中
都内某所にひっそりと存在する古書店――『東雲古書店』。 普段は朝から夕方までしか営業していないそこで働く瀬戸春陽は、ある日忘れ物を取りに閉まったはずの店へと引き返してしまう。 そこで目撃したのは……いつもと違う東雲古書店だった。

Prologue


今はもうあまり見なくなった古本屋。

それこそ、全国展開しているチェーン店などなら兎も角、個人経営の古本屋などはほぼほぼ見ない。


「おはようございまーす」


僕が声を出しながら入っていくのは、そんな個人経営の小さな古本屋だ。

ここの店主に朝の挨拶などほぼほぼ意味がないのだが。


掃除だけはしっかりされているものの、朝日によって店内の埃が照らされ、少しだけ幻想的に見える中。

レジカウンターで1人の女性が大量の本に埋もれながら眠っているのが見えていた。


「はぁ……またこんな所で本読んで寝てたんですか?夕子さん」

「んぅ……?あ、春陽はるひくん。おはよぅー……」

「おはようございます。とりあえず顔でも洗ってきてください。もう朝の9時過ぎてますよ」

「もうそんな時間……?開店まで時間そんなにないじゃん……」

「寝てるのが悪いんです」


寝ていた女性は瞼を擦りながら店の奥へと進んでいく。

彼女がこの古本屋の……『東雲古書店』の店長であり、個人事業主。

そして、僕の雇い主でもある東雲夕子さんだ。



「一体、昨日は何時まで本を読んでたんですか?」

「本を読んでただけじゃないよ。一応他にも作業はあったんだけど……最後に見たときは3時回ってたかなぁ……」

「昨日とかじゃなく今日じゃないですか」

「し、仕方ないんだもーん。そういう時間・・・・・・じゃないとダメな仕事もあるんだもーん!」

「どんな仕事ですか……」


そんな話をだらだらとしつつ、店を開け、そして時間が経っていく。

結局の所、古本屋は現代に限って言えばそこまで忙しくはない。

東雲古書店が建っている場所もそうだが、現代の人々は本というもので字を読むことが減ったからだ。


便利な事に現代ならば電子書籍など、端末さえ持っていればどこでも物語などを紐解くことが出来てしまう。

家から出る事なく、複数の本を電子的に入手することが出来てしまう。

売る、という事が出来ない代わりに今ではネットを調べればそれがどんな作品か、世間からどんな評価を受けているか、内容を知らずにある程度知ることが出来てしまう。


だからこそだろう。

実物である本の行きつく先、まだ仕事があると信じられて集められた最後の仕事斡旋所である古本屋は現代においては忙しくない。

適当な世間話をしつつ、たまに店にある古本を読みつつ。

常連であるお爺さんやお婆さんの相手をしていると、いつの間にか時間は16時を過ぎようとしていた。


「あぁ、もうこんな時間。春陽くんあがっていいよ、あとは私が全部店閉めやっておくから」

「毎度毎度そう言いますけど、本当に大丈夫なんですか?……今日みたいにレジの所で寝ちゃったりとかしません?」

「それは……まぁ、大丈夫だから!大丈夫大丈夫!」


そういって、どこか焦るように僕を店から追い出そうとする夕子さんを少しだけ不思議に思いながら、いつものように身支度を済ませ、そして軽い挨拶をしてから東雲古書店から帰路へとついた。

――思えば、ここが分岐点だったのかもしれない。



「あれ、店に忘れてきたかな」


駅の改札を通る前、電車内で読もうと思っていた推理小説。

多少マナーが悪いかもしれないが、満員の電車内で鞄から出すよりは良いだろうと準備しようとした手前、それが何処にも見つからない事に気がついた。

恐らくは仕事の休憩中に読んだ後、そのまま忘れてきてしまったのだろう。


普段ならば仕方ないと諦め、次の日に取りに戻ればいいだけの話。

しかしながら、丁度物語は佳境も佳境、探偵が登場人物内から犯人を探し当てる場面で止められている物語を次の日まで待つ事なんて僕には出来なかった。

気が付けば僕の足は駅から綺麗にUターンをきめ、再び店のある方向へと歩き出していた。


何故かその時に見えた夕日は、いつも以上に紅く見えていた。


暫くして、すっかり日も沈み暗くなってきた頃。何故か未だ灯りのついている東雲古書店が見えてきた。

それまでは少しばかり早足だった僕の足は、それを見た瞬間、言いようのない高揚感に包まれ駆け足へと速度を上げていく。

頭の隅でそんな自分に少し疑問を覚えつつも、店の前まで辿り着いた瞬間。


『小僧。そんな形相でこの店に入ろうとは……盗人の類か?』

「っぁ!?」


突然上から生じた強い衝撃に、僕の身体は前のめりに地面へと叩きつけられた。

聞いたことのない老人のような男性の声。

そして、起き上がろうにも凄まじい力によって地面へと抑え付けられていることも合わさってか、僕の頭は混乱する。


「ぼ、僕はこの店の従業員です!貴方は一体……!?もし疑うのなら僕の鞄の中にここの店のエプロンだったりが入っているので確かめてください!」

『ふむ、従業員?しかし今の時間は……あぁ、成る程。のか。しかし私には判断しかねるな……』

「だから……!」

『まぁ待て、どうせこんなに店の前で騒いでいるのだから……ほら来た』


来た、という言葉に僕は自然と店の方へと視線を向けた。

何かの予感があったわけではない。ただ足音が聞こえてきただけだ。

しかしながら何故か見なければならない、そんな強迫観念にも似た感情に突き動かされ、その足音の主を探してしまった。


「何を騒いでいるのです、キャスパリーグ。人避けがされていると言っても商談中なのですよ」

『その点については謝罪をしよう。しかし、この小僧が店に入ろうとしたので捕らえたのだ。しかも本人は自分が店の従業員だと言う。我では判断しかねる状況でな』

「はぁ?従業員?……ってえぇ?!春陽くん?!」


店の奥から出てきた人物。

黒いローブに身を包み、さながらファンタジーに出てくるような魔女のコスプレのような姿をした人物は、僕のよく知る東雲夕子……東雲古書店の店主だった。


『……知り合いのようだな。では店主自ら説明するように頼む。我は仕事に戻る故な』


僕の背の上の何者か……キャスパリーグと呼ばれた誰かから加えられていた圧力が消え、身体が自由になる。

それを感覚で理解すると、僕は身体をゆっくりと起こし始めた。


「あっ、ちょっとキャスパリーグ!……とりあえず、春陽くん大丈夫?」

「え、えぇ……」

「ごめんね、私も色々説明してあげたいんだけど、さっきも言った通り商談中なの。いつもの従業員室使ってて良いから、少し待っててくれる?」

「えっあっ、はい……?」


そうしていつも以上にしっかりとした様子の彼女は、僕の身体を背後から押すようにしながら店へと戻っていく。

起こった事、そして現状に頭がついていけていない僕は彼女の言う『商談中』、『待っててくれ』という言葉に素直に従うしかなかった。



待つこと暫し。

家の方にバイトの都合で帰るのが遅れるという旨を連絡していると、先ほどと同じ姿の夕子さんがこちらへと手招きしつつ来てほしい旨を伝えてきた。

断る理由もないため、それに従い店の奥へとついていくと。


「……ここって、入らないようにって言われてた書庫ですよね?」

「まぁ、そうなります。本当は見せるつもりも、色々と教えるつもりもなかったんですけど……キャスパリーグ?」

『仕方ないだろう、我は我の仕事をしたまでだ』

「うわっ!?」


突然聞こえてきた男性の声にみっともなく驚いてしまう。

声のした方向を見てみれば、書庫へと通じる扉の前に白い毛並みをした猫がこちらをじっと見つめていた。


「いや、えっ!?この声さっきの……いやでも!?えぇ?!」

『……本当に大丈夫か?』

「……後できちんと全部説明するわ。でも先に説明しておかないといけないものもあるでしょう。それに、そもそも夜のこの店・・・・・を見つけた時点で才能はあるわ」

『成程な。では……』


何かを話す1人と1匹に、僕の頭はついていくことが出来ずに混乱する。

しかしながら、何か……普段生活しているだけでは感じる事の出来ない高揚感のようなものも、僕は今感じていた。


目の前の扉が開き、普段は入らない様にと言われている書庫の中がゆっくりと見えていく。

薄暗い中には本棚だけではなく、床にまで所狭しと積まれた本の山。

しかしながら、それらよりも目を惹くのは本以外・・・だろう。

児童用の玩具のようなもの、何も入っていない筈なのにそこに何かがいるような存在感を感じる空の鳥籠。

何かの動物を象った石像など、書庫にあるには似つかわしくない物が多数存在している。


「これ、は……」

「昼間、というか大体夕方までは春陽くんも知ってる東雲古書店……まぁ表の普通の古本屋ね。そっちをやってるのは十分理解してるとは思うの」


夕子さんの言葉を半ば聞き流しながら、僕は目の前の光景から目を離す事が出来なかった。

否、離す事が出来ないわけではない。

何故か自分の内から『目を離してはいけない』と語り掛けられているような、そんな強迫観念に襲われていた。


「でも、夜の時間は少しばかり違う。……簡単に、今説明するなら……そう、物語フィクションの世界に出てくる様な人に害を及ぼす可能性のある魔導書などと呼ばれる本達を管理、そして売買するのがこの東雲古書店の……私の本当の仕事なの」


彼女が言っている事が頭の中に入ってこないわけではない。

しかしながら僕は、僕の意識は書庫の中の1冊の本へと向けられていた。

否、それは本と言っていいものか怪しいものだ。

何かの革で装丁されたそれは、本と言うには薄く、状態も保管されているにしては悪い。

入り口からそれを見つけた僕ですら分かる程度には劣化しているのだ。


「……?春陽くん?」


僕は気が付けば中へと足を踏み出していた。

まるでそれに誘われているかのように。夜、誘蛾灯に虫が誘われるように。

ゆったりとしていながらも、確実にそれに向かって歩き出していた。


『拙い、誘引・・されているぞ店主!』

「あぁもう!そういうこと!?」


一歩、また一歩と前へと進んでいくにつれ、それを手に取りたいという欲が自身の中で高まっていくのが分かった。

何故、という理性からの問いかけは徐々に小さく聞こえなくなっていく。

手に取らねばならない。それを手に取って、僕はその中身へと目を通し理解しなければならない。

気が付けば僕はそれの目の前に立っていて、


「春陽くんごめん!」


視界が暗転した。




「……はっ?!」


周囲に目を向けると、そこは夕子さんから休憩用にと貸し与えられている東雲古書店内の一室だった。

どうやら僕はここで眠ってしまっていたらしい。

パイプ椅子で作られた簡易的なベッドのようなものから上半身を起き上がらせると、何故か後頭部に鋭い痛みが走った。

何処かでぶつけてしまったのだろうか?覚えがない。


「……そういえば、なんで僕はここに……確か、本を忘れて……ッ!」


そうして思い出す。

僕がいつ眠ってしまったのか、それとも気絶していたのかは分からないが……夕子さんから聞いた、虚構ファンタジーのようなこの店の本当の仕事内容の事を。

信じる信じないという話ではない。何せ、そうであると考えるしかないような生物を見て、そしてそれと話したのだから。


「うっそだろぉ……?」

『む、起きたか小僧。災難だったな』

「……やっぱり夢かなぁ……」

『人の顔を見て夢とは、まだ寝ぼけているのか?』


白い影が、キィとドアを開け休憩室の中へと入ってくる。

夕子さんからキャスパリーグと、アーサー王伝説に登場する災禍の猫と同じ名で呼ばれた白い猫は、その蒼い瞳をこちらへと向け嘆息する。

猫が嘆息をするとはどういう状況だと思いたくもなるが、そもそも人の言葉を喋っている時点で普通の状況でない事は確かだろう。


『はぁ……これから大丈夫なのか、本当に……』

「これから……って?」

『分からないのか?あそこ書庫を見せた、ということは店主は夜の仕事でも小僧を使うつもりなのだろうさ』

「えっ……?は……?」

『まぁ、また飲まれないよう頑張る事だな、見習い従業員・・・・・・


一方的に、僕の理解を待たずに捲し立てた白猫は自身で開けたドアから休憩室の外へと出ていった。

混乱している僕は、しかしながら明確に、どこか冷静に理解してしまった事が1つある。

僕の普通だった日常は終わりを告げ、代わりにどこかの物語の主人公のような非日常が始まったという事を。


今、もし僕が過去の自分に助言出来るのであれば、確実にこう言うだろう。

――絶対に本を取りに帰ろうとするな、と。


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